4月3日 日曜日


ガソリンもようやく入れることができ、地震で壊れた物を捨てに行くついでに、津波の被害が酷かった閖上に行ってきました。


自分は被災したとはいえ津波の被害にはあっていません。

この目で見ておかなければならない気がして、見に行くことにしました。

この目でみて、肌で感じて、後世に伝えていかなければいけません。

そんな使命感があります。


閖上に近づくにつれ瓦礫が目立ち始めました。高速道路を過ぎた境に目に飛び込んできたのは、


あまりにも無残で悲惨な光景でした。




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テレビの映像で見ていたとはいえ、この目で見る光景は言葉に表せません。



つづく



3月21日月曜日祝日


今日は姉夫婦の家でお風呂を入れる事になりました。
10日ぶりです。姉夫婦の家は、プロパンガスで水は貯水タンクから出てるみたいです。

久しぶりのお風呂は最高というより、とても幸せでした。
入れるといっても、水が貴重なのは変わりないので甥っ子と一緒にお風呂に入ります。
今までは家で洗うときにシャンプーもろくに泡立たなくて、水が貴重なので何回も洗えませんでした。



3月27日 日曜日


ついに水が出ました!
蛇口から水が出た瞬間は思わず大きな声で


「やったーっ!!」


と叫んでいました。
予定では自分の住んでいる地域は火曜日だったのに、水道局の人が頑張ってくれたお陰です。


早速風呂に水を溜めてお風呂を沸かしました。次の日は仕事だったのでナイスなタイミングです。

お風呂は最高でした。姉夫婦の家でお風呂に入ったときは、甥っ子が一緒でそれどころじゃありませんでしたが、
幸せ過ぎて感動して泣いてしまいました。


水が普通にでる喜びは計り知れません。



つづく



5日目


夜中に何回も起きたけれど、やはり朝自分の部屋で起きれるのはいいです。避難所で生活している人もいる中、自分の家がある、それだけで幸せなことだと気づかされます。


余震の間隔がだんだんと長くなってきました。それでも小さい揺れに体が反応してしまう。飛んでるヘリの音にさえ反応します。


今日は朝から近くに給水しに早くから並びました。2リットルのペットボトルを持っていき、1時間待って1人10リットルです。周りの人もタンクやペットボトル、バケツなどで給水してます。
係りの人は自治会の人で、冷たい水で濡れながらも水を入れてくれてます。係りの人にも生活があるのに本当に大変でありがたいです。給水で待っていると、車や通行人がこちらを見ながら通っていきます。皆、情報を得ようとアンテナをはっています。 


その内雨が降ってきました。知人の情報によると、原発の事故で放射能が混じってるから雨に濡れないようにとの事でした。そういう情報が錯綜しています。



6日目


朝早く起きて、タオルで体だけ拭いて自転車で仕事先へ。ミゾレが降りしきる中、ガソスタの車の長蛇の列が多かったです。会社の近所は電気が復旧してるけど、会社みたいな所は電気会社に連絡しないと復旧しないらしく、しかも今はどこも混んでるとの事。電気がないと仕事にならないので今週一週間は休みになり帰されました。


ただ帰るのも勿体無いので、情報があった店に立ち寄るが長蛇の列で断念。
帰りにひっそりとやっていたコンビニに入って日用品を購入しました。


そういえば仕事先は電気が復旧した直後くらいで、周りの自販機に飲み物が売っていたから買っておきました。停電していると自販機も使えなく買えなかったので、電気が復旧した直後は狙い目かもしれません。


今日の仙台の夜は寒いです。
水道が復旧していない僕の所は、そろそろトイレ用の水がなくなってきた。日中は雪が降ったので、それを急いでかき集め、お風呂満杯にしました。これで当面はトイレの水に困らないです。


明日も朝から買い出しに並びに行ってきます。



7日目


仙台の朝は寒いです。4℃。


昨日入ったコンビニの店長から直接情報があって、朝からコンビニに歩いて並びに行きます。でも買えたのはカップメン一個にオニギリ三個。


並んでる時に、知らないおじさんやおばさんと会話しました。色々話をしてみると買い物情報や地区の話を聞けたり、30年くらい前にあった宮城県沖地震の話など、やっぱりこうゆう時は人と人との繋がりなんだと思いました。


地震から一週間が立った今の現状を書いてみます。
今だに灯油、ガソリン、水は足りてない状態で、常に情報に目を光らせています。
水は、近くの町内会の所から給水させてもらっている状態です。トイレの水は雪や雨をバケツなどで風呂に集めてます。


灯油は一度も給油できてない状態で、節約しながら使ってます。電気は復旧したのでホットカーペット、こたつなどを使い暖をとっています。

こたつもただ使うと中しか暖まらないので、コタツを裏返しにし、むき出しのままにして部屋を温めてます。

ガソリンは給油できている人はいても制限されていて1人10リットルや20リットル。長蛇の列で道路が一車線埋まります。

弟の車はガソリンは何回行っても不発に終わって、ただガソリンを無駄にしてます。自転車があるので、まだマシな方です。


仙台は、少しずつ買いに行けるスーパーが増えていってます。が、それでも品数制限や長蛇の列は当たり前な現状。


仙台から少し離れた場所に行くと津波の被害にあった町へ出ます。色々復旧できてる所はあるけど、家がない人、避難生活をしている人に比べたら、恵まれているから、食べ物も水も被害が大きい所へ優先して欲しいと願うばかりです。


一週間たって、家で履いていた靴を脱ぎました。いつ大きい地震がきても逃げれる様にと履いていました。
今だに余震は続いています。少しずつ少しずつではあるが、余震は減っています。
でも、余震がないのに自分の身体が震えていて、それを地震と勘違いして、また身体が震える悪循環。


地震は夜に寝てても関係なくやってきます。電気を消して寝るのが怖いです。
体力を使うとお腹が減るので、用事がない時はテレビを見ながら、iPhoneのTwitterで情報収集。ヒマはあるけど、ゲームをする気がおきない。ビデオを見る気がおきないんです。


最近笑ってません。



つづく