この7年にわたり、覗き読み、盗み読みをする近隣住民がいて、迷惑してきました。どうして面と向かって話せる状況にありながら、SNSを介して、それも誤読や誤解、偏見、曲解を前提とした反応、物言い、嫌がらせ、報復などをしなくてはならないのでしょう? どうして書かれていることだけが本心だと決めつけ、しかも読解力のない者が自分の勝手な読み方を前提に生身のわたしに接してこなければならないのでしょう。また、それを周囲に吹聴して回らねばならないのか?
妙な対抗心、ねたみ、ひがみ、告げ口など、田舎のあらゆる暗さや歪みをぶつけてくるのです。そんなことを続けているなら、このブログの意図がまったく理解できていないということです。卑しい嗜癖を満たすために読むのは、飲食店に行ってゴキブリを入れ難癖をつけて無銭飲食を正当化するのと同じ態度であります。自分だけが得をするために店の評判まで下げる。そのような者たちへの愛とは何か、わたしは考えました。
記事の文章の中に暗にほのめかしたり、ストレートに「興味本意の覗き読みはやめよ」と書いたにもかかわらず、今現在も一向に中止される気配がないどころか、読む方の割合の多くを占め始めたという有様です。
わたしが「読むな」というニュアンスで書くのが他の方へのメッセージのようになっているのでしょう(すなわち文章が暗い)また、(同記事の中で更新したりして)ブログ構成を破壊しているので支離滅裂になってもいるからだと思いますが、全体の読者数も減少傾向にあります。
正常な運営のさまたげになるのでやめるよう、再三書き記しましたが、残念です。なにかこちらのせいにして自分たちのすることを正当化し、嫌がらせと化した『ひがみ読み』を続けているようです。
わたしは、このブログの当初から30人から50人が記事の最適読者数と思っております。無料公開しているから万人誰でも、できる限り多くの人に読んでもらいたいとは思っておりません。ましてや、ゴシップのネタにして陰であざけり笑ったり、非難し、ひそみ合うような者に読んでもらいたくはありません。このブログの記事は、踏まえて踏まえて踏まえた高度な認識に達した人々と共有したり、互いに進化したりするためにあります。
近隣住民が読んでいるかどうかは、ブログの解析にて全て把握することができます。誰が、いつ、どの記事を読んだか。そして後日愚かな反応をしてくることで確認できます。彼らは書いてあることの意図や意義でなく、ただただひたすらに『ヨソが気になって気になって仕方ない』というプライバシーおかまいなしの劣情を発露することにあります。学ぶ気がまったくないことは彼らの態度や物言いから解ります。また、この7年で霊的成長を全くしていないことも彼らの言動が物語っています。
もう、5年くらい前からそうしようか否か決めかねていたのですが、実生活において、今年になったから最低の事態を彼らが引き起こしましたので、ここで思い切って停止し移転することに致しました。移転先は知らせません。もし、少しでもわたしのブログ記事への思いに賛同される方々がおられるとすれば、再会できるものと信じております。
開設当初から熱心に、そして長きにわたって支援して頂きましたみなさま、これまで誠にありがとうございました。深く感謝申し上げます。
