領主、国王の命じる動機は、主に沽券であろう。それなりの理屈をつけて訴えられた事案を看過すれば、威信にかかわる。フランシスにしろヘンリーにしろフェリペにしろ、略奪王たちの統治法は、バチカンだけでなく領主や民衆の目を抑えることであったにちがいない。人類の歴史が始まった最初期の統治法はちがっただろうが。

一方、仕事を遂行する司祭たちの原動力は、嫉妬である。あの、鼻に刻まれた縦皺と吊り上がった頬が日ごろの醜怪な妬みと怒りを物語っている。戒律の名の下に生活の制限された恨み。自由にーー、堕落できる庶民たちへの嫉妬。それが優越感として表れ、対象に負荷をかけることで憂さを晴らそうとするのだ。常に不平不満を発し、斜に構えたような理屈で批判し、説教し、なんでも〝愚鈍な民衆〟のせいにする。理想を知ったと思い昂った者たちに顕著な傾向である。禁欲によって押さえつけた性的欲求がぶすぶすとくすぶった煙を立てる。やがてそれが憤怒と化し、矛先を民衆へと向け理想通りに人々を啓蒙強化、矯正せんと躍起になる。だが、それらはすべておのが魂と肉に降り戻る。醜悪な世界観と体を有しているなら、彼らの創出しているものは明白だ。

神と人間の完全なる分離。創造者と被創造者の完璧な乖離。それを信じ切った者たちの当然の帰結である。

「お前のことだ。奴らの強要にも従わなかったのだろうな。だが、奴隷になったら負けだ。あのザビエルたちのようにな。その点でお前は勝った。勝利とはそういうものだ」

そうかもしれない、と思いながら聞いた。わたしはなぜその場しのぎに変節し少しでも苦痛を和らげようとしなかったのか。

我が強いからか? 真理は曲げられないと知っているからか。それとも、ダニエルへの反抗か? はたまた、かれらへの愛がそうさせたのか。司祭たちが人間にタカをくくっていることは承知しているし、請い願う姿を見てあざけり喜ぶ姿を見たいとも思わなかった。ジョルジュと話していると、あの時のことがいくらか客観性を帯びて思い起こされてきた。

ともかく、わたしは身をもって何を示しえたか。

「人は仕事の道具であるかもしれん。それは誇りにしていいもんだ。あるいはだ、自分の使命に忠実なしもべであってもいい。だが、決して他人の奴隷ではない。奴隷にだけは死んでもなってはならんものだ」

ジョルジュはだんだん、エキサイトしてきた。

「他者の意思を尊重するのが天命であって、自分たちの価値を押し付けるのは、人間の、権力者の、それも傲慢で尊大な支配者のやることではないか。自他に対する敬意を失して、どうしてそれが天命か!」

ドンと机をたたく。

それきり黙り、ジョルジュはしばし額をなでたり、髪をかきむしるようなしぐさをした。

外の音が全く聞こえない。行き交う人や馬車の音、風の音さえ、鼓膜がなくなったように遮断されていた。

しばらくの沈黙のあと、まるで熱にうなされた体を起こすようにジョルジュはゆっくりと再び口を開いた。

「――ところで、彼の出征の準備はちゃくちゃくと整っているらしい」

まったく、“ところで”ではない。ダニエルのことだとピンときた。

「婿殿は、歯車点火式の重装甲車隊の指揮を執ると聞いた」

木造の大八車に鉄板を張り付けた盾を置き、大砲や銃に回転式の点火装置で発砲するのである。貿易取引で儲けている彼が自ら提供した部隊であったろう。最新鋭の戦車であった。

「王への忠誠を示しておく絶好の機会だからな」

すでに、ノルマンあたりで戦争があるのではないかという噂が囁かれていた。それに先駆けてイギリス王ヘンリーの不正と悪辣非道ぶりが喧伝されていた。悪口に同調させて人々の意識のレベルを下げてイクサに持って行きやすくするのだ。憎しみ、敵愾心、攻撃本能を焚き付ける。集団のレベルを下げるのは、人心を操る方法のひとつである。

戦地の誘致合戦が密かに行われ、敵国に多大な費用を払わせるよう、双国が暗躍した。合戦の前に疲弊させるためだ。

海戦は避け、岬付近はブルターニュやノールよりも人口が少なく、貸借料が安いために候補地の筆頭だった。英仏に挟まれた地域では、戦地誘致を外貨獲得の機会にすることがあった。同時に、それを飲み込むことで戦費を抑えることができるため常に両国から狙われてもいた。この時代のノルマンはフランス領であったが、イングランド王はノルマン人を祖としていた。ノルマンは元ノルウェー人の国であり、フランス領でありながら独立した地方でもあった。ノルマンディーは、英仏が互いに敵対勢力を送り込む場所であり、互いに敵対していたため、かえって中立的な地域であった。

自分たちの言い分を通すため、押し合う。引けば負け。負けは全てを失うこと。失いたくなければ戦わざるを得ない。これが、ヨーロッパにおける戦争の論理である。

ところで、ノルマンあたりには、これより五~六百年前にバイキングというか、デーン人やスカンジナビア人など北方の人々が移り住み着き始めた。このことは脳裡の隅に留めておいてもらいたい。