僕がバイクいじりを始めたワケ 3
鎌倉に住む叔母に呼ばれて遊びに行ったのだった。叔母にしてみれば、なにか別の思惑と算段があったようだ。勘づいてはいたけれども素知らぬふりで通した。
叔母は15年ほど前に夫を亡くしていた。旦那さんはKさんとおっしゃる。僕の叔父さんにあたるわけだが、K叔父さんは53歳の若さで他界された。死のカウントダウンが始まったちょうどその時期は、少し若いくらいで僕とほぼ同じ年齢だった。
実のところ、僕はK叔父さんと一度も対面したことがなかった。末っ子だった叔母は長女の第一子である僕とトオいくつか離れ、僕が4、5歳頃に高校生で、その頃はまだ建て替え中の旧家屋の二階が残っており、叔母はそこをねぐらにしていたのだったが、ある日どうしても一緒の布団で眠ると言い張り、寝しょんべんをやらかした記憶をもっている。
女子高生だった叔母は驚いて飛び起きた模様で、朝早くに起こされ機嫌が悪かった。算盤が7段か8段、最上の有段者で優しく背も高く憧れの女性だった。高校を出た後は銀行で働いていて結婚は比較的遅かったのを憶えている。その頃僕は予備校生か大学生かで結婚式にも出なかったし、結婚してすぐに関東の方に行ったので叔父さんとは面識がなかった。ちょっぴり寂しい気持ちもあり、会いたくもなかった。
その叔母と三十年ぶりくらいに会ったのだった。
なんで病院で治療したんだ? それじゃ死なせてくれと言っているのと同じじゃないか、の問いに、
「そうしないと給料が支払われないし、退職金も減るし、保険もおりない」
などと答える。
「そんなものより、生きて一緒にいることが大事じゃないのか?」
とまでは、さすがに言えなかった。
世間並みに生きている人たちには『大人の事情』というものがある。制度に乗らざるを得ない時も多々あるのだろう。叔父さんが妻や子思いだったことが伺い知れる。
しかし自然食だの、オーガニックだの、EMだのを電話でしたり顔で話す叔母だったものだからこう質問せざるをえなかった。
「なんで胃がんになったんだ?」
「油物が好きだったから」
「そうじゃない」と僕は遮った。「第一に、油物がなぜ好きだったかだ」
気の置けない間柄である叔母を相手に僕はあけすけに言い放つ。
「そして胃をやられたからには、気にする質だったとか、何かトラブルがあると胃で受け止めていたということじゃないか? 自責の念なんかを」
講義するだけ切なかった。すでに重数年の歳月が流れている。日本のお父さんは本当に家族おもいだ。サバサバさっぱりした僕なんか、マンションを買う時に入らされる生命保険の存在を聞いた時さえ、ちょっと嫌な気がしたものだ。
その話はそこそこに切り上げ、他の話をした。
瀟洒な二階建ての家は平成物件の御多分にもれず30年経っても新築の気分を醸し出していた。キッチンとリビングがメインの上階には隅の台に叔父さんとその母親の遺影が置いてあった。めがねをハメたちょっと小太りの叔父さんの顔を初めて直視した。
テレビやら新聞やらを眺めながらとりとめのない話をした。『せごどん』が佳境に入っていたから、2018年の11月くらいのことだった。寒い秋だった。
この頃またバイクの免許を取り直したと言うと、K叔父さんはバイクが好きで若い頃には大型バイクに乗っていたと叔母が返す。結婚し、子供が生まれたのでバイクは一旦降り仕事に専念していた。けれども、定年後はまたバイクに乗りたいと道具までそろえていたのが目前にして果たせず鬼籍に入った、とあらましを叔母が話す。
「もしかしてその道具というのは、トネじゃないか?」
あとあとになって電話で確認すると、叔母はちょっと待ってと物置にでも行き戻ってきた。
「ティーオーエヌイーと書いてある」
ひとそろい揃えたツール箱に印字してあったのは、たしかにTONE。
むむ。僕は確信を得たのだった。
大仏を見に行ったり、横浜国立大学へ足を伸ばしたりした次の日の夜に居間でテレビを観ながら話をしていた。ふと、
んん?
「まだ、いるねKさん」
僕は思わずつぶやいた。「ここだ」
座っていたのは背もたれのついた藤の座椅子だった。
「それ。そこにいつも座ってテレビを観ていた」
静かに叔母が言った。
「はあ、まだこの家にいるんだよ」
「亡くなってもう十何年も経つのに」
問いかけとも嘆息ともつかない言い方で叔母が言う。
こっちの時間なんて関係ないさ。ある種の執着があればいる。きっと、あなたのことが気がかりでいるのかもね、などと話しながら部屋の隅を見ると、叔父さんがこっちを見ていた。
まあ、要するに霊の見える人からすれば僕が叔父さんの膝に尻を置いて座っているのだった。確かにその座椅子からは油のにおいがした。ちょっと酸化した太った人の脂汗のような。
告げると、奇妙な顔をして叔母は除臭スプレーをもってきて吹きつけた。それでも匂いはなくならない。
なぜスプレーをかけるのか? せっかくの夫の残り香ではないか。いや。叔母には匂いが分かっていなかった模様だ。これまで十何年も時々座っていたのに気付かなかったらしい。
ーーそれから数日、叔母の話すたどたどしいK叔父さんのことなどをふむふむと聴きながら、用事を済ませ、僕は九州に帰ってきた。
それからすぐのことだった。僕はバイクのパーツを買いたい衝動に駆られ始めた。
すでに1台持っていたし、バイクは2台持つものと思っていなかったので自分にわきあがる衝動に戸惑っていた。一台売ってから一台買う。そうするしか知らなかった。
Vツインエンジンを有するリッターオーバーの大型バイクは、それまで不満だった中型バイクの欠点をすべてカバーし、取り回しも力技でなんとかなる250CCとは違い、アクセルの付き、加速、トルク、排気音、それから操作技術と、自動二輪車の真髄と醍醐味を教えてくれた。取り回しの重鈍さ以外は満足していたし、増車などありえない、ましてや自分で組み立てるなど正気の沙汰とは思えない。
けれども矢も盾もたまらず、僕はヤフオクのパーツコーナーを物色し始めたのだった。
わかったわかった。やるよ、やるやる。
だがどうせなら、少し背伸びしてみたい。初めて組み立てるなら、たとえばモンキーやゴリラなど50CCクラスの軽くて単純な物からやればいいものを文字通り足のつかない大型バイク、それまで乗ったことのないタイプのバイクを操作してみたい、そう思った。
「スクーターでさえ怖いのに、大型バイクなんて」
と訴えるのはたいていが心配性の御婦人であるが、かのじょたちが脚をそろえて乗っている原付バイクほど危険な乗り物はないと思う。僕自身、乗ろうと思ったこともなければ、乗ったこともない。あんなに簡単な試験とあんなに安易な講習と、あんなにフラフラした物体で、なんの技術もなく、また公道に出る心構えも育たないままに運転するのは、己だけでなく周囲にとっても危険極まりないと思う。覚悟して乗る大型バイクこそ、逆に安全なのではないか。(もちろん、たとえば精巧に仕上げたモンキーやジャズカスタムなどに乗る人は、決して車体を粗末にはしないだろう)
ところが一般には、バイクは排気量が増せば増すだけ危険度が高まるといった非科学的であるがそれらしい妄想が真実のように信じられているようだ。僕としては危険度(事故率)は慢心、過信、無知、心構え、エゴなどと関係しているように思える。技量もないのにスピードを出してカーブを曲がるとか。
神経質、かっこつけ、自信過剰、自己中心的、せっかちイラチ、感情の起伏が激しい、すぐにカッとなる、俺様ルールの輩など、そんな概念で言い換えることもできるのだろう。不正確な言い方になるけれども、恐れは交通に関しては有利に働いているのかもしれない。恐れというより注意深さなのにちがいない。また、『かもしれない運転』は余裕と落ち着きと予測など愛に根ざしているのだろう。
教習車だったCB400だと乗りこなす前に乗せられていた。まるで優秀な馬のように、こちらの心を読んで動いてくれるものだから、自分がうまくなったような錯覚さえあった。(そういう感想をもつ人は多いようだ)大型の750CCは、座高を下げてあるのだろうが、比較的乗りやすく、ともすればすぐに飽きるのではないかと思い、ちょっと背伸び、というか脚伸びして、やっと乗れるくらいの大型の車格をもったのにしようと思った。
リッターオーバーのモンスターマシン
ふつうに買うと中古でも70万くらいはする。ローンを組める身でもないので買えるはずもない。そこに悪魔の思い付きがやってくる。
パーツを買って組み立てる。
おそらくヤフオクが始まった頃からやった人はいたのではないか。1/1スケール プラモデルならぬ、メタモデルだ。毎月新たなパーツが届くからさながら自家製デアゴスティーニだな。しかしどうしてもという野望をもたない僕に思いつけるはずもない。技術があれば利ざやで小遣いを稼ぐのを思いつくだろうが、無縁だ。
しかもそんなことやっていいのか、やれるのか、できるはずがない。にもかかわらず、勝手に手が動きマウスをまさぐる。
あるメーカーのフラッグシップマシンに目をつけた。スポーツネイキッドと呼ばれているバイクだった。ちょうどそのお目当のバイクがバラされ100円スタートで売り出された。前に落札できなくてもまた次の週、そのまた次の週と同じ車種がバラされ連続して競売にかけられた。すると獲得者の減ったパーツの値段は下がり、相場からしても安価に手にいれることができたのだった。あとから振り返ってもあのお祭りのようなあのとき以外には時期はなかった。
ネットの写真では重さは感じられない。ポチポチ落札して後悔した。1200CC以上ある4気筒エンジンは、屈強な男性1人分くらいの重量があったのだ。地面に置かれた超大型エンジンは80数キロもあり、1人ではビクとも動かない。西濃運輸によって運ばれ、廃タイヤに針金で巻き付けられ玄関前に鎮座しているそいつを眺め、
これをどうやってフレームに組み入れるのか?
の前に、どうやって倉庫まで移動させるのかで悩んだ。見たこともやったこともない作業を前にして僕は呆然と立ち尽くした。
エンジンとフレームとインジェクターは同じ車体からの物を落札した。このフレームには車検が1年半ほど残っていたのも踏み切る動機となった。組み上げたあとに実際に乗って調整できるからだ。
その内、エキパイやらスイングアームやらラジエーターやらイグニッションコイルやら不案内なパーツたちが続々と届く。未開封の箱を見ながら、
これは死への助走か? それとも栄光への架け橋か?
自分の思いつきに疑問を投げかけながらも僕はまるで強制されるかのように作業に取り組んだ。
鎌倉を訪ねた年をまたいだ激寒の冬のことだ。倉庫に朝から晩までこもり、ああでもないこうでもないと頭をひねり、1日に何時間も何時間も勉強し、インジェクターにスロットルケーブルをかけるやり方がわからず何十時間も費やし、もうちょっともう少しなどと崖の下の高嶺の花に手を伸ばすような按配で、ストーブもつけずやり続けたものだから、十年来ひいていなかった風邪をひきそうになった。
僕が作業を始める際、初めて買ったラチェットレンチがTONEの物だった。
なぜかこれに強烈に目が行った。しばらく経ってから、もしやと思い、鎌倉の叔母に電話をして確認したというわけだ。
おそらく、叔父さんが絡んでいる。そのとき直感した。
サービスマニュアルを購入し、トルクレンチで締め付け強度の管理を行ない、解らない箇所はネットの情報を食い入るようにながめ、中古ショップに出かけ実際に観て、ノーマル通りに組んでいった。
各パーツはよく練られ、無駄がなく論理的に整合していた。よくこんな、ある意味、エイヤーと作ったような金属の機械が調和して動くものだと感心した。すべてが絶妙なバランスで連動していてまるで精密な時計のようだと思えた。
各部位を取り付けてみて、バイクというメカニズムは、不確実な動作の連動によって確実に動いている乗り物だと解った。偶然に偶然を重ねてなぜだかスムーズに動いている、それが内燃機関と自動車というものなのだろう。
約四ヶ月、七転八倒した末に、2019年の4月の終わり頃、初めてエンジンをかけるに至った。
自他に危険の伴うことであるから決して手抜きはしない。見た目やカッコの前に、機能性だ。操作技術や思いやり、機能性も含めてのかっこ良さだと思う。
よく勉強し、主要なパーツは同じ物を2個買って研究し、細心の注意を払って清掃し、調整したうえで取り付けていく。それでも不測のことは起きる。ところが、不思議なことが起きるのだった。
組み立て途中の、あるいは組み上がったバイクを何も考えずに眺めていると、僕はふっと腰をおろし、その部分になぜか手を持っていく。まるで、そっと手を取って僕の手を誘導しているかのように。
ネジが緩んでいる。
どうしてこんなところが?
あるいは、治具が逆に付けてある。なぜだか、そこに目が行く。行って仕方がない。マニュアルを見直すと、逆。即座に故障とはならないが、何かの拍子に外れるかもしれなかった。
そういうことが何度もあった。
あまりに僕が気付かないと夢で知らされることもある。
ある夜、バイクのネジを緩めている奴がいて、ブレーキのレバーが脱落、ライトが脱落し、ペダルやなんやと落ちて行き、それを拾い集めていくという夢を見た。
僕は夢の意図するところを正確に知るためいくつかの可能性を検討したがよく解らなかったので、なんとなくバイクの横に腰をおろしてみた。
すると、キャブレターのボルトが一本完全に抜けていて、エンジンのクランクあたりに落ちていたのを発見した。
なんだ、これ?
こんな物が抜けるはずがない。なのに、抜けている。
どういうわけか解らなかったが、ドライバーを持ってきて締め直した。
こんなふうに、まるで誰かがサポートしているかのように教えてくれ、大事には至らないで済んでいる。
「バイクで事故りたくなければ、バイクに乗らないことだ」
と、したり顔で主張する頭の良い者がいる。
そんな極端でおおまかな理屈は「食あたりで死にたくなければ何も食べないことだ」とか「死にたくなければ生まれないことだ」と言うのと同じで、言葉あそびにすぎない。「針で怪我をしたくなければ、縫い物はしないことだ」「受験で失敗したくなければ、受験しないことだ」「フラれなくなければ告白しないことだ」「損したくなければ、宝くじは買わないことだ」「死んだ時、悲しみたくなければ犬など飼わないことだ」などなど。
ふぐを食べるときは免許をもった人にさばいてもらおうとか、食べ合わせに気をつけようとか、生まれたからには望ましい死に方をしようとなって初めて人生目線なのである。創意工夫し関係を上達しそのプロセスを楽しんでこそ、生きる視点なのだ。バイクで事故るかもしれないが、それでも乗る意義があるから、乗らないより乗る方が有意義だと思うから乗るのだ。事故らないではおられないような否定的で独善的な生き方をしている者は、バイクで事故らなければ他で事故るのではないか?
「バイクで事故りたくなければ、バイクに乗らないことだ」
何もしない者の発想だ。なにもしないで他人のすることにいちいちケチをつけてホクソ笑む。世間がこれがよいと言うことをやる。ホメられたくて。がまんしてがんばって。そうするとストレスがたまり、他人をうら闇み、恨むようになる。自分の人生を苦病み暗闇、他人の不幸を喜ぶ。そうやって意地汚い、心の貧しい人種に成り下がってしまうのである。
事故を嫌うからこそ、いかに事故にあわないか、事故をつくりださないかがテーマとなる。創造性が発揮されるのだ。そこに横からくちばしを挟み、水を差す。愚かなことだ。
「バイクで事故りたくなければ、バイクに乗らないことだ」などという言葉は、覚悟を決めて乗っている者だけが様になる物言いなのではないか。
けれども実際のところ、叔父さんの顔が浮かんだり声が聴こえてきたことは1度もない。例の脂くさい匂いが立ち込めてきたこともない。本当に彼がやっているのかどうか定かではない。しかし、誰かが指導してくれているのは確実だと思う。
だがいつもいつもサポートがあるわけでもない。
初めての事態にはまるで地球がひっくり返ったくらいに、困る。たとえば、ボルトが折れた。ナットが回らない。
もうまるで、困るためにやっているかのようだ。困っては勉強し、勉強してはやってみて、試行錯誤して乗り切る。そうやって技術が向上していくのだった。(技術者や職人なら当たり前のことだが、僕はそれまで命がけでこれをやったことがなかった)
解法はすでにある。僕が知らないだけだ。
いま、僕の困った事態を解決する治具や工具がすでに売られている。しかも何度も何度も改良されて、各社から。となれば、およそ鉄で何かが作られた三百年前から同じような問題があったのだ。橋、線路、機関車、自転車、織機、・・・・。
ボルトとナットのある所、折れ、固着あり。また、その抜き取り方、ボルトの再生方法、穴の修復の仕方・・・、道具と技術があればたいていのことはできる。
困るのが楽しい、というより困るためにやっていると言っても過言ではない。創意、工夫、技術の向上、知恵を出す、構造の理解。問題が発生するたびに、僕の知識と度胸と余裕と技術力は増していくのだ。
こうして1台が組み上がったのだった。そうして僕は人や車の少ない道路にソロソロ出かけて行き、乗っては調整するを繰り返し、最終的には腕のよいメカニックに診てもらい、完成した。
パーツを購入し組むという方法は、1台を丸ごと買うより得だった。まるで凪のように誰も入札しないが高年式であまり使用されていないパーツが手に入る。つまりは、店に売っている1台の中古車より新車に近い状態で組めるのだ。しかも自分で試行錯誤する楽しみのオマケ付きだ。いや、それがメインか。
大型バイクがかえって安全だと思う理由がいくつかある。まず、車重の270キロもあるバイクは怖いというかスリルがある。なるべく規制速度で走りたいしそうしているのだが、道によってはそれがかえって危険である場合がある。通勤退勤の時間帯に自動車専用のような道路を流れに合わせて70キロ超で走っていると、その横をぶち抜きしていくバイクがある。たいていは、125CCだ。おそらくは時速80キロは軽く超えているだろう。
よくあんなスピードが出せるものだ。
重量のあるバイクにまたがっていると、自分の体重を加算した350キロほどの塊と共に移動していることになる。速度が増せば増すだけポテンシャルエネルギーは高まり、それがスリルとなってまた恐れに似た感覚がわく。これが大型バイクの醍醐味のひとつでもあるし、あだおろそかにスピードを出したくない理由でもある。ぶつかった時の衝撃と破壊力、また制動する時の反動が大きいので停止する時には小型や中型よりも気を使うのである。早めに察知して、うまくブレーキングしなければ自分の身があぶないのだ。
また、ねらった速度になるまでに時間がかかる小型バイクは一度出した速度を維持したい思いにかられるのではないか。そして妙なコンプレックスがあるから大型バイクと見れば猛スピードで抜いていって見せる。その点、教習所を卒業するにもそれなりに苦労し、それなりの技能と法規意識をもち、即座に意図した速度に達しまた即座に停止できる大型バイクは心に余裕も生まれ、相応の技能があればかえって安全に思う。
ただアクセルをひねるだけの大型アメリカンバイクとちがい、スポーツネイキッドバイクはそれなりのテクニックを要する。実際、僕は組み上げた当初、何も停まっていない広い駐車場に早朝出かけ、小回りや8の字旋回、フルロックUターンなどの練習に励んだ。公道で走る時はいつでも、カーブでの減速加減やハンドルの角度などを研究したり、また信号停止時の諸操作など一回一回やりかえて適切な方法を習得した。原付小型中型では使わなかったフットブレーキの微妙なタッチやハンクラ加減が効いてくる。
この大型バイクは、普通免許用教習車の大型版でなく自分の技能通りの走りしかしない。乗り手のうまさがそのまま表現されるのだ。下手なら下手なりに、上手なら上手なりに、自分の技能向上に追従して性能を発揮する。畏怖の念を覚えた。教習中に乗ったCBナナハンには芸術的感動を覚えた。『感動性能』開発コンセプトを機械で表現する技術者たちの心意気が伝わってきて胸が熱くなった。そのフラッグシップである僕のマシンに製作陣は『感動的性能』を志して世に送り出したそうである。それが見事に具現化されている。無機質な金属でである。なんという技術力だ。感覚的領域、芸術的領域を機械で表現しているのである。
しばらくして、ディーラーで最新式の同車種に試乗させてもらったけれど、自分で組んだバイクの方が調子が良かったし、好きなフィーリングだった。いまでは2回の車検を受けている。絶好調だ。
もう一回だけ続くよ、そこがこの記事のサビです(^o^)
