第1章 受験校の選定と受験科目
1985年(昭和60年)6月11日~15日の間
明治大学かあ、と思いながら受験案内など、開いた。
それまで私大の入試については何も知らなかった。明治の農学部のことも、ただ受けろの一点張りで、内容の説明はなかった。明治はバンカラな校風を感じていたし、古き良き時代の面影や佇まいを残しているように思えたのでしぶしぶだったが涙を呑んで承諾したのだった。
なんといくらか選択できる余地がある。どうやら国語でも受験が可能なようだ。しかも理系にもかかわらず数学を受けなくてもよろしいらしい。となると、どうやら僕が長い間こだわりがあり、そのせいで点数を取りあぐねていた数学のかわりに国語で受験できるのだ。
ならば、そうしよう、と思った。数学だと問題によっては70点かもしれないが、10点しか取れないこともある。などと、数学一般のことを思い浮かべながら考えた。国語は5、60点は取れるだろう。抑えの教科に使える。英語と生物で高得点を取れば受かる。そのように算段して、数学を捨てることにした。そう思うと、一気に楽になった。英語と国語と生物で受けよう。これなら、なんの苦労もない。ふっと、肩の荷がおりた気がした。
ところがこれが、私学受験の誘惑、媚薬なのだった。
つまり、どんどんどんどん自分の不得意科目を減らしていった先に行き着くところである。国立なら、泣こうがわめこうが、すじりもじって訴えようが誰も聞く耳持たず。否が応でも5教科7科目を受けなければならない。文系でも数学や物理を、理系でも国語や社会を。そうなれば、不得意を得意にしていくための信念の変革、あるいは得意をやりすぎない自制心など、心のバランスを取っていかざるをえないのだ。
理系と文系では教科の好き嫌い、得意、苦手などあり、農学部には動植物の好きな、心の温かい、数学よりも国語を得意とする人が志望することを大学側は経験的に知っているのだろう。国立の生物学科でも2次に数学のない大学はいくつもあった。
受験科目に不得意科目が含まれていないことは、自分を改変進化させる機会を放棄したとも言えるのだ。僕はそれに気づかず、さっさと数学を放り投げ、英語と生物の勉強に勤しんだ。
しかしこの選択には分があった。つまりこの時点では国立は断念させられている上に、合格を目論んでいるのは明治大学の農学部なのだし、教科をしぼってやることでアドバンテージを得ようとしているのだから、思い切って捨てなければ意味がない。あの男の主張する3教科入試のメリットは自分にとってはこの選択がベストだった。点数を取ると同時に落とさない選択となれば、この時点では不安の残る数学より、少なくとも平均は確保できそうな国語にするのがベストとなる。
3つに絞るとなると僕の場合、英語・国語・生物が最も得点を期待できる科目となる。
生物系の人に多い、文系タイプだったのだろう。
次に考えなければならないのは、農学部の中から併願できそうなところを探すことだった。明治を受けるついでに回れる東京にある私立の農学部。非常に少なく、明治の他には東京農大というところがあった。日大にもある。薬師丸ひろこが入った玉川大にもあった。これだけだ。農学部を志望し、併願しようとすれば東京の私立にはこれだけしかない。しかし都合の好いことにどこも英国生物で受けることができた。四つだし、明治を受けに東京に行くついでに他のも受けようか、練習で。僕はそう算段し、受験ルートを組んだけれど、ちょっと考えて受験直前に玉川大学は外した。
特にこの頃にはなんとも思っていなかったけれど(あとで魅力に気づいたが)薬師丸ひろこが入学したとかでワイドショーが騒いでいて、なんというか学問研究や学生はそっちのけで芸能みたいなイメージがあったからだ。
僕は明治大学を受けに行くついでに、東京農業大学と日本大学も受けることにした。そのツアーではちょうど明治が最終日で、その前に農大と日大の入試があるので都合がよかった、というより大学側がそうして誘い込んでいるのだろう。土台、自分で志望したところでなく明治なら行ってもいいといった舐めきった感覚で併願校を決めたのだった。
ガッデム先生の長きにわたる洗脳は、国立が絶対無理のバカなお前たちでも通る私立大学、なのだから、自分自身と共に私立大学までさげすませようとしていたのだから、知らず知らず僕には私立に対する軽視感が育っていたと思う。しかも、行ってもいい明治以下の大学となれば、もう。まるで隔絶した差があるかのようなあなどりようだった。
学科についてガッデムが農芸化学を勧めたかは定かではない。が、話しぶりからして自分もその学科を出ている風に匂わせた。
「農芸化学が花形だ」
とは言ったと思う。(自分を良く見せるために)
いずれにせよ、林業とか蚕産業とか造園には同じ農学部にあっても馴染みがないし縁遠い。防疫とか畜産などもピンとこなかった。生物系統でやるなら、遺伝子関係の学科だろうと調べると、農芸化学科でやっているという。そうするともう、各大学のそこしかない。
受験校と受験科目が決まった。次に僕がしたことが赤本を買うことだったかと言えば、買わない。もったいないと思えた。980円だかそんなお金が。土台、気の進まない受験だ。それに3000円もの出費は、赤字に赤字を上塗りするようないやあな気がするばかりだった。したがって受験当日までどんな問題が出るのか、まったく知らなかった。
ガッデムに強制され、渋々受験校を変えたのだが、その一方で僕はずっと疑念を抱いたままだった。
来年の入試で私立の農学部は確実に難しくなる!
と確信していたからだ。
僕はこの時点ですでに、ある種の疑念を抱いていた。
① バイオテクノロジーの上昇トレンドがあって農学部は難しくなる ② 昭和61年入試のお祭り騒ぎは一過性のものなのではないか
つまり、最も難しい年を選んで受験させられたのではないかという疑念だ。というのも毎号毎号、バイオテクノロジーブームのことを書き立てる蛍雪時代の影響力を感じていたからだった。
第一学習社の会報『グリーンライフ』にも何度か特集が組まれていたし、近年農学部が増加傾向にあることをつかんでいた。
こうした疑念と仮説があったので、僕の受験の年も含めて4年間、僕は自分の直観と理論を確かめるために、受験雑誌などを見つけて追跡調査を行なった。大学の3年の時に資料を見て確信した。
受験後4カ年の推移を確かめたところでひとまず調査は打ち切ったが、まとめた表をあとから提示する。
過去問を見ていれば受験科目の選び方も、よもや、違っていたかもしれなかった。なぜと言えば、数学も年によっては気抜けするほど易しく、生物は偏りが激しく、化学の方が取り組みすかったかもしれなかったのだ。国数を抜かして、英語と化学と生物で受験してもいいようだ。英国数化生の全部勉強していき、点数の取れそうな科目を選んで受けることもできただろう。(会場で選べたかどうかは忘れたが)だが、不本意なところを受けるのに、1冊数百円する本を買いたくもなかった。数百円が高く思えた。
英語・国語・生物の3教科で受けることにしたのだけれど、僕は長らく、現役時にその3教科で受験したことにコンプレックスを持っていた。数学から逃げたことでなく、無理矢理に強制的に受けさせられた、屈辱の選択科目として。いやぁな感触があった。醜悪な容姿と性格の領主に無理矢理に強姦された上に最後に顔にかけられたような虚無と果てしない絶望とでも表現すればいいのか、涙こそ出なかったが鬱屈した悲しみがあった。決して投げやりに選んだのではなかったし勉強の手を抜いたことはなかったが、土台が屈辱なので鬱屈した思いがあったのだ。
自然法則まで変えると宣言したガッデム汚腹。さすがはGodDamn、神を凌駕する者。こいつの舌は一寸不爛、頭脳と同じでよく回らない大声と権力で、非科学のことをゴリ押す、三寸舌。詭弁家というほど狡猾でもない。詐話師と称するほど悪知恵も働かない。
およそ受験に関して、彼は邪魔以外の何物でもなかった。どうしてこんな強烈なブレーキがかかってくるのか、それは僕の行こうとしている所が深遠な淵だからだ。真理の探究、女神=奈緒子に追いつき超えていくこと、それが僕の到達するところだ。
ガッデムを言い訳にして、僕は受験自体を放り投げてもよかった。だが、そんな幼稚な放擲はもはやできない。それをするには僕は大人になり過ぎた。志とはそう簡単に変節できるものでもないらしい。
本気で志を抱く、するとそこへの最短で最善の道が拓かれる。やがて、具体的な目標は達成されようがされまいが、常に志に向かって歩んでいるのだという信頼が生まれるだろう。足を引っ張ってくる奴すら必然に思える。行こうとしている所が高いのだから、そのくらいは起きてくるだろうと当たり前に思えるようになる。志を達成するのに必要なことを学ばせるために彼らは利用されるのだと。(自己正当化でなく、本物の自己の救済というものがあるなら、こうした信念に至るのではないか)
その状態に在るとき、劣等感や妬みや嘲笑が生まれるだろうか? 志もなくただ徒らに概念操作や計算やステレオタイプな批判や理屈や糾弾ばかりやっているとだんだん卑屈になりゲスに成り下がる。自己憐憫とその裏返しに弱者救済などやりながら、群畜になってゾロゾロさ迷うことになる。
これだけ勉強して、このくらいの大学にしか通らなかった。という思いは劣等感というより不甲斐なさだろう。それをプラスのエネルギーに変えることはできる。自分を伸ばし高める力に。けれども、それで嫉妬したり他人を嘲ったり虐めたりするなら、劣等感にまで変性しているのだろう。その結果しか出せなかった自分に不甲斐なさを感じるだけでなく、そこで止まるだけならまだしも恨み、後悔し、周囲に責任転嫁し始めるなど、ずり落ちて行くから劣等感になるのではないか。劣等感で生きていると物事の捉え方が歪み、折れ、曲がり、なまくらになり、どんどん愚鈍になっていくのではないか。すると適切なことができなくなり、それに見合った結果しか出なくなっていく。
劣等感の化身となってしまったGodDamn汚腹は、逆神なのだ。そっちでないことを僕に導き、そうでないことを僕に教えた。つまり彼の押し付けてきたこと以外に正解があるのだ。
結局、ガッデム汚腹は弾を一発だけ撃つことになった。クラス中で、彼の推奨、いやゴリ押し無理強いする大学学部を受けるのは僕だけとなった。比較的至近距離で彼は的に狙いをつけ、引き金に手をかけたのだ。
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こうなったら、こうするしかない。屈辱感を引きずりながらも、僕は明治大学農学部の合格を目してそれまでと同じやり方で勉強を続けた。猛烈に。
彼、ーープロ教師ガッデム汚腹先生が自分の脳ミソをぶっぱなす運命のカウントダウンが始まっていた。
嫌が応にもこれから彼に押し寄せて飲み込んでいく大失敗とみじめな物乞いの時、日頃は仏頂づらをしていて感情のないようなふりをして見せていた彼は、科学的で理知的な自分はゼッタイに感情的にならないと思っていたことだろう。だが、たとえば僕の成績や合否結果について、ゼッタイでないところにゼッタイを使うことからしても、彼が科学者でないことは確実だ。つぶさに観察していないのだから。
ここでもう一度釘を刺しておくけれども、僕は高校時代に北原捻也のことを「ガッデム汚腹」と呼んだことはない。「北原先生」もしくは「担任の先生」としか言わなかったし、それ以外に思ってもいなかった。汚いハラスメントの汚ハラだとかガッベルスだとかガッデ牟田口だとか、自己愛性人格障害者だとか反応阻害物質だとか、それは今振り返って彼がどんな人生観で、どんな目的で生きているかについて一語で的確、適切に描写しているのであって、高校時代にはそんなことは思いつきもしなかった。
僕は国立大を志望した。だが、彼は「それは不可能だ」と断言する。そして明大を勧める。明大という目標が、僕の国立への目算より低いとは、ちょっと思えなかった。彼は時代に取り残された遺物だ。自分が滑り止めにしたのだから、お前らには第一志望でちょうどいい、俺が軽く通ったのだから、誰でも通るだろう、くらいの非科学的な傲慢な思い上がりだったのではないかと思う。
彼が僕らにどんなひどいことをしたか、それはここまで話してきた以上のことがあったろう。あくまで僕にまつわることだけでこれほどまでにあったのだから、僕の存在が引き起こした以上に彼の、彼オリジナルの暴君ぶりは猖獗を極めていたと思う。僕が把握し、また想像して補完した以上に彼はあざとく悪辣なことをやっていたにちがいない。
けれども、高校時代の僕は、どんなに彼が成績を否定しようが、それでもあのクソ野郎、ちくしょうがとはならなかった。そうか、ならば彼が認めるほどに偏差値を出せばいいのだな、と思っていただけだ。年下の者を頭ごなしに全否定する中年の姿には悲しいものがあったけれど、恨んだり憎んだりしたことはなかった。
受験票を書かないと言った時もそうだ。胸ぐらをつかんで捩じり上げ殴ろうとか蹴ろうとか唾を吐きかけようとは思わなかった。悲しかった。けれど、わかった。ならば、それに沿おう。と思っていた。それが僕の運命なら、彼の意向に順当な結果を出そう。ある種の諦観、明鏡止水にも似た心境があった。彼の人生観が勝つか、僕の運が勝るか。精一杯、サイコロを振ってやろうではないか。そう諦め、思いはあったが国立大学受験はひとまず脇に置いたのだ。
陥落して次の日か次の日か、すぐの6月半ば、聞いてきた。
「受験科目はなんにする?」
ガッデムに廊下で呼び止められ、立ったまま話した。なんだか、慌てている。
「英語と」
ふむふむ。
「国語と」
ふむふむ。
次は受験科目に持説を押し付けにきたのだった。おおかた、授業に行く合間なのだろう。
「生物で」
答え終わると、ガッデムが言った。
「数学がいいぞ」
「数学の方が点数を稼げる」
「頭が固いですから」
とは言わなかったが、この人は自分がかつて僕に何を言ったのか、まるっきり自覚がないようだと思った。しかも、僕はこの人とはちがう。
「いや。国語で」
と答えるとガッデムが説明し始めた。
「数学の方が高得点が取りやすいし、国語で受験できるところは少ないから、他の大学を受けられなくなるぞ」
「数学の方がいろんなところが受けられるぞ」
受験校を幅広く取るといった受験戦術など眼中にないというより、思いも及ばなかった。国立をわきに置いて『明大農学部』を受けるのだから、他に何を考えることがあるのか? と思っていたからだった。
「国語で」
と僕は答えた。
ガッデムはちょっと考えて、
「まあいっか」
という顔をした。数学は高得点も期待できるが、大きく落とすこともある。その点、国語なら平均くらいは確保できる、そんなふうに考えたのだろう。
ところでこれより少し前、小走りにやってきて、全体止まれ! みたいにピタッと僕の前で停止するといきなり、
「頭が固いと数学が解けないぞ」
とガッデムが言ったのをおぼえているか。
さらに今回、
「数学の方が、いろいろなところが受けられるぞ」
と言った。1行ごとの言葉もデタラメだし、さらに2つ合わせると矛盾しているように思えるが、この男の中では首尾一貫している。
最初の言葉は、国立受験を諦めさせるため。次の言葉は、農学部だけでなく工学部や理学部も受験可能になるので、どこかにひっかかる確率が高くなり、自分の実績をあげるため。
そして根底では、僕らを踏みつけて食い物にしようとしているので、彼が実績を上げられるはずもない。他人から奪って自分が得をすることはないからだ。一蓮托生、みんなで失敗。これが彼の隠れた真の目的なのだ。もちろん、かれの顕在意識(=エゴ)では自覚されていないことだ。ただすでに思考と言葉と行動でそれを実現しようと躍起になっていた、
僕には数学に妙なこだわりがあったのは前に話した。けれども、自分の言う通りにしたのだから、ガッデの中では僕の頭は柔らかくなったのだろう(皮肉)。だから、数学も解けるようになったと勝手な理屈を妄想しているのにちがいない(皮肉)。
数学に対する個人的な思いはあるものの、国立2次(国立理系の数学をみていた)や私立理系の問題がバンバン解ける気がしていなかった。1次レベルならなんとかなるだろうが、私立理系の問題が確実に7割取れる気がしない。ーー頭が柔らかくなったにもかかわらず(皮肉)。
けれども僕がそれこそ計算高い男なら、英数生物をやり、受験会場で国語を見て、取り組みやすい方を選ぶ戦略を取っただろう。仮に不合格でも、次の年に国立に変えた時に極端に足を引っ張る教科がないので、最上位の国立も視野に入っていたことだろう。
ところがこの時の僕は浪人を視野に入れていなかったし、心のどこか隅のあたりで数学を手放して肩の荷がおりた気分があったのだった。危険なことだ。これが堕落の一歩だ。
そんなことはともかく、他の大学も学部もないのだよ。国立を受けられなくなった段階で、いろいろな大学、学部、学科もない。明治の農なら、と思ったのだから、守備範囲を広く取る必要がどこにあるか?
自分の身の回りの世界が自分と同じ価値観で動いていなければ気が済まない輩がここにも居た。1から10まで自分と同じでないと気が済まない。受験科目まで自分と同じにしたがる。お前と俺は違うのだから、同じ科目が好きでもないし、得点力があるかも違う。
しかも大学側は科目を選べるようにしてあるのだから、好きなものを選ぶのが順当だろう。いろんなタイプの受験生が得意科目で受けられるようにしてあるのだ。そんなに守備範囲を大きく取るのだったら、英数理科二つにして難関国立を目指したらいいではないか。そんなことを考えていると、ガッデムはさらに、
「生物より化学の方がいいぞ」
と言った。自分の得意科目だから受験指導しやすいと思っていたのか?
「僕は、生物が勉強したいんです」
ガッデムは、化学が受験に優位な理由をいくつか挙げた。究めたいのは生命のことであるし、この男のように受験の方便が行きすぎると人生すら見失ってしまうのではないか。しかも、僕には化学に対して嫌悪感があった。どうもバケを勉強するとこんな狭量な男になってしまうという観念がこの1年2ヶ月の間に植え付けられたようだ。第一、この人の授業はよく解らなかった。こちらの頭が悪くなったような錯覚すらおぼえた。どこか遠くからブゥゥゥゥゥゥンと不快な不協低音を出している、回路のイカれた電気器具のようなこいつがやる授業に出るのは健康上、精神衛生上、実に不適合だ。この男に触れる時間は極力減らさなければならない。授業に出るなどまっぴらゴメンだ。
「生物にも化学がでてきますから、そこで勉強します」
これ以上、こいつの言うことを聞く必要があるか。今だって受験票を書かないとまで言ったから、しぶしぶ飲んでいるのだ。
「そんな変則的な科目では、受験校が狭められるぞ」
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アホか、こいつ。限定したのは、誰なんだ。
たしかに、英数化を選択していれば、数学の伸びによっては早慶、東京理大あたりさえ狙えるのかもしれない。こいつの思惑としては、芝浦工大とか東京電機大とかそんなところが頭にあるのだろう。けれども、そんなところに行きたくもなかった。名門だろうが、就職が良かろうがいま勉強したい事とかけ離れていたからだ。僕の人生は僕の人生だ。大人のあざとさはソコソコにしておけ。僕はあとで後悔しないから。
とにかく、この人は自分と同じことを他人にやらせたくてしかたがない。そこに引き込めば自家薬籠中の物。自分に有利に指導ができ、その上、成果を出すことができるくらいに勘違いしている。自分が反応阻害物質になっていることに気がつかない。科学者ぶって物事を客観的にみるのはいいけれど、その対象に自分も含めて置いてみろ。と思った。顕微鏡で観察しているのではなく、プレパラートの上に自分も乗っているのが彼には、どうしても分からないのらしい。
また、受験という現実的問題であっても、京大みたいに『理学部』が募集枠なら、あるいは東大のように理科1理科2理科3という大枠で募集しているなら、点の取りやすさや失点の少なさから、農学部や生物学科や医学部、看護学科あるいは生薬を研究する薬学科でも、しかも腕に自信のある者たちだから、こぞって物理と化学を選択するだろう。
けれども僕は生物をやると決めているのだから、生物でいい。生物学科を想定して勉強していたのだから、受験巧者になる必要はない。
「いいんです。英、国、生物で受けます」
「そっか」
とガッデムは言った。
ここまで持ってこれたのだから、受験科目くらい好きにさせてやるか、と思ったのだろう。
だが、口が裂けても、
「お前が決めることだからな」
とは言わない。それを言ってしまえば元も子もない。彼は僕の責任を奪い取っているのだ。だったら、国立の鹿児島大学受けます! ということになるから。
僕の選んだ英語国語生物といった文系まがいの特異な受験科目のおかげで、文理問わずいろいろな大学学部は受けられなくなっていたのだった。つまり、ガッデムごり推しの工学院だとか武蔵野工大だとかをブロックする形になり、受けることができなくなったというわけだ。それは、僕にとっては幸いであったのか、なかったのか。
すべて結果が教えてくれた。
まずもって主要な結果としては大成功。これ以上にない成果を上げた。
が、受験的なやりくりから言えば、ガッデムの言う通りに英語と数学と化学をやっていれば、浪人時にそのまま理系で突き進め、国立に替え、科目を増やしても取り組みやすかったのかもしれない。そうなれば、2次に英数理科2つ課す九大や神戸大や大阪大学などいわゆる難関大学も視野に入ってくる。
けれど僕の想定していた結果は2つしかない。鹿児島大学に合格していたか否かだ。そうでなければ英国生物で受験した明治に合格していたか否かだ。落ちることは想定していなかったのだから、落ちてもそこから始めるしかない。英語国語生物しかやっていないところから国立を狙うしか。
もし鹿大受験で進めていたら、共通1次で700点/1000点±20点取って合格。あるいは620点くらいで不合格のどちらかだ。620点で不合格となれば、浪人で10%アップの720点を期待しても通り得る大学は限られてくる。同じく鹿児島か、山口か愛媛あたりだ。
このあたりの考察は、次の年の4月まで待たねばならない。今は、自分で決めた受験科目を強化していくしかないと思っていた。
チャイムがなった。慌てたガッデムが急ぎ早に言った。
「こんどの休みに代々木の模試があるぞ」
「受けてみないか」
ヨヨギノモシ? なんじゃ、それ? と思った。どこの方言なのか。けっきょくこいつは自分と同じにしたいだけ。自分のしたことの私立受験バージョンをなぞらせたいだけ。余裕のないやつ。
こいつが渡したのか、自分で見つけたのか、僕はチラシを頼りに受けることにした。
6月16日は、すぐだ。
第2章 ガッデム推しの大学
6月下旬か7月上旬だったと思う。ガッデムの最後の猛襲があった直後、知ってか知らずか
「国立大学志望の人?」
社会科教師がまた質問した。
ついに、わがクラスから国立志望者がいなくなった。その有様を見て、やっぱりそうなるか、という諦念を彼は無言で吐いたのだった。その反応に僕はいささか不服だった。丘鶴くんも同じ気持ちだったのではなかったか。いや、桐川など数人も、不甲斐なさを覚えていたに違いない。今井に至っては、
「おれは、浪人してから国立を受ける」
と教室の後ろで宣言していた。だから今も5教科をやっておくのだと。ガッデムの前では適当な私立大学を言ってかわしていたようだった。
社会科教師は教室じゅうを隈なく見渡し、
「なし」
とだけ言い、授業を開始した。
丘鶴くんが陥落し、続いて僕までも。ついにガッデムの毒牙がクラス中に及んだのだった。自分の給料のためなら、他人には数百万円使わせてもなんとも思わないどころか、当然のことだと思っている我利我利亡者の強姦魔ガッデム汚腹。もしかすると、ガッデムが職員室で自慢げに話しているのを見て質問したのかもしれない。だが、彼はガッデが僕らに具体的に何をしたかは知らないだろう。
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