3年前の冬(R5.12)。かかりつけの病院に健康診断の結果を聞きに行くと、肺のレントゲンに影があるとのこと。古い肺炎の跡か何かだろうけど心配なら、と言われCTを撮った。呼吸器内科の医師に見てもらうと、血管と骨が重なって写っただけですね、と。それじゃ、なんともないということですか。いえいえ、影はあちこちにあり肺がんが隠れているかもしれないので半年後にでも、もう一度CTを撮った方がいいでしょう。
年明け1月頃から軽い空咳が出始めた。それほど嫌な感じでもなかったがなかなか治まらないことから、肺がんが心配になり半年を待たず4月にCTとレントゲンを撮った。
医師によれば、白い影が少し増え正常な部分の面積が減り、間質性肺炎の疑いがあるとのこと。この頃から咳を煩わしいと意識し始めていた。喉の奥、気管の入口がこそばゆい。血液検査は正常範囲だったが、2013年からの10年間で人より線維化が進んでいるとのことから(ドックの結果から推定)、本格的な呼吸機能検査のできる公立のA病院に行くことにし紹介状を書いてもらうことにした。
医師には、進行は緩やかなので寿命と追いかけっこになるくらいでしょう、という趣旨のことを言われた。まあ、そういうことなら仕方ないか。ふと同じ病で亡くなった職場の先輩を思い出したが、逃げ切れる可能性があるのならそれに期待しようと考えた。
A病院の呼吸器内科は混んでいて診察は2か月先になるとのこと。やむなく隣のB病院へ(こちらも同規模の公立病院)。レントゲンを撮り血液検査をし、ほこり、カビ、鳥との接触、周辺の工事の状況等について聞かれた。両肺上部に影があるけど、CTも半年で変わりないし、咳もあまり出ないようだし。呼吸機能検査の結果は普通の人よりむしろいいくらい。血液は間質性肺炎の主要マーカーであるKL6を含めほぼ正常だけど(SPDはやや高い)、セキセイインコにアレルギー反応があるので過敏性肺炎だろうとのこと。セキセイインコはもう何十年も前、結婚前に妻が飼っていたことがあった。
3か月後にもう一度CT、レントゲン、血液検査をして特段のことがなければ元の病院に戻すとのこと。セキセイインコのアレルギー反応以外に何か根拠があるのかどうかわからなかったが、ここで過敏性肺炎ならまあいいかと誤認してしまった。咳は続いていたが体調はさして悪くもなく羽毛を遠ざければ軽快するだろう、と。しかし8月に風邪をひき、ひどい咳、喉の痛み、耳管に響く強烈な耳鳴りに悩まされ、回復後も呼吸器症状は残り自分が病人であることを意識させられた。9月になってからやっと羽根布団やダウンジャケットを廃棄した。非常勤だったがまだ現役サラリーマンだったので、秋は仕事を乗り切ることに専念した。
一旦元の病院に戻ったが、年末(R6.12)のCTで網状エリアの広がりが思いのほか早いとのことで再びB病院へ。その後、医師の勧めで1月に間質性肺炎治療では有名な大学病院に行った。当時身体は人並みに元気で、なんとかここで進行を食い止められないかと思った。しかし、大学病院では色々な検査をされた後に気胸を指摘されただけで特段の説明はなく、今ここでできることは何もないと門前払いを食い(R7.2)、B病院に戻された。
どうやら寿命と追いかけっことは言えない状況であることには気づいていたが、まだ余力があったことからその後は漫然とB病院に通い続けた。退職を待ち、副作用が出たらすぐに止めるつもりでオフェブを飲み始めた(R7.7~。当初150mg⇒下痢のため100mg)。
ネット情報から、間質性肺炎の中でも上葉優位型肺線維症(PPFE:胸膜肺実質線維弾性症)ではないかと思い、医師に聞いてみると大学病院からもそのような意見が出ているとのこと。 そこで医師にお願いし難病申請を出すことにした(R7.8。なお過敏性肺炎は対象外)。
やがて数か月ごとに軽い気胸を頻発するようになる。しかし気胸はともかく、レントゲンや血液検査の結果は前回と変わりませんね、では次回は6週間後に、と繰り返すだけの診療に不安を覚え、歩けるうちにとA病院への転院を申し出た(R8.5)。医師の了解を得ると、診察終了後ロビーですぐにA病院に電話し予約を取った。今回は、1か月半待ちだったがやや短くなったので辛抱することにした。 A病院では診察に十分な時間を取ってくれ、医師からは経年変化を含む間質性肺炎の状況、酸素療法の可能性や介護保険の活用等初めてと言っていいほど丁寧な説明を受けた。
さてA病院に通い始めて2か月。不安の中、これからどうなるんだろう、と考えているところ。