普通級に通っている子も生活や学習において実は“かなり困っている”子が多いのではないのか?
このふとした疑問が会社を立ち上げるきっかけでした。
“かなり困っている”というのは授業についていけない、学校に行きたくない等の“実際に誰にでもわかる形の困っていること”だけではなく、特定の先生の授業だけどうしても覚えられないとか、板書をノートに書くことで手一杯になってしまっていて授業内容を聞き逃してしまう宿題をやらなければと思っているのにどうしても遊んでしまうなど、ひとつひとつを見ると小さいことのように思えることですが積み重なっていくとかなり大きな困り感になり数年後に不登校などにもつながってしまいかねないことです。
私は前職で特別支援を行い適応指導教室でも教えていたこともあり、些細な積み重ねによってどうしようもなく困って身動きが取れなくなってしまった子に対し、特性理解と個別最適化を通じて日々少しずつ一歩一歩目に見える困り感の解消ということを行うことで生き生きとした生活を取り戻す姿を見てきました。
そんな中、コロナ渦で状況が一変し教育の在り方そのものや、発達に問題のあると言われる子が増えてきた等の現状を目の当たりにしてきました。
教室に生徒がいて対面で授業をすることから、全てオンラインで行う授業、またはオンラインと対面のハイブリッドで行う授業に変わり、授業形式も黒板主体からスライドや書画カメラを組み合わせたもの、タブレットやPCにアプリ等を組み合わせたものなど、今まではとは全く違った形式のしかも様々なことが一気にできてしまう教育環境が広がったことで、逆に教育現場では混乱やデジタル難民のようなことも起こるという大変さがあり、家でもGIGAスクールの中でのオンライン学習やGoogleクラスルームを使ったものなど、最先端でありながらついていけない困難さ等が日に日に増していく中、コロナ渦でいち早く施設の中でDX(デジタルトランスフォーメーション)の最前線に関わりオンライン・ハイブリッド授業を構築してきた経験と特別支援のメインである特性理解と個別最適化をすべての人に享受してもらうことで生活面・学習面の難しさを解消し、今まで以上にどんどん伸ばしていけるのではないかという考えにいたりました。
ただ、全ての人に対して特性理解と個別最適化を行っている学習・教育施設はないため、今までにはなかった事業を自ら立ち上げようと思ったのがスタートでした。
私、代表の林の話をすると、元々小さいころから理系の研究者を目指していた中、博士課程を卒業し大学教員として就職をしたところまでは想定通りの流れであり、神経薬理学の研究室で教育と研究をライフワークとして淡々と日々過ごしていました。
と同時に授業や実験等で学部生と接する機会もあるのですが、年々『あること』について違和感が増えていきました。
それは手計算ができない学生が増えていることでした。
理系の学部であり、もちろん受験を乗り越えているので、手計算はできるはずなのですが、小学校で習ったはずのひっ算などができないため「ひっ算の書き方ってどうするんでしたっけ?」という質問にかなり驚いたことを覚えています。
学生たちがこれまでに学んできた教育現場では何が起きているんだろうというのが素朴な疑問であり、その時は高校での教育が以前と変わってきているのかなくらいにしか感じませんでした。
そんな中、大学の先生は教授でもない限り有期なので私も次の職場を探す時期が来るのですが、ここで小さいころからの夢である大学の研究者の道を続けるか、理系の学部生がなんでひっ算を使った手計算ができないのかという疑問を見つけるために高校の先生にあらためてなるか、進路選択に迷う生徒のように本当に悩みました。
結果的に今高校の教育で何が起こっているのかという現実を知りたいという気持ちが勝り、大学から高校へと教育の場を移すことにしました。
ただ、普通に公立高校の先生になることで本当に現状を知ることができるのかが、いまいち自分の中でしっくりとこなかったため実際に行動に移せずにいたのですが、臨床心理士である妻が以前、通信制高校のサポート校でカウンセラーをやっていた頃の話を聞き、サポート校では勉強を教える・部活の顧問をするといった以外のところでも公立学校よりもじっくりと時間をかけてかなり深く関わりあうことができることを知り、「これだ!」と思い、迷わずサポート校の教員になりました。
何気ない疑問の答えを見つけるために高校教師としての道に大きく舵を切ったのですが予想よりも遥かに大きな問題が起きていることがこの後わかるのですがとにかく大学で働いていた時よりも衝撃でした。
それはこの次の話になりますが、勉強をするという点においては高校生が抱えている困難さは高校生になってからの介入ではなかなかその困難さを取り除くのは難しいということでした。
サポート校の話に戻すと、授業を教えていた時に、私としては初めて当時アスペルガー症候群と呼ばれる子や発達障がいと言われる子の対応をしたことで、『教える』ということそのものがいかに難しいかを知り、そのおかげで今までとは違った視点で教師として教えることが求められました。
今でも鮮明に思えているエピソードがあります。
その当時高校1年生の生徒で三角比の授業のことです。
直角三角形を使ったサイン、コサイン、タンジェントの覚え方と聞いて「あれね」と思う方も多いかと思いますが、その子は
「覚え方もわかるし、当てはめれば問題が解けることもわかるけど俺はこれを使って解きたくない」と言ってきたのです
色々詳しく聞いてみると、何かわからないけど覚え方に違和感があるのと、なんで”コ”サインがあって、”コ”タンジェントがないのかということでした。
高1でこの数学的感覚は凄いと思うと同時に、「これは大学に入れば教えてもらえるから今はこのやり方でやろうね」みたいな
学校の先生的な回答では絶対に納得しない意志の強さを感じました。
「かなり難しい内容だけど三角比の全てを知ってみる?」と聞いた上で、なぜサインが正弦と言うのかやコタンジェントもあること、三角比は実は6つでワンセットであること(詳細は割愛)をしっかりと教えたところ、とにかく目を輝かせて聞いてくれて、納得してくれたと同時に「先生、これみんなにちゃんと教えてあげた方がいいですよ」というコメントまでくれました。
この疑問は私も高校時代に思ったことでコタンジェントがないことへの違和感はすごかったのを覚えています。
ただ、それでも点数を取るためには公式を覚えて解くことには抵抗はなく公式を拒否するようなことはありませんでした。
このようなこだわりの非常に強い生徒と接する中でわかってきたことは、別に単純に嫌だからというわけではなく、知りたいという好奇心がものすごく強かったり、全体像を知ることで今やっていることに納得できたりといったようなことなのだということを知りました。
正直このようなやりとりをする生徒には今まで会ったことがなかったので、点数を上げる、偏差値を上げるというだけではない教え方を編み出す良い機会にもなりました。
それでもまだまだ一方的に自分が喋っているだけのどうしようもない授業だったなと今なら思えます。
あの当時のみんなごめん
色々と困難を抱えている高校生に勉強を教えていく中で一番難しいと感じたのは3年間はとても短すぎるということでした。
なんだかんだ言っても15年以上人生を歩んできている子の考え方やその間に積み重なってきた大変な思い等を3年間という短い期間に根底からしっかりと自ら変化させ新たな気持ちで次へステップさせるということは難しかったのも事実でありそこが非常に悩ましかったです。
より早い段階、つまり中学校や小学校のときから生活や学習に変化を与えることができれば大きく変わるのではないかと思い始め、実際に小学校で起こったことが引き金になってそのまま高校生まで引きずっているという子も多かったです。
そこで、全ての人は小さいころからの経験の積み重ねによって今があるということを考えのもと、高校の先生から小中学生を教えたいと思い再度職場を変えることにしました。
サポート校で発達障がいの生徒対応をした経験から、特別支援というものをしっかりと行いたいということも考え、今度は発達障がいと自閉スペクトラム症の子対象のフリースクールに移り小学生~高校生以上までの子に対して教えることのできる環境に身をおきました。
ここではギフテッド2Eと呼ばれるIQがとても高いギフテッドでありながら発達障がいという困難さの両方持っている生徒への授業を含め、特別支援を基本から徹底的に行った特性理解と個別最適化の元、この支援パターンが一人ひとりに適切にしっかりはまることで困難さを持っている子がとにかく生き生きと変わっていく姿に本当に感動をしました。
普通級ではクラス全員が先生の行う授業を聞き、活動を行うというあたり前と思われていることをしますが、これらの全体活動に乗ることができず支援級に行ったり、不登校になったりした子というのは、実は活動にうまく乗れない原因があります。
それは
・目で読むことよりも耳から聞くことの方が得意であったり
・ちょっとした音や臭いに敏感なために部屋にいられなかったり
・前に貼ってある掲示物が気になって黒板に集中できなかったり
と意外に些細なように感じられてしまうことでありながら生活や学習には大きく影響してしまう『特性』というものを強く持っていたりします。
これら無数の個々人の特性というものを見出しどのようにすればスムースにそして集中して活動が行えるかということを日々の対応や何気ないやりとりで明らかにしていく、これが『特性理解』と『個別最適化』の基本になります。
もちろん毎回うまく行くことばかりではなく、これでいこう!と思った支援計画がいきなり崩れることもままありました。
それでも目の前で明らかに困っている子がいる状況で何かできないかとあれこれやってみてハマったときは心底「やった!」と思えますし、それで少しでも変わるチャンスを得られる子が増えるのであればそれはやはり嬉しいことでもありました。
また、区の適応指導教室の責任者をする機会もあり公的支援の現状を知ることができたことも非常に興味深い経験でした。
年々増える不登校生徒への対応は公立学校の中だけでは到底解決できるものではなくなっており、まだ極々少数の地域ではありますが民間委託であったり民間との連携を積極的に進めて行こうという取り組みも徐々に広がりつつあることを知りました。
実際に各種民間での支援というのは雑多ではありますがかなり幅広く様々なことをカバーしていることは事実であり、それぞれの得意なコンテンツを公的な支援に取り入れることで今までにないサポートができる実感がありました。
このように『特性理解』と『個別最適化』のシステムを使った支援を行い、これがばっちりとはまることで発達障がい等で学校生活が困難であると言われてしまった、もしくは通うことが困難になってしまった子にはここまでしっかりとした支援があることは素晴らしいと思うと同時に、学校(特に普通級)に通うことができているいわゆる定型発達や健常と言われる子たちにはそんなに困難さはないのか?という疑問がわいてきました。
というのも、私自身の学校生活を思い出すと、学校には確かに毎日通えてはいましたが、もやもやはかなり抱えていたなと。
前にも書いた通り、点数を取るために解法や公式は覚えはしましたが、それに関する他に気になることを質問しても納得のいく答えが得られず消化不良に陥っていたり、とにかく板書が多い先生の授業内容はほとんど頭に入らないかわりに、ひたすら喋る先生の授業はなんかよくわからないけど好きだったり、同時に色々なことを言われるとどうしていいかわからず始めはフリーズしてしまったりなんてことはざらでした。
今なら自分が聴覚優位であることや完全なシングルタスク人間であるという特性を知っているので、当時なぜ困っていたのかも理解できますし、今の仕事でもその特性に合わせたやりかたで進めることで、あまりに困ってしまってどうしようもないということは解消されています。
まあ今思うと、これらのことがわからなかったが故に多くの無駄な時間と労力を使ってきたなと心底思うと同時に、昔知っていれば良かったなーで済ますにはあまりにもこれからの人生も短くはないので、やはりこういうことを知れた時が変化のチャンスだと思って自ら変えていくという積極性は絶対に必要だと思っています。
ではあらためてこのような自分の特性を知らなかった当時の自分はどうやっていたかと考えると、まず解決は自分自身でなんとかするしかなく、あまり助けてもらった感覚はないのと、勉強方法に関してはとにかく手あたり次第色々なことを試して、なんだかうまくいく方法をとにかく探し、「多分これでいいんじゃないか?」くらいの思いで探り探りやっていたなと。
まあ私が学習に困難さを抱える障がい等をもしかしたら持っていたのかもしれないですが、少なくとも普通に学校に通い続けられていたという意味でいうと、いわゆる定型発達・健常と言われる子であったと考えると、特性理解と個別最適化を知れば知るほど、むしろ定型発達・健常と言われる子に対しても、しっかりとこの2つを使った生活・学習の提案は必要なことなのではないかという思いがとにかく日に日に大きくなっていきました。
職場ではそのような特性理解と個別最適化をしまくる毎日でしたが、プライベートでも娘が生まれて0歳からのお友達とも遊んでいたり、ママやパパと何気ない日常で起こる困ったことや、悩んだりしていることを話していく中で、私自身がどんな職についているかは明かした上で、じゃあこうやってみるといいかもしれないという提案をさせてもらったり、実際に子どもたちとの遊び方を工夫して関わったりしていくことで明らかに変化していくことが多々ありました。
そして
『発達は生まれた直後0歳0か月から始まるもの』という当然のことの再認識と、
『特性理解と個別最適化の特別支援のシステムは全ての人が享受した方が明らかに生活や学習が劇的に向上する』
という2点を強く感じるようになりました。
最初は特に自分で何かを始めるなどということは全く考えてもみませんでしたが、この全ての人に対して『特性理解』と『個別最適化』を広めたいという思いはとにかく日に日に強くなっていきました。
そしてじゃあそういうことをやっている職場で働きたいと思ってみたところ、これだけたくさんの支援施設はあるにも関わらず私が考えているような場所は現時点ではないということがわかりました。
正直どうするべきか本当に困ったというのが本音です。
特別支援や療育を行えるところは数多くあるのでそこで今までやってきたことをより充実させることも考えました。
でも、やはり特別支援の対象になる子たちはあくまで全体のごく一部であり、それに対応できる施設は以前に比べて格段に増えている現状と、定型発達・健常と言われ普通に通えているようで、実は困っていることがあるかもしれない、または『特性理解』と『個別最適化』を行うことで、今よりももっともっと生活や学習の向上が起こるであろう大半の子に対応できる場所はないという現実が見えていると、どうしてもそこから目をそむけることはできず、これを仕事としてやりたい!
もしそんな職場がないのであれば作るしかない!という思いがあふれた結果、0歳~大人まで全ての人に『特性理解』と『個別最適化』を行えるという面白い事業会社を立ち上げようと思い立ったのでした。