カネを儲けるには先ず愛を振りまけと言うなら、
では、愛とは何かという話になるのであるが、これは星野千草=スターシードであるからより宇宙的に、より科学的に述べようと思う。(数ヶ月前になってやっと、そのことに興味を持ってから10年を経て、わたしは自分の出身星が明確になった。そのことは別のエッセイで伝えることとする)
ここで書くのは本文の次の部分についての補強である。重複するところも多いが、少し角度がちがう。
ーーよく、お金に対するブロックを外せば儲かるだの引き寄せだの思えば叶うだの結果に期待せずただただ与えろだの自己イメージを高めろだの潜在意識を書き換えろだの、スピリチュアル界隈ではけたたましいけれど、大事なことを、故意にか無知ゆえか押さえていないと思われる。
前提として、愛を振りまいているとか德の高い生き方をしていなければ、お金という形であろうがなかろうが、返って来ようがないのである。それがあれば自ずとブロックだの、ネガティブな信念だのはなくなっているのではないか。空間にプラスのエネルギーを出している。これは、古来「天に德を積む」とか「神様に預けている」とか「宇宙貯金」などと言ってきた。この認識に達した人たちが「損して得取れ」とか「損得勘定から尊徳環状へ」となり、会社を繁栄させたり幸せな家庭を築いた。バックを期待して愛を与えたり、德を積むのではないけれども、受け取るものが与えるものなら、できる限り高次元のエネルギーを放出しておくのが好ましいーー
愛とは、陽子と中性子が正常な回転をしている状態である。ことは余談にも書いた。
(この時点で言葉が空を切った方は、先を読むのは時間の無駄というものです。すぐにページを閉じて何か美味しい物でも食べて下さい)
つまりそれが自然な相(すがた)であり、本来のわたしたちということになる。
それを人間は己の想念によって歪めているのである。
(歪めるのは悪いことではない。そんな自分を体験したり経験したいからそうしているにすぎない)
歪めるとは、陽子と中性子を正常でない即ち左回転でない回転をさせるということである。
原子核(=陽子と中性子)の集合体であるエクサピーコ(≒魂)のどれだけかが正常でないスピンをしていると同時に整合していないと、それがエクサピーコの表現形である肉体に転写、現象として現れるのだ。ーーこの状態を整状ということにする。
軽度な症状であれば陽子や中性子までは歪んでおらず、軽い症状ということになる。
風邪も歪みから生じることは多くの人が気づいていることだろう。高熱を発し咳き込み苦しんで、それが治るとスッキリする。風邪になる前の歪み(物事の一面しか捉えていないとか決めつけているとか気苦労しているとか)が直っているのに、よく注意して自己観察すれば分かるだろう。
では、原子核(=陽子と中性子)を異状にしている原因は何かと言えば、わたしたちの思考パターンあるいは認識である。
それ故に風邪の予防があるとすれば、風邪をひくような物の見方や認識・信念・観念をしてやいないかと見張り、見つければアップすることであろうと思われる。
陽子や中性子の歪みと健康状態。あるいは生活環境の関連。
わたしもこのことが腑に落ちたのはごく最近になってからのことだ。4月の7・8・9日以降、魂と陽子や中性子と思考パターンがどのように連関しているのかが実感をもって観え始めたのである。それまではバラバラにみえていた。各々の知識が融和せず、なんとなく解ったような解らないような感じだった。
陽子が正常な軌道を描いている時、特に何もせずとも、意図して構えなくとも、わたしたちは愛で在る。その状態で物事を把握し適切に行動するなら、愛の波動を出しているのである。
したがって、潜在意識というものがあるとすれば、原子核(=陽子と中性子)の集合体が高次の状態となり、より高次の状態とのつながりを認めた状態であるということになると思われる。
潜在意識が歪んでいなければいないほど、特に努力をせずとも健康でありまた物質的にも豊かであるというわけだ。
つまり、潜在意識を書き換えるというのは、まずは魂の状態を愛に戻すということだ。調和の取れた状態であるということだ。
魂(=エクサピーコ)が愛であり調和の取れた状態なら、外側に現れる肉体の状態や現実も愛であり調和が取れている。
魂(=エクサピーコ)の状態が結晶化し、物理世界に現れているからである。
歪んだ思考と低く暗い認識が原子核の集合体であるエクサピーコの陽子と中性子を歪ませる。
それは自分の意思である。
どの思考パターンを採用するか、高い認識や信念に至るように勉強したり己の言動と結果を反省したりして進化しているか。それをやっていないなら、それ故に噂に流されたり耳学問で済ませたり新しいことを拒否したりするのなら、低きに停滞まるかあるいは下降する意思があるということだ。当人が「そのつもりではない」と口で否定しても、魂(を構成している陽子)はそれを選択しているのである。
それ故に、わたしたちが創造者で在るゆえんなのだ。
低い状態から出てくる思考パターンや魂(=エクサピーコ)を歪ませる程度の思考パターンや認識や信念についてはこれまで観てきた通りであり、これからも皆さんと一緒に考察していく。
その思考が餓鬼だ畜生だ修羅だと認定されたからといって、絶対に正しい自分への非難だと受け取り憎んだり恨んだりするのでなく、自分が低いパターンを踏襲し固執していると自覚し、より高次の認識に進化する決意をもてば済む。
『人間の領域』とは少し違った見方をするに、大人という概念がある。大人に至ったところから魂の霊的進化は加速するように思う。
大人すなわち精神年齢が18や20歳に達している人とはどういうことかと言えば、一つに「他人のせいにしない」それから「言い訳しない」であることは、自分ができているかどうかはともかく多くの人の認めることだろう。
誰かに非(程度の低さ)を指摘されても口でごまかそう言い負かそうとするのは、大人に至っていない者の顕著な特徴である。自分がこの信念を抱いているのは誰かのせいだ、外側の事情のせいだ。と頑強に固持しようとすればするほど精神年齢が低い。大人には至っていない。
20歳を超えるとなると、どこまで、あるいはどのくらい自分の責任(罪悪感でない)だと見なしているか責任の度合いや範疇の違いということになる。自分のこの言動が銀河の同胞にどんな影響を及ぼしているかとまで見つめる人々もあるのである。
愛・幸福・感謝・調和・喜び・生き甲斐・極楽・・・。これが自然な状態だと書いた。原子核の集合体が整状なのである。
自然な状態あればあるほど、感謝の念も強くなる。これがわたしたちに最も自覚しやすい波動であるかもしれない。より深くより遠いところまで、多次元的なことや関係や関連にまで感謝するようになるのである。
高い認識に至れば至るほど、様々なことに感謝しないわけにはいかなくなるのだろう。そしてまた感謝すればするほど、原子核は増える。幸せや豊かさを感じないわけにはいかなくなる。また、物事や人物に対して誠実でなくてはいられなくなるだろう。(嘘をついたり隠したり見栄を張ったり自慢したりしない)
エクサピーコの原子核を増やしていくと、その集合体の意識が変容する。10が100になるのは単に10倍になるのでなく、有り様が異質なものへと変容するのである。まったくの別人になったように格が変わるのだ。
ひとりひとりの原子核の集合体が集まった社会の意識も同じように個々人の総和以上のものとなる。
がんの治療に陽子線(=正常な陽子)を患部に照射して共振させるのはひとつの手であると思われるが、思考パターンを見直し、認識を高めるというアプローチの仕方もあるのではないかと思っている。(日頃から自分の言動とその結果、思考パターンや認識・信念を見つめ向上、上昇、進化させていれば大抵の場合がんの世話にならないで済むのではないか)
これが本当の予防医療であり、治癒の方法なのではないかと思えてならない。
転がる雪だるまは小さい時には大して変化しないが、大きくなるにつれて大きくなる度合いが大きくなることはよく知られたことだ。魂も同じなのではないか。格が上がれば上がるほど変容は速い。調和度は広く遠くにまで及び、愛や感謝は他者の魂を好転(正回転=左回転)させるほどにまでなるのかもしれない。
がんとは何かと言えば、医師(医療界)の思いとしては、どうやら病名のつけられない、よく解らない患部であるようだ。そういうものの総称として「がん」の名称を用いているように思える。(誤りであれば指摘して下さい)実際、陽子や中性子の歪み方はひとそれぞれであり、たとえば結核のように治療法がひとつに確立されないのだ。医療界の認識は当たらずとも遠からずではないかと思う。地球的物質科学によるアプローチしか許されていない現在の医療には有効な治療法が少ないと医療従事者自身も思っているのではないか。そのお手上げ度合いが例の「余命宣告」として表現されているのだろう。
病状には人によって軽いものもありまた重いものもある。当人がどれだけ低い考えに固執しているか、それをより高いものに変える意思があるか、どうもそこにかかっているように思う。
病症、患部を創り出した人格がそれを必要としないほど上昇したら、自ずと病症、患部は消える。そういうメカニズムなのではないか。
病気は歪んだ思考パターンが歪めた魂の歪みであり、病症はそのストレスによって体内に作り出された毒と外部から取り入れた毒によって生じた物であるとすれば、本当の自分と《分離》した自我が映し出したある種の幻である。
(幻の方を変えようとしても無効なのはご承知の通りである。
が、6次元弁証法などの波動療法が可能なのは、神域に達した者に許可されている、霊体側のテコ入れができるからであろうが、根本的な治療になるかならないか、どこかのレベルにおいて同意があったのか、さらにはそこに魂の成長があったから治ったのかは、今後の研究による)
(実にも密度や次元の差がありグラデーションを分けると、肉体に接しているところからエーテル体・アストラル体・メンタル体・コーザル体・ブッディ体・アートマ体・コズミック体などと呼ばれている。外側に描かれるほど精妙なエネルギーとなる。
エクサピーコ(魂)はどの領域にあるのか、おそらく肉体と高次域の間にあり、より高次のエネルギー(波動・情報)を得ているのだろう。エクサピーコ(魂)ブッディ体にあり、ハイヤーセルフがアートマ体、それ以上が神域なのかもしれない。ともかく、エクサピーコ(魂)がひとまず高次の波動・情報を受けているのは確かで、それ以下、特に肉体意識(エゴ・顕在意識)が観念で捻じ曲げ低めている。恐れやエゴに基づいた3次元的観念の固い人ほど「頭の良い人」とされる。
波動療法がどこから影響を及ぼしているのか。しばらくすると再発するのであれば、エーテル体など肉体に近い領域に働きかけていたのかもしれない。エクサピーコ(魂)を正常化するのが、それそのものの肉体となる最短の道であろう)
まとめにはいる。
愛とは何か?
この問いに答えるのに言葉によって厳格に定義をするより、より自然な本来の自分に戻れば戻るほど、それは愛の周波数になっていくと言うのが正確ではないか。
原子核の集合体を整状にし、またその量を増やしていくことによって愛の度数あるいは放射輝度が増していく。意識の周波数が高まっているのである。
その状態になっていけばいくだけ、何も困らない、意図したことが造作もなく実現するようになるのではないか。愛に徳が備わりパワーが増す。
愛を振りまくとは、新たな富を空間に創り出しているのであり、どんどん減っていくだけの《有限の富》をむしり合い奪い合おうとする不安に基づいた行動とは異質なことだ。自分で創り出した富をカネという形で降ろしているだけのことだ。
愛の状態でなければ、自分をも愛していない。自分を傷つけ好ましくない現実や結果を創り出し続ける。なのに、言い訳する他人のせいにする。
「自己イメージ」も「潜在意識」も「引き寄せ」も「ブロック外し」「思考の現実化」も「ひたすら与える」も、本質的なことを科学的に解明しているのではないように思う。本質的な階梯を素直に昇っていくのが近道に思う。
歪みは病が知らせてくれる。それを憎み戦うのでなく、感謝し陳謝し自然な本来の自分に戻っていく選択をする契機とするのは愛。
不安も包み込むのは愛。すべてが自分の内に在り、どれを、どこを選んでいるかの違いにすぎないという想いを自覚する。
それの登り口がたくさんのお金であっても社会的成功であっても有名著名になろうであっても構わないと思う。欲が昇華され、より自分の深いところの望む結果や現実を創造するような境地になっていくことが大事なことに思う。
※ 陽子の正回転が左回転であるという情報は、秋山眞人さんの著書による。
