ここ南房総はのどかな田園風景が広がる。
海のものも山のものも新鮮で美味しく、気候は穏やか。昔のままの暮らしがここにある。
昔のままの暮らし…は犬にも当てはまる。犬は「番犬」の地位を保ったまま。家の外で鎖やロープに繋がれたまま、である。
「犬に金をかける」なんてとんでもない。近所で産まれた雑種の仔犬を貰ってきて飼う。
狂犬病の注射は仕方なくやる。が、ワクチン、フィラリアの薬…それ何?の世界。獣医の世話になるのは好まない。
去勢・避妊手術もしない。従って発情期が来たら仔犬は産まれる。大体が繋がれた家の縁の下で仔犬が産まれる。
仔犬は貰い手がつけば幸運な方である。貰い手を探すこともせず、山の中に捨てられる仔犬も多い。
猫の場合はもっとひどい。「ネズミなどの害獣を獲って捨てるのと同じ」感覚に近い。目も開かないうちに埋める、川に流す…。山に捨てられた仔猫は、カラスの餌になる。
この国の人たちは、そもそも犬との暮らしには縁がない。移住・狩猟民族ならば、犬は人のパートナーとしての地位を与えられ、存在を認められるのだが…。定住・農耕民族である。
しかしその反面、全てのものに魂が宿り、八百万の神を祀り、動物を主人公にした民話・伝説の類は数限りない。
「いのち」に対する感覚は確かに東洋的なものである。「輪廻転生」は動物にも認めているのか、
「ペット、コンパニオンアニマル」としての感覚はおそらく希薄なのだろう。
「家畜」の感覚なのだろう。犬は番犬として吠えるのが仕事であり、猫はネズミを獲るのが仕事。ただそれだけの存在であり、それ以上の何者でもない。