勝負の話ー久々にしっかりと馬鹿馬鹿しい話を書いたつもり | 日々戯言をのたまっちゃう

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エロいことばかり。。。

改め

適当なことばかり。。。

すべての人に

「勝負の時」は必ず訪れる


いや


勝負とは

現在の状況から相手の動き、その後の展開等を予想して自分の行動を決定する、

「自分の最善の一手を選択すること」であって


そう考えると人生とは選択の連続、つまり勝負の連続で成り立っていると言い換えることができる


堅苦しい書き方をして「そうなのかな」と思わせようとしているわけではなく、

実際そうなのだ


野球でも、次は何の球種を投げようか、カーブにしよう

次は何の球種を投げるだろうか、ストレートに絞ろう


ルーレットでも、赤が続いたから次は黒にしよう


小さな選択、小さな勝負の連続でひとまとめの勝負が決する


人生でもそう

どこに進学しようか、就職しようか、

夜更かししようか、何を着ようか、何を食べようか


小さな選択の連続で人生は成り立っていて


選択=勝負のとき

人生=選択ならば

人生=勝負


という

なんだか数学でならった定理が上手いこと当てはまる


勝負とは


勝つか負けるか

嬉しいか悔しいか

笑うか泣くか

儲けるか損するか

憧れられるか蔑まされるか


スポーツでもギャンブルでも人生でも根本は同じである

そしてそれはどんな小さな勝負でも同様である


例えばジャンケンであろうとも、

コイントスであろうとも、

勝てば嬉しいのだ


人生の勝負とは


その途中途中で勝ち負けはあろうとも

最後の最後、人生というゲームの勝ち負けは

「死ぬ瞬間に笑って死ねるかどうか」

である


つまりですね


最後に、最期に、ジャンケンでもなんでもして

勝って死んだら、それだけでそれはとても「幸せな人生だった」と言えるんじゃないだろうか


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人生負けっぱなし

何もいいことがなかった老人が

今まさに臨終の際にいた


「おじいちゃん、最後にジャンケンしよう」


孫は知っていた


おじいちゃんはいつも最初にグーを出す


「ジャンケンに勝てばおこづかいあげるよ」と言って、

おじいちゃんはグーを出す


おじいちゃんには最後に笑って、勝負に勝って天国に行って欲しいから・・・



おじいちゃんは考えた


「孫可愛さに、いつもグーを出して負けていたが・・・

ここは勝ちたい!」


「いやしかし、この場面で『ジャンケンしよう』っていうことはワシに勝たせようとしてるってことか?

いつもは孫はパーを出すからチョキを出せばいいのか?それともいつもどおりでグーでいいのか?」


「せーのっ、じゃーんけーん」


「あっ、待って待って!」


「ぽん」



おじいちゃん



人生最期にまさかのあと出し不戦敗