子供の頃から動物が大好きだった。昆虫、ミドリガメ、夜店で買ったヒヨコ、屋根裏に迷い込んだタカ、父が拾ってきた孵化したばかりのスズメの仔、近所の犬、親戚の犬…。

私と犬との最初の出会いはシべリアン・ハスキー。田舎暮らしを始めるのなら…クルマの免許がないと、と送ってくれた現金で、同居人の女は犬を買った。

 届けられたのが生後70日程のハスキーだった。売主が言うには「しばらくの間はケージの中で飼うように。外に出しちゃダメ」今思えばとんでもない指示。「餌はこれじゃないとアレルギー起こすから。缶詰もこれ」と高いフードを買わされる。これも商売が上手い。

 「肝心なこと」を教えてもらえないまま、だった。

 「肝心なlこと…トイレのこと,躾のこと,病気のこと,想定されるトラブルへの対処の仕方…などなど、である。

 「ブリーダーから犬を買った」のではなかった。その業者は「パピーセラー」だった。その頃は「同じ犬で商売している人にも種類がある」ことも知らなかった。

 

 ハスキーがきっかけで、地元のブリーダーと知り合った。本業は材木屋。奥さんの名前が「朝子」で「ランバーモーニング」というケネルネーム。夫の昌作さんは子供の頃から動物好きで、ハスキーも国内登録15頭目、という頃からブリーディングしていた。アメリカの「コントーキー」からいい犬を輸入した。ハスキーを見たら懐かしくなって…と話した。

それ以来、たくさんの事を教えてもらう「犬の師匠」となる。土地・建物でもお世話になる大恩人となる。

 我が家に長男が産まれる、という頃、妻は「小さい犬が欲しい」と。ポメラニアンが来た。北海道のブリーダーが専門にブリーディングしている「ブラック」のショータイプ。小さい。15kgあるか、これで子供が産めるのか?というほど小さい。

 2度目のお産が帝王切開となり獣医へ。仔犬は死産。親は術後の麻酔が醒める時に獣医師が付き添っていなかったために死亡した。

 その後,我が家にはバーニーズマウンテンドッグ(♀)が来た。有名な動物写真家の家で産まれた。飼主は「まだ日本には少ない上に,貴重なイギリス系」であることを自慢した。売るために産ませているのでない、と力説した。自分たちに相応しくない金額で,その犬は我が家に来た。

 相手になるオスは,北海道にいた。「これならいいっしょ」と、いい犬を送ってくれた。

立派な成犬になったが、その交配は、重く、介助する人間も大変だった。

 今度はイングリッシュコッカースパニエルだった。福岡のブリーダー、といっていたが

実際はブローカー…の犬だった。カタカナ商売はいかがわしい。羽田空港まで迎えに行って受け取ったのは「ヘンな仔犬」だった。交配相手のオスも福岡からだった。スヌーピーを実物にしたブラック&ホワイト。「交配に使える」といったがこのオスはアイラインが入らず、性格も強すぎて里子に出された。

 結局この犬種が増えていき、アメリカの有名ケンネル「SPINDRIFT」から犬が来ることになる。「遊びじゃない、仕事で行くんだ」と妻はその後何度か渡米するようになる。

「ショーで勝ってケンネルネームを売る」のだと、鼻息荒くなった妻はこの犬をショーに出す。有名ハンドラー・塚田直幹氏に預け、ハンドリングしてもらう。この人の犬の扱い方は天下一品、である。お陰でこの犬種初の「インターナショナル・ビューティーチャンピォン」となる。

 彼の進言で「SPINDRIFT」のケネルネームを譲り受け「SPINDRIFT JP」を持つことになる。

 「犬種のグループづくり」をして、そのトップに立ち、リーダーシップを取る…妻は同一犬種を集めてバーベキューパーティーを企画した。その模様は雑誌にも取り上げられ、妻の鼻はますます高くなり、鼻息はますます荒くなった。

 パーティーの手伝いに来ていた男と不貞をはたらき、私との結婚生活は終わった。

 犬の輸入業者にもいろんなタイプがあり、間違えるととんでもないことになる。当時は

国内には少ない犬種を輸入しようとすると、

窓口となる国内の業者(ペットショップ、ブリーダー…実際は繁殖屋)

国内のブローカー (実際に外国のケンネルへ出向き、交渉する場合も。もちろんこの 旅費も犬の値段に入る)

③ 相手国のブローカー(外国で暮らす日本人で、その国の言葉が喋れて小遣い稼ぎがしたい、という程度。もちろん現地にもブローカーはいる)

④ 目指すブリーダー、ケンネル

 …という具合にルートと階段がある。このそれぞれがリベートで動く。向こうのブリーダーから1,000ドルで買えた犬が、日本に入って検疫を通って出てくる時には、一桁増えている…なんてことはザラ、である。

北海道のブリーダーから「近所のペットショップが周辺住民から出て行けと言われて、そこの犬たちをレスキューして」と、我が家に3頭のチャイニーズクレステッドドッグが来ることになった。妻は「前から欲しかったから」と快く受け入れたが、性格が嫌い、と面倒も見なくなった。毛玉だらけで、オス1頭は山の中に迷ったのか帰らなくなった。妻は捜そうともしない。メスは道路に出て車にはねられ死んだ。1頭だけが里親に引き取られた。飼われる人間を選べない、不幸な犬たちだった。私は妻の本心を、ブリーダーとしての正体を見た気がした。

 

犬探しや交配のために、あちこちのブリーダーを訪ねた。

アシスタントを雇って、清潔で広々とした敷地で大々的にやっているところ、屋外でケージに入れっ放しで雨上がりに行くと「カッパを着ろ」と言う。犬たちが汚物を跳ね上げる…というケンネル。「うちはこの犬種だけでやってます」…裏にいろんな犬種がいたり。

 ブリーダーになるのに、現在何の資格も試験も許認可も届け出もいらない。犬がいて、産ませて(産ませなくても!)…「私はブリーダーです」と言えばブリーダーなのだ。

「いのち」を産み出す仕事にふさわしい、品格、性格を持ちたい。必要な制度づくりを早急に求めたい。この仕事には豊富な知識と経験と愛情が必要だ。外国では「尊敬される職業」である。日本ではまだまだ「アブナイ奴がやってる職業」なのか…。