先輩への想い。ストーリー02。
中学生になったわたし。
わたしの学校は、登下校や学校の式典などでしか制服を着用しないというシステムだ。学校につくと体操服や学校のジャージで過ごすことが当たり前だった。
今思うと、制服の使い方がなんとも贅沢だったと思う。
そんな私の学校は、必ず何かの部活に入らなければならない。
運動部しかないという、スポーツの苦手な子には狭すぎるなんとも辛い選択だ。
小さな町の学校はどこもそうなのかもしれない。
わたしは体を動かすことやスポーツは好きだった。
そんなわたしは、中でもキツイとされるバスケットボール部に入部した。
スポーツは好きなのに、体力がないことに気づくのは随分と時が経ってからになる。
わたしの学年からは4人しか女子は入部しなかった。
バスケは5人で1チーム、1人足りないじゃないか。
でも、この頃のみんなはきっと自分に嘘をつくこともなく、自分のやりたいことをただ選んだに過ぎない。だから、キツイバスケ部をあえて選んだ私たちは、ある意味ドMなのか。いや、バスケットボールというスポーツがかっこよくて純粋にスポーツが好きだったんだと思う。
今の時代もそうなのだろうか。3年生の先輩は怖すぎるほどだった。
上下関係の厳しい部活動は、はじめて先輩&後輩の立場を学ぶそんな環境だった。
どんな場所で会おうと、挨拶はきちんとしなければならない。
今思うと、先輩を尊敬する意味でとてもすてきな行動だと思うが、中学生の頃の2歳の差は大きく先輩がものすごく大きな大きな存在であったように思う。
挨拶は大人になっても、どんな場所でも必要で大切なことだ。
挨拶をする行為に嫌な思いはしない、むしろ相手との距離を大切にするものであると。3年生は怖かったが、2年生の先輩は優しく1年の私たちにはムチとアイを両方受けるそんな時間であったことを思い出す。
部活動は朝練と夕方と土曜日の午後が練習の時間だった。
練習は本当にハードで、本当にキツイものだった。
今振り返るとわたしの人生で、一番苦しい練習の時間だったように思う。
そんなハードな部活を共にすごした、2年のある先輩にわたしは恋をした。
先輩はバスケがうまくて、笑顔も先輩の手や足の動き、雰囲気がすべてキラキラして見えた。そんな先輩がモテないはずがない。
わたしと同じバスケ部の友人が先輩を好きだと言った。
わたしはその時なんと言ったのだろう。わたしも好きだなんて絶対に言わなかったことは覚えている。かっこいいよね、とかそんな言葉を言ったような気がする。
それが私の精一杯な臆病者の恋心をあらわした。
練習がきつくて、先輩の姿にどきどきばかりもしていられず、自分のことで精いっぱいの部活の時間。先輩を純粋に好きだったし、自分なりに真っすぐに見つめていたことを思い出す。今思えば、好きな人と一緒に汗を流して部活をする時間の中で青春の恋をしていたんだと振り返ると、そこに確かにあったわたしの恋心はなんと美しく愛らしくも思う。
中学生活の夏休みは毎日、部活の練習に明け暮れることとなる。
ある年の夏休み、夏休みのはじめに家族で旅行へ行ったことを思い出した。
わたしの両親は、旅行がほんとうに好きだった。両親ができなったことを、私たちにはたくさん経験させてくれようとする愛にあふれた両親だった。
4日ほど練習を休まなけらばならず、私は4番から7番へと降格したのだ。
4番はエースでキャプテンのもらう番号だ。
2度と4番に戻ることはなかった。
わたしは中学生にして、はじめて世の中の厳しさと、練習を休んだことの代償を受けたのだ。この時の悔しい心の傷は、わたしの心に深く刻まれた。
夏の練習では、キンキンに冷やした水筒の麦茶を人生で1番飲んだだろう。
わたしは本当に汗かきで、練習後は髪の毛もびっしょりだった。
「お前はプールにでも入ってきたのか!」と先輩に言われた、この言葉を忘れることができない。
それは先輩に恋をしていたから、汗でびっしょりの自分が恥ずかしくてたまらなかった。先輩にはわたしがどう見えているんだろうと、すごく気にしたから、忘れられない言葉となった。男子のようにベリーショートで、女の子らしさなんてなかった私にも女の子らしい心があったんだと、今思うと愛らしい1面があったことを思い出し、先輩に恋する中学生のかわいい女の子がそこに居たんだと。
休みの日に、学校のバスケットコートで遊びをかねてバスケを友人と何人かでしたことがあった。たまたま先輩も遊びにきた。
先輩がシュートしたり、ドリブルしたり、どんな先輩もかっこよかった。
あのドキドキは、もう2度と味わうことはできないだろう。
胸がどきどきして、休みの日の先輩と過ごせたことはとても幸せなひと時だったと感じたことを覚えている。
わたしは先輩のことが好きだ。と。
自分の恋心に気づいた時には、わたしにとってツラく悲しい情報が入ってきた。
バスケ部の女子の先輩が、わたしの好きな先輩を好きだという確かな情報だった。
わたしの友人も、バスケ部の先輩も好きなんだから。
先輩モテすぎだよ、、、。そんなにモテないでよ先輩。
同じ部活の先輩が好きなんだから、わたしは諦めないといけないとすぐに思うのだった。純粋に先輩を好きな気持ちを、あっさりと伝えられない現実をつくりあげられた。なぜなら、部活動の上下関係は厳しいものだし、女子の先輩も私たちを可愛がってくれるすてきな先輩だったから。
告白なんてしたら、先輩や友人を裏切るようなものだと、この頃の私は思っていた。
わたしはまた、自分の気持ちを胸の奥に封印することにしたのだった。
ある日、通学が自転車だったわたしは、学校の帰りに自転車置き場で先輩の友達から「○○が好きなんだって」とわたしに伝えてきた。
えっ!
先輩が私を、、、。
わたしは先輩と両思いだったのだ。
こんな嬉しいことあるのだろうか。好きな先輩が私を好きだなんて奇跡のようなことが起きていたのだ。
「なに言ってるんですか」とわたしは言いながら、自転車に乗った。
封印した気持ちを開けることができなかった。
そこから帰る道のりでも、山の上から「好きだってー---」と先輩の友人が叫んでいた。本当にわたしに向けての言葉だったのだろうか。きっと、私に向けて言ってくれたのだろうと。と思いたい、勘違いだったらそれは笑っておこう。
青春すぎる。
あまりに青春すぎて書いていても、あの時のどきどきがよみがえる。
わたしも好きです。先輩が好きです。と言いたかった。
そう言ったら、そう自分の気持ちを伝えることができたら、わたしは臆病者の恋から脱することができたのだろう、、、。
友人や先輩を失うことのほうが怖く、自分の気持ちを大切にすることができなかったのである。臆病者のまま、わたしはまた歩を進めていくのであった。
直接言わない先輩も、先輩だ。
なんて今は言いたくなるけど、中学生の恋って友人から伝えるそれが先輩の精一杯だったのか、先輩を大切に思う先輩の友人が勝手に言ってしまっただけなのかはわからない。
確かだったことは、お互いが想い合っていたということ。
それは、わたししか知らない。
こんなに好きなのに先輩に気持ちを伝えられないなんて、苦しすぎるよ。
こんなに苦しくならなくていいんだよ。気持ちを伝えていいんだよ。
周りの目を気にせずに自分の気持ちをきちんと伝えるんだよ。
とあの頃の自分に言ってあげたくなった。
なぜだろう、文字を打つたびにあの頃の想いがよみがえり涙がこぼれる。
先輩、わたしは先輩のことが大好きだったよ。
きっと誰にも負けないくらい、気持ちは1番だったよ。
青春のひとときに、わたしに恋をさせてくれてありがとう。
胸の奥に封印した恋は、私のひとつひとつ大切な欠片として今解き放とうとしている。人を好きになるって、なにがきっかけなんだろうか。
純粋に相手を想う気持ちを伝えることができなかったわたし。
きっと自分を愛せていなかったんだと今になって気づく。
自分の気持ちをきちんと伝えらる、そんな自分になってほしい。
人生はたったの1度きり。青春のその時間も2度と戻ることはないのだということ。
わたしの2度目の恋も、臆病者の恋のまま。
胸の箱に鍵をかけて、閉じ込めたまま。
今のわたしが解き放とう。
きっと、恋をしたり、人を好きになること自体があたりまえではない経験であること。あの頃の自分、先輩を好きになれて幸せだったね。
あなたは我慢強いね。
がんばった、よくがんばったよ。
14歳のあなたへ。