③からの続きです。
他にも色々と子育てについてや(この問題は玉じいからユータンにバトンタッチしてました)兄弟問題、お化け問題(こちらは可愛い女の子からの質問です)など、参加された方全員一回は質問できました。どの質問にも真面目にお答えくださってました。
結局時間ギリギリまでお話しして、とても楽しく有意義な時間でした。
吹田での座談会参加してみての感想としては、結局心の在りようなんだなと思い至りました。
神社へ行ってお参りしても、祈りが自分の為(自分の状況を助けて欲しいなど)なら意味がない。ただ神に向かって感謝の念を捧げるだけでいいんだよ。玉じいが言ってました。
ちゃんと神様へお祈りすれば結局困った時には、自分を守護して下さっている方が必要な人を引っ張ってきてくれるんだよと。
これって実は分かり難いけど、例えば今回の座談会にしても私から見れば私にとってその時必要な人達が参加されてて、それは守護さまが呼んできて下さったから、という事なのかなと思いました
。
神様へのお祈りが真摯であるなら神社でのお参りは感謝の念だけでよい。それだけで神様はその人の困っている事も分かるからその人を助けてくれるという。だからわざわざ願い事を神社でしなくてもいいんだと。私としてはそう受け取りました。
玉じいもユータンもその人にとって一番いいであろう道を示してアドバイスをくれるんだと思います。でも相談する人はその答えが気に入らないかもしれない。玉じいとユータンがどんなにこっちがいいよって言ってもその人にとってはその答えは欲しく無いかもしれない。結局自分の欲しい答えが欲しくて皆さん(全員とはいいませんが中には)相談するんですね。 だから玉じいやユータンが言ってくれる言葉をそのまま受け取っても受け取らなくてもどっちでもいいのかなと。その人にとってよかれと思う意見でもそれが本当にその人にとって正しいのかは分かりません。だから前にユータンのブログにも書いてありましたが、玉じいやユータンの言葉が正しいとは限らない、という事なのかと。しっかり自分でも考えて答えを導き出すことが大切なんだと受け止めました。
今回、ブレスレット作成会、プチツアー、座談会と開催させていただいて、とても有り難い経験が出来ました。ユータンのお手伝い、威張れる程の事は出来ませんでしたが、開催する側に立ってみると、今までのユータンのご苦労が偲ばれます。
参加して下さった皆さまありがとうございました。又今回はご縁の無かった方もいつかユータンのイベントに参加できる機会があればと思います。いつかお会いできたらいいですね。
そして、今回折角ユータンに直接お会いできたので、ブログを読んでて気になってたこととか色々とお話をする事が出来ました。
そのお話を聞いての思ったことです。
ユータンの側にいるという事は、普通に生活するよりもより大きな試練に晒されるということなのかな?と。ユータン自身はとても広い心で皆んなを受け止めてくれますが、それを間近で見てしまうとそれが並大抵の事では出来ないと分かります。ブログ(ネット)だけでは分からない凄さですよね。それってユータンがもの凄い人だ、と崇拝してしまう人が出てきてしまう。それをまた逆に捉える(これはどちらかというと嫉妬なのかな)人も出来てしまう。そしてユータンの側にいるとそういった人達から色んな声を受けてしまう(いい意味でも悪い意味でも)そういった声を受けてなお自身が冷静である事が出来るのか。ちょっとした心の隙間に入り込んでしまった声に惑わされるとどんどん道を誤ってしまう。そういった試練が常に付き纏うのは大変だと思います。
だからきっとユータンのパートナーである濱人さんもユータンと一緒にいる事で大変な試練を乗り越えてらっしゃるではないのかな。そして試練は1つ乗り越えたらお終いではなくて次々にやって来る。それをユータンと濱人さんとお二人で乗り越えなきゃいけないのも大変だと思います。火である濱人さんと水であるユータンが和合してもそれを持続し続けるのも大変な事と思います。と勝手に思ってます。
だらだらと書いてしまいましたが、あくまでもこれは私の個人的な意見で受け止めです。
座談会でも皆さんそれぞれ受け止め方は違ってたと思います。それでいいんです。
また、いつか玉ユキ座談会大阪で開催出来ればと思います。
読んで下さった皆さまありがとうございましたm(_ _)m