小学校4年生の初夏。
あの頃の僕たちには何もかもが輝いて見えていて、すべての物事が希望に満ち溢れていた。
明日は必ず晴れると信じて疑わなかったし、仮に雨が降っても傘を振り回して結局楽しんだ。
くしゃくしゃに丸めた紙くずをゴミ箱に投げる。
そのシュートが入るだけで人気者になれた。
ペン回しが成功すれば勝ち組だし、牛乳が早く飲めることが強さの象徴でもあった。
僕たちは何をする時だって競争したり自慢したりしながらクラスのスターになることを夢見ていた。
そんな中、スターの条件としてもっとも重要だったのが足の速さだ。
僕はトップクラスの瞬足であったためNO1スターへの有力候補だった。
彼は少し違っていた。
モトユウジは目立つ男子ではなかった。
目は細く、顔はぽっちゃりとして髪は一番短いバリカンで可能な限り四角くかたどられていた。
身長こそ背の順で後ろから数えたほうが早いといった位置につけてはいたが、肘や膝の裏側はアトピーが出ていていつも搔きむしっていた。
つまり、クラスのスターランキングにランクインするタイプではなかったのだ。
だが彼自身もそんなことは気にしていない様子だった。
ある昼休みのことだ。
その時僕らの仲間うちではブランコが流行っていた。
ブランコに乗りながら靴を飛ばしてその飛距離を競うというものだ。
何人かが靴飛ばしに挑戦したが、やはり人気ランキング上位のメンバーが着々と飛距離を伸ばしていた。
運動神経抜群のサトシが最高距離をたたき出し、場は沸いた。
さらにサトシは靴を飛ばした後に自らもブランコからジャンプした。
その姿が僕たちにはものすごくカッコよく映ったので、今度はみんなが競ってブランコからジャンプし始めた。
しかし、サトシほど飛べる男は中々現れない。
もちろん僕も挑戦した。だがしかし難しい。
まずはブランコをどれくらい漕ぐかだ。漕ぎすぎると怖くて飛べないし漕がなければ飛距離は出ない。
恐怖を乗り越えた後はタイミングだ。
抜群のタイミングで蹴りださなければやはり飛距離は出ない。
たくさんのチャレンジャーがブランコジャンプに夢中になり、いつの間にかたくさんのクラスメイトが集まってきた。
その中の一人にモトユウジがいた。
彼は当然のごとくブランコジャンプに名乗りを上げて、すでに後ろに並んでいた。
誰にだって平等にスターになるチャンスは与えられる。
だが彼にはそれほど意気込んだ様子はなく、まるで昼下がりのコーヒーブレイクのように穏やかで、注文したフルーツサンドの到着を心待ちにしているかのような軽やかさすら感じられた。
もしかすると彼はただたんにブランコに乗りたくて並んでいただけなのかもしれない。今にも彼の鼻歌が聞こえてきそうだ。
恐怖に打ち勝てない挑戦者たちが次々とブランコを漕ぐだけ漕いでリタイアしていった。
彼もまたそうなるだろうと、ここにいるすべてのクラスメイトが思っていたに違いない。いや、それすら思っていなかったのかも知れない。
愛情の反対は憎しみではなく、無関心なのだ。
彼は静かに、それに乗った。
ややあって。
一人、また一人。彼から目が離せなくなっていく。
しばらく後、すべての視線は彼に集中していた。
漕ぎすぎだ!!!
あんなところから飛んだら死ぬぞ!!!
だが観衆のどよめきとは裏腹に
彼の動きはますます流麗で美しくすら感じられた。
それはまるで単振り子の力学的エネルギーが保存されるとき振り子の最上点の高さは一定である、自由落下運動における力学的エネルギー保存の法則を見ているようであった。
物理学とは自然界のあらゆる現象を包括的に理解するための理論だ。当時の僕たちには理解できるはずもない。
だが彼の足がブランコから離れたとき、それは運動力学上最も物体を遠くまで飛ばすために効率的なタイミングであったに違いない。
もしかするとその瞬間、地球の自転が回転を早めたのか?
それとも月の引力が偶然に(あるいは必然に)なんらかの作用を起こしたのか?
その答えを見つけるのは
今となっては不可能に近い。
すべての、、、
そう、すべての観衆は遥か上空の彼を見ていた。
しかし
この空間でたった一人
モトユウジだけは空を
ただ空だけを見ていた。
少年は
あの頃の僕たちには何もかもが輝いて見えていて、すべての物事が希望に満ち溢れていた。
明日は必ず晴れると信じて疑わなかったし、仮に雨が降っても傘を振り回して結局楽しんだ。
くしゃくしゃに丸めた紙くずをゴミ箱に投げる。
そのシュートが入るだけで人気者になれた。
ペン回しが成功すれば勝ち組だし、牛乳が早く飲めることが強さの象徴でもあった。
僕たちは何をする時だって競争したり自慢したりしながらクラスのスターになることを夢見ていた。
そんな中、スターの条件としてもっとも重要だったのが足の速さだ。
僕はトップクラスの瞬足であったためNO1スターへの有力候補だった。
彼は少し違っていた。
モトユウジは目立つ男子ではなかった。
目は細く、顔はぽっちゃりとして髪は一番短いバリカンで可能な限り四角くかたどられていた。
身長こそ背の順で後ろから数えたほうが早いといった位置につけてはいたが、肘や膝の裏側はアトピーが出ていていつも搔きむしっていた。
つまり、クラスのスターランキングにランクインするタイプではなかったのだ。
だが彼自身もそんなことは気にしていない様子だった。
ある昼休みのことだ。
その時僕らの仲間うちではブランコが流行っていた。
ブランコに乗りながら靴を飛ばしてその飛距離を競うというものだ。
何人かが靴飛ばしに挑戦したが、やはり人気ランキング上位のメンバーが着々と飛距離を伸ばしていた。
運動神経抜群のサトシが最高距離をたたき出し、場は沸いた。
さらにサトシは靴を飛ばした後に自らもブランコからジャンプした。
その姿が僕たちにはものすごくカッコよく映ったので、今度はみんなが競ってブランコからジャンプし始めた。
しかし、サトシほど飛べる男は中々現れない。
もちろん僕も挑戦した。だがしかし難しい。
まずはブランコをどれくらい漕ぐかだ。漕ぎすぎると怖くて飛べないし漕がなければ飛距離は出ない。
恐怖を乗り越えた後はタイミングだ。
抜群のタイミングで蹴りださなければやはり飛距離は出ない。
たくさんのチャレンジャーがブランコジャンプに夢中になり、いつの間にかたくさんのクラスメイトが集まってきた。
その中の一人にモトユウジがいた。
彼は当然のごとくブランコジャンプに名乗りを上げて、すでに後ろに並んでいた。
誰にだって平等にスターになるチャンスは与えられる。
だが彼にはそれほど意気込んだ様子はなく、まるで昼下がりのコーヒーブレイクのように穏やかで、注文したフルーツサンドの到着を心待ちにしているかのような軽やかさすら感じられた。
もしかすると彼はただたんにブランコに乗りたくて並んでいただけなのかもしれない。今にも彼の鼻歌が聞こえてきそうだ。
恐怖に打ち勝てない挑戦者たちが次々とブランコを漕ぐだけ漕いでリタイアしていった。
彼もまたそうなるだろうと、ここにいるすべてのクラスメイトが思っていたに違いない。いや、それすら思っていなかったのかも知れない。
愛情の反対は憎しみではなく、無関心なのだ。
彼は静かに、それに乗った。
ややあって。
一人、また一人。彼から目が離せなくなっていく。
しばらく後、すべての視線は彼に集中していた。
漕ぎすぎだ!!!
あんなところから飛んだら死ぬぞ!!!
だが観衆のどよめきとは裏腹に
彼の動きはますます流麗で美しくすら感じられた。
それはまるで単振り子の力学的エネルギーが保存されるとき振り子の最上点の高さは一定である、自由落下運動における力学的エネルギー保存の法則を見ているようであった。
物理学とは自然界のあらゆる現象を包括的に理解するための理論だ。当時の僕たちには理解できるはずもない。
だが彼の足がブランコから離れたとき、それは運動力学上最も物体を遠くまで飛ばすために効率的なタイミングであったに違いない。
もしかするとその瞬間、地球の自転が回転を早めたのか?
それとも月の引力が偶然に(あるいは必然に)なんらかの作用を起こしたのか?
その答えを見つけるのは
今となっては不可能に近い。
すべての、、、
そう、すべての観衆は遥か上空の彼を見ていた。
しかし
この空間でたった一人
モトユウジだけは空を
ただ空だけを見ていた。
少年は
鳥になった。
時間が止まる。
彼はまだ、空だけを見ていたし
今度は角度的にもハッキリと見えた。
衝突の寸前、すでに泣いていた。
いや正確ではない。
まるで時間が止まったと感じるほどゆっくりだ。
そのスローな時間現象の中を僕だけが意識していた。
37兆個の細胞一つ一つに刻まれた記憶
それは40億年前、生命の起源より繰り返されてきた記憶のリレー。
その進化の過程が映像となり頭の中でスライドショーされていく。
刹那の間に幾枚のも映像が繰り返される中でようやくたどり着いた最後の一枚。
それは今、まさに遥か上空を飛行し続けている彼の映像だった。
進化の行き着く到達点がここであると、僕に教えているかのようなその映像の中で、僕の角度からは見えるはずのない彼の顔。
しかし長い歴史の旅を終えたばかりの僕は理解していた。
確かに彼は笑っていた。
彼はライト兄弟とは別の形で答えを出したのだ。
人類は飛べる。と。
その日
モトユウジが鳥になった日。
僕たちは、何もかもが手に入ると思っていたのかなあ?
そして時は動き出す。
重力は突然目を覚まし思い出したように彼を引っ張り始めた。
観衆は我に返り
瞬間的に未来を予知した。
モトユウジが保健室にいる映像を思い浮かべ、そしてまるで自分自身の痛みを回避するように目を閉じた。
しかし落下を始めたモトユウジを僕だけは最後まで見ていた。
見届けていたかった。
まるで時間が止まったと感じるほどゆっくりだ。
そのスローな時間現象の中を僕だけが意識していた。
37兆個の細胞一つ一つに刻まれた記憶
それは40億年前、生命の起源より繰り返されてきた記憶のリレー。
その進化の過程が映像となり頭の中でスライドショーされていく。
刹那の間に幾枚のも映像が繰り返される中でようやくたどり着いた最後の一枚。
それは今、まさに遥か上空を飛行し続けている彼の映像だった。
進化の行き着く到達点がここであると、僕に教えているかのようなその映像の中で、僕の角度からは見えるはずのない彼の顔。
しかし長い歴史の旅を終えたばかりの僕は理解していた。
確かに彼は笑っていた。
彼はライト兄弟とは別の形で答えを出したのだ。
人類は飛べる。と。
その日
モトユウジが鳥になった日。
僕たちは、何もかもが手に入ると思っていたのかなあ?
そして時は動き出す。
重力は突然目を覚まし思い出したように彼を引っ張り始めた。
観衆は我に返り
瞬間的に未来を予知した。
モトユウジが保健室にいる映像を思い浮かべ、そしてまるで自分自身の痛みを回避するように目を閉じた。
しかし落下を始めたモトユウジを僕だけは最後まで見ていた。
見届けていたかった。
彼はまだ、空だけを見ていたし
今度は角度的にもハッキリと見えた。
衝突の寸前、すでに泣いていた。