chimブログ -65ページ目

chimブログ

2013年9月23日39週で長男を死産しました。
2015年1月7日無事に次男を出産しました。

ブログも書いています(*´ω`*)
よかったら読んでください☆

アメンバーも募集中です٩(๑´3`๑)۶

今日お友達からお誘いのLINEが来て「そろそろ臨月じゃない?」ってきたからアプリ開いてみたら今日から36週!!ついに臨月に入りました。

南ちゃんは超元気ですおねがい
海平より500gほど大きいので胎動が激しいし、なんだか動きが大きい気がします。


まっ元気に生きている事がわかるので何よりですねラブ


今朝海平を保育園に送ってった時に、園長先生から「お母さんもう産休入ってるの?」と聞かれ「あ…はい入ってます滝汗」とオドオド答え、でもその後に産前産後に変更する?とかは一切聞かれず、私も足を止めず何も言わず出来るだけスルーキープです。


でも探られてるなーって感じました。
きっと産まれたら海平クビ宣告されます。


そして車に乗ると主人の前の職場の次期社長夫人が話しかけてきて「お腹に赤ちゃんいるの?気付かなかったー今どれくらい?もう臨月くらいじゃない?」


と聞かれ


「そーですねー、多分あと数日で臨月です」
と答えた私真顔(笑)


おいおい今日からだったよー
マジ無関心ニヤニヤ



そして海平は36w05dで産んでるのでちょっとソワソワしちゃいます。


まだやりたい事たくさんあるのにー滝汗


今やってる事は、海平の産まれた時から現在までのアルバムを作る事。


デジカメとスマホの写真を1ヶ月事にファイル作成して振り分けていますが、なんせ枚数が多いチーン


印刷するのも時間がかかるし、インクも紙も大量にいりますポーン


とりあえず台紙のアルバムには厳選した写真を貼ってそれ以外は無印のアルバムに入れていこうという考えです。


でもまだ産まれてから6ヶ月しか印刷出来てない滝汗


最低でも24ヵ月はやらなくては真顔
間に合う気がしません。


あとやりたい事は大量のハンバーグ作り!!
海平が産まれた時、事前に大量のハンバーグを作って冷凍しておいたのが本当に重宝しました乙女のトキメキ

主人が大好きなので、ご飯に困ったらハンバーグでした。


今回冷凍庫を購入して明日家に届くので色々ストック出来るのが助かるし他にも冷凍食品揃えるのが楽しみですラブラブ


里帰りしないので、準備が鍵を握ります。


とりあえず今日はイオンに行ったのでミニプラでちょっとお高い化粧品をゲット乙女のトキメキいつも化粧する時に使ってるやつですが無給になると買えなくなるのでチーン


これで産まれてもしばらくは化粧品には困らないかな乙女のトキメキ
てかそんなに化粧しないか滝汗(笑)


あとは生活用品のストックをもう少し増やしておかないとです。明日買いに行こう。


だからまだ産まれませんように晴れ




話は変わって、昨日お通夜に行ってきました。
兄嫁の妹さんのお通夜でした。


私と同い年、33歳の年です。
元の原因は子宮頸がん。
結婚はまだだったし、子供を諦めたくなかったので全摘せずガンだけとる手術をしたのですがその数ヶ月後再発、取れない所への転移がわかりました。


そして余命宣告。


急ピッチでどうにか結婚式をやったそうです。
御主人とは同棲してて別れて、また付き合い出していた時だったと兄から聞きました。

そんな中での余命宣告。
御主人の決断が、愛が、考えると苦しくなります。よほどの思いがないとここまで出来ないと思います。

結婚してからアパートを借りるのではなく、妹さんの実家で同居していました。


そして結婚式をやった5ヶ月後に亡くなりました。この5ヶ月間ずっと一緒にいれたわけではないんだろうな……


私は妹さんに会ったのは3回くらい。
スラッとしててキレイな子だなーって高校生の時の初対面で思いました。


その時、デブでダサい私は自分が恥ずかしくなるくらいだったのを覚えてます。


まだ若いのに………
遺影は結婚式の時の幸せそうに笑ってる写真。
でもこの時もう余命はわかってたはず。


結婚式の時のDVDが流されていました。
すごく幸せそうな結婚式でした。


兄から亡くなったと連絡を受けたのが火曜日の朝。そこから長男の時の事が鮮明に蘇ってきて頭から離れなくなりました。


あれは火葬場でのこと、兄夫婦も隣の県から長時間かけて来てくれて、私達は容赦無く閉まった釜の扉の前で立ち尽くしていました。


兄夫婦は子供が帰ってくるから火葬が終わるまでは居られないと言ってたので、ちゃんとお礼を言って見送らなきゃと思い振り返ってお礼を言おうとしたら。


兄嫁が泣きながら歩いてきて、私を強く抱きしめながら「ちーちゃんは悪くないんだよ‼悪くないんだから‼自分を責めちゃダメだからね」と言ってくれて、私はその言葉に頷きながら泣き叫んだのを今でも鮮明に覚えています。


こんな事を言ってくれたのは兄嫁だけでした。


きっと兄嫁は私の気持ちにそって、そして私が自分を責めている事に気付いてたというか、わかってたというか……その言葉に少し救われたんです。言葉通り私はすべて自分の責任だと思っていたから。


兄嫁は私が病院でニコニコしてたから余計に胸が痛くなったんだと思います。兄が長男を抱いてる姿を笑顔で見てる私の肩をさすりながら小さい声で「ちぃちゃんは悪くないんだよ…」と言ってくれて思わず泣きそうになるのを堪えました。


そして兄嫁の後に兄も私を何も言わずに泣きながら強く抱きしめてくれて、次に兄は主人に握手を求め、主人を強く抱きしめていました。


握手は微笑んでしたものの、抱き締められた瞬間に主人は初めて嗚咽を出しながら号泣。
我慢してたのが一気に溢れ出したようでした。


私と一緒に泣いてばかりいられないと気を張ってたんでしょう。私の精神状態を気にして平然を必死に装ってたんだと思います。


兄のおかげで、主人は素直に泣くことが出来たし。主人の本当の気持ちに気付かされた事。
兄夫婦には特別に感謝した日でした。
これは一生忘れないです。


話がそれましたが、あの時の事があったので私は兄嫁を真っ先に抱き締めにいきたいと悲報を聞いた時点で強く思っていました。


お通夜で兄嫁が目を腫らして私の元に来た時、そして御焼香をした後の挨拶で抱きしめる事が出来ました。


気の利いた事は何も言えず、私がかけた言葉は合っていたのかと今でも考えてしまいます。


送り出すのは本当に辛い。
そして数日前までは生きていたのに亡くなったとたん火葬して2度と触れる事が出来なくなるタイムリミットが決まり、そのカウントダウンが残酷にもあっという間に来てしまう。そして気付けば火葬場で釜の扉はこっちの気持ちを待つ事なく容赦無く閉まる


という現実。
こういう時に時間ってなんて無情で残酷なんだろうといつも思います。


今日御葬式だったので、ちょこちょこ考え込んでしまってました。私は身重で遠いため欠席させてもらいました。


「明日は我が身」


南ちゃんを産んでから乳がん検診には絶対に行こうと思いました。


そして大切な人が生きてそばにいてくれる事。
どれだけ有難い事なのかを改めて実感する事が出来ました。


家に着いた時仕事から帰ってた主人が急いで外に出て来て、片道2時間、往復4時間を運転した私はお腹も腰も尾てい骨も痛くて限界で自力じゃ降りれなかったので助けを求めると真っ先に来て手伝い降ろしてくれました。


そして一緒に行った姉に塩を撒き、私には特に入念に撒き、最後に寝ちゃった海平に撒いて姉を見送りました。


極めつけにお風呂やっといたから塩風呂に酒入れてゆっくり入ってきなと……


自分はなんて恵まれているんだろう。
大切な家族に囲まれ、息をする事が出来る。


当たり前なんかじゃない。
だからこそ後悔するような生き方をしてはいけないと思いました。


私は主人や子供を残していけない。
だから生きる為に出来ることをしなければならない。


改めて思う事が出来た数日間でした。



大切な人達に。
生きててくれてありがとう。

長男に。
いつも守ってくれてありがとう。

南ちゃんも、今この瞬間もお腹の中でグニュグニュ動いてて生きてる事を教えてくれる。私の事を選んでくれてありがとう。


なにがあっても生きて産むからね。