昔、小学校か中学校で勉強しましたが、、、


スクールってギリシャ語の「暇」が語源になってるとか(記憶が若干あやふやですが、、)




当時の私は、学生ってやりたことをとことんやる人達の事なんだと解釈しました。




小学校の私はゲームが大好きだったので休み時間にあそべる新しいゲームの企画を授業中に考えるようになりました。(この事業はある成果を認識して引退しました。)




中学校では音楽にハマッテいたので、様々な音楽を一日中(授業中もw)聞いて、その歴史(歴史の授業中w)や、音楽的ロジック(数学の授業中w)等を勉強していました。(この事が留学にあたりキーになりました。)




ただ、当時はこんな私は非常に生きにくい世界で、いわゆる協調性のない、欠落生徒的な評価をうけておりました。





話は変わりますが、先日SPV東京のネットワークミーティングにお伺いしてきました。





その中で、

シュタイナー教育 (うぃきぺ)というシステムを使ったいわゆる小中一貫教育を提唱するNPO法人

賢治の学校



もし、当時こんな学校があって、私がここに入っていたら、どうなっていただろう。

と、生徒の母であり、職員でもある方々のはつらつとしたお話を聞きながら考えておりました。