第1章 悪の説得術

 

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毎日、プロパガンダを欠かさない、ガッデム汚腹。いや、啓蒙宣伝大臣ヨーイフゼフ・ガッデルス

「君らは、公立高校のあんな簡単な入試問題も十分に得点できない身体障害者なんです」

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知的障害者です」

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「そんな不具者の君らが、国立大学に通るわけがありません」

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「5教科7科目もある共通1次で点数が取れるはずがない」

「君らが国立大を受けるなんてーー」

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愚の骨頂

と言った瞬間にクラス全員の目が自分の頭頂部に集中した去年の春以降、その言葉は使わなくなった、かわりに、

        「馬鹿の極みです」

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と言った。すこしインパクトに欠けると思ったのか、

      「ヘソで茶が沸きます

と付け加えた。

若者に嫉妬し、自分が超えられるのを恐れている。だから、頭から踏みつけようとする。こいつの成し遂げたいのは、それだ。生徒を頭から踏みつけて自分を超えないようにすること。ジジイの物乞い。無能者の懇願。劣等感の憐憫者。

口でくじいて自信を萎えさせ思い通りにしようとする魂胆。

こいつは生徒を難関大に入れたいと思っていない。口ではそう豪語しているが、その実、劣等感を払拭したいだけ。こいつが失敗するのは目に見えている。こいつは、劣等感を強めるのに成功する。蒲池たち化学クラブの連中はまんまとひっかかっている。読み抜けないと自信を殺がれ、テキトーなところに押し込まれるのみだ。それでも、底辺校だから当然だと見なされ、ガッデのせいにはならないだろう。

国立大志望者の目減りしていくに比例して、僕への攻撃が集中化してきた。

自分を認めた途端、自分を認められない者から、否定の嵐が吹き荒れる。それはある種、自然な作用反作用と言える。
自分に気づかぬよう、釘を刺しておく。眼を開きかけた者に再び眠りにつくよう集団で洗脳工作を施す子守唄。このように、劣等感の強いジジイからしょっちゅう頭ごなしにこづかれるということは、いかに僕が僕であることを決意しているかが表れているのだ。

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僕のわがままは、僕が通す。僕の不断の努力によって。自分を高みに引き上げることによって。ガッデム、お前の言い成りにはならん。
エゴの僕に愛の僕が勝っていく。それを掴む。今この時をわがものとする。

歌以外のところで、ーー自分に負けたりしないか!?と彼は問いかけ、励ましているので、僕が僕であるために前の自分に勝り続ける、下の自分に引っ張られるな、と呼びかけているのだろう。

だから、僕にこれほど強烈な反作用が起きるのは、僕が自分を認め、自分の道を歩いている確かな証拠なのだ。

会社の同僚たちはつぶやく。

「あの人がからんでくると、うまくいくものもいかなくなる」

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「あの人、なんにもしないのが社会貢献」

と言って笑いあっていたことだろう。

ところがこの見方はまだ甘い。無能は何もしなくても悪影響を及ぼすのだ。黙っているだけでも集団に負の影響を与えている。

5月下旬、社会科教師がまた質問した。

「国立志望の人、手を挙げて」

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とうとう、僕と丘鶴くんの二人だけになった。

そしてついに、あまりにも折れない僕に業を煮やし、プロ教師ガッデム汚腹大先生は4冊目の本を刊行した。

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1冊買うともう1冊付いてくるオマケ付き。

そんな中、僕は着々と受験の準備を進めていた。そろそろ1次用の社会をやろうと思った。年が明けて春になったころ、この問題集を買った。

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1週間に1、2回やるところから始めた。ところが、数ページやったところで止まっている。なぜか?
必要なくなったからだ。

また、共通1次対策にと去年(1984年)の12月から始めた旺文社ラジオ講座は今年(1985年)の6月号をもって購読が終わっている。

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必要なくなったからだ。

同時期に『英文標準問題精講』をやり始める。

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これについては例題110問、練習問題110問、すべてやりきった。すべて、手書きで訳した。やり終えると、不穏な文章はもう一度やり直すのを何度か繰り返した。この本に関しては、いちいち、どんな簡単な英文も日本語に訳した。おそよ、私立理系の英語勉強法ではない。

この年の6月18日には豊田商事会長刺殺事件という殺人現場を生中継する前代未聞の事態が起きたのだったが、あとあとになって、どうして僕はこの事件のことを知らないのだろう? と思えば、この時期はそれどころではなかったからだった。

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この事件のことだけ、すっぽり抜け落ちていたことに不思議だったが、僕にとっての大事件が6月に起きたからだった。

ところで、いつの間にかクラスに紛れていて、いつも机につっぷして眠っている生徒がいた。

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だが、教師は誰も咎めなかった。そういうことになっていたのだろう。

越野がたずねる。

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どこから来たん?

「大阪の南海清風。知ってる?」

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と関西訛りで答えた。誰も知らなかった。

それを今井か誰かが真似したので、それ以来、あまり話さなくなった。

坊主頭になり、ーー関西にいた彼は初めての坊主頭だったのだろう、青い地肌に針のように固くて黒く短い髪の毛。まさにイガグリという言い方が似合っている風貌だった。寝不足なのかいつも腫ぼったい顔をしている。

「どんな学校なん?」

と越野がきく。

「勉強のできるクラスとスポーツばっかりやっているクラスと両方ある」

と言った。

なんでもガッデムの説明では、文武両道の名門校らしい。

自己紹介もなかったし、ガッデムが紹介した時には試合か何かでいなかった。

関西の進学校は灘しか聞いたことがなかったし、関西の進学事情がまったくわからなかったので実感がわかなかったが、この年の前の年である1984年は東大3京大23阪大36神大27阪市14・・・となっており、相当な進学校だ。進学実績と同等のスポーツレベルだとすれば、浅黒くニキビづらで背が低かったが、彼のテニスの腕は1流だったにちがいない。

夏になると、彼は何かの大会で何か成果を出したようだったか、異世界のことに思えた。

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その価値も将来性も僕にはまったくわからなかった。

初めからいたのが一人、こうして途中から転校してきたのが一人。ふたりとも、教室の中ではとにかく黙っていた。僕よりも背が高いとは思えなかったけれど、それでもできるものなんだ、と思って感心した。松岡修造は商業科を選んだのに、彼らは普通科を選んだ。にもかかわらず眠ってばかりいる。授業が終わると、さあやるか

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と伸びをし生き生きして教室を出て行く。朝練、夜練で、こうして昼間に眠っていないともたないのだとか。

世界のちがう人たちと互いに共存していた。

ところでこの年の3月14日には、東北新幹線が上野まで延長した。これで東北の受験生を大量に、そして迅速に東京に送り込む準備が整ったのだ。

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そして、旺文社の蛍雪時代の伝えるところによると、空前のバイオテクノロジーブームが起こっているのだった。

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これからの産業を担う新しい学問分野だそうだ。それが農学部の農芸化学科でできるというので、受験生が徐々に増えていると、第一学習社の会報にも特集されていた。旺文社に至っては、ほとんど煽っていると言っても過言でなかった。
僕は流行をさける傾向にあったので、ブームが起きているならそこには近づかない方がいいと思った。時代がどうであろうが、自分のやりたいことに忠実な方がいい。そう思っていたのだった。生物学科を志望するのはバイオテクノロジーがやりたいわけではなく、生命というものを理解したいという思いからだった。

6月の初め頃だったか、
ガッデム!

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教師の悪口などぜったいに口にしなかった丘鶴くんが僕に言った。とうとう彼もガッデムの手に落ちたのだ。経緯は何度か話した通りだ。いったい、どんな手を使ったのか? 田吾作先生はやることが汚いから。

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ガッデム汚腹。桐川はよくぞ最適なあだ名をつけたものだ。

手前勝手なことに持っていくために、本質を捻じ曲げたり、歪めたり、詭弁を弄する者は、僕らを純朴な御百姓さんみたいに見なしているのかもしれないが、まっすぐな現実は創り出せない。

こいつが詭弁を使っていることなど、たいていのクラスメイトが、ーーつまり、ガッデムの断定的な物言いに目の眩んだ不安で依存心の強い蒲池と鮎川を除いて、見抜いていたのに気づいていない。

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どうしてハゲってやることがいちいち汚いのかね?

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素朴な疑問で当てこすったのは松井だった。ハゲにそんな共通点があるものなのか? と僕は思いながら聞いた。

この頃、テレビのニュースにはフラッシュと報道陣に囲まれた中曽根総理がよく映っていた。

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中曽根総理のアップと共に、共通一次の科目減少が印象的だ。臨教審でなにを討議していたのか詳しくは解らなかったが、受験の負担を減らそうとしていたようだ。科目を軽減し、さらに減数の決定をしたのが彼だったようだ。

共通1次はこの春に6回目が実施され、僕らの時(昭和61年度)が第7回目になる予定で、負担軽減のために理科と社会の選択が現代社会と理科1が共通で他が選択となり、さらに次の年(昭和62年度)には現代社会と理科1が削減されることが決まっていたように記憶する。

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共通1次導入前の横浜国立大学は、

2期校の東大

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と称されていたと叔父さんが教えてくれた。関東地方の受験生が1期校の東大や一橋に落ちるとそこを受けたからほとんど東大に匹敵するほどの学力をもった学生が殺到した。ところが横国は全国的には無名の大学だったし、長年東大を目指してきて落ちたので落胆が激しいのか東大コンプレックスをもった学生が多かったのだそうだ。聞きながら僕は遠い外国の話に思えた。関東だったし、東大にまつわることだったからだ。土台、
「そこに受かったからいいじゃないか」
と首を傾げたが、
頂点を目指して小学生の時から命がけで勉強していたからこそ、コンプレックス(複雑怪奇)な気持ちをいだくのだろう。至れない境地とでもいうべきか、僕にはとうてい理解できないことだった。
ともかくそんな大学の学生が赤軍派に多くいて、リンチ事件を起こしていたことから、国会でも取り上げられたのだそうだ。それが共通1次を導入する理屈の一つにされたようだった。

共通1次導入の理由は、特に数学の難問・奇問・珍問の排除が目的だったそうだ。コンピューター(電算)技術を導入したい意向もあったろうが、

「大学間の序列化の是正も目論まれていたようだ」

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と叔父さんが言った。
なぜ?

と僕は思った。
全国統一の試験をするとそれがなくなると考えられるのか、不思議だった。それまでは個別の試験が出され、事前の模試の成績がどのくらいだったかが大学間の難易を示す指標だったのだが、全国統一テストをすれば、その曖昧さは消え、しかも採点にはミスも主観も入り込まない無表情なものだ。となれば、序列は1点刻みでできるのではないか? しかも信頼性抜群の。
と文部省は考えなかったのだろうか。
東大が足切りに使っていた1次試験を参考にして作成されたそうで、ともかく、標準的な良問を国立大学志望者には全員5教科7科目を課すことになっていたのだったのだが、問題はこれが1次試験で、さらに大学個別の2次試験が課されるところにあった。
なんのことはない。すべての国立大学が東大と同じ方式になったのだ。さらには、数学が2次で課されるなら、何も問題は解決していないのではないか? と僕は思ったが、この時は深く考えなかった。
それまで1期校2期校で2回の受験機会があったのが、共通1次を受けて自己採点し、受かりそうなことろに出願する。たしか、1回、受験校を変更できたのではなかったか。チャンスが1回になったので慎重を期す受験生が増え、志望とは異なる不本意入学が増えたのだそうだ。
自己採点の点数は正確ではなかったと言われていた。制度的にも曖昧に出るようになっていた。枝問の点数は未公開。実際の得点は不明。多くは自己採点が低く出る傾向にあったようだ。

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入試制度改革はいまに始まったことではない。旧制の頃にも数年おきに変化し、猫の目入試と言われていたことを大学時代に研究して知った。知らずとも、僕は入試改革を嘆くことはなかった。野球部だった僕は、ともかくバッターの打った打球にケチを付けたところで仕方ない。弾んでこようがイレギュラーになろうが、受けて捌くしかないと思っていた。

入試にケチを付けられるのは、勉強して大学に入りさらに勉強してそれなりの発言力をもった者のすることだ。勉強せずにたいした学校にも行かず、勉強などやっても同じ、生活の役には立たないなどと言う者の意見など怠け者の言い訳や嘆きとしか見なされないことを底辺校に通う僕は、いやと言うほど思い知っていた。

昭和61年の入試は、変わり目に挟まりたくないという心理が働くようで、次の年に5科目に減るのに、なんとしても現行制度の内に入試を終えたい、と考える人も多かったようだ。

新制度を吉と取るか凶と取るか。

教育そのものに対する違和感や、もっとこうした方がいいのではないかという思いはあったが、それは大学に入ってから研究し考察していこうと脇に置いた。

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それにしてもだ、東大に落ちただけなのに劣等感を抱き、そのエネルギーで破壊工作? 本当だとしたら、愚かなことだ。東大に落ちて慶応に行った者の東大へのひどい罵しりよう。京大に落ちて神戸大に行った者の腐れよう。東大に落ちて一橋に流れた者の、あるいは東工大や横国に不本意入学した者の他者攻撃・・・。まるで恋愛のように東大や京大に恋い焦がれ、そこに落ちて悲嘆に暮れるまではよしとしても、その挙句に劣等感までいだき、根深い学歴コンプレックスを発症する。

熱の入れどころが錯覚しているのではないか。それは例えば、僕の奈緒子熱のように、恋。一方的な憧れは、誤解、錯覚、妄想にすぎないのだ。その自覚をもって恋するのか、闇雲にのめり込むのか。それが思いがかなわなかった時の自己処理の仕方を変えるのではないだろうか。

彼女に何かあるかと言えば、なにもない。にもかかわらず、それがあるはずだと過剰な期待をする。ちがうと分かって失意に耽る。それも愚かなことだ。
賢明な答えがあるとするなら、自分と相手との関係を創造していくことだと思う。一人一人では持ち得なかったことを持ち寄り、新たな関係を創り上げていくこと。僕と君との間に、君と僕がいる。そういう関係の創り方は、大学と自分との関係にも言えるのではないだろうか。

ただただ特定の大学にのめり込み、合格だけを切望する。そんなのは狂信者でしかないのではないか? いわゆるカルト状態だ。東大のどこに、京大の何に惹かれたのか? ブランドか? ネームバリューか? それとも実質的な研究と社会貢献にか?
外側の価値にだけ囚われるのは品がない。大学の格を得ても、品が備わっていないのではないのか?

落ちて劣等感を持つ者は受かっていれば優越感をもったのではないか? それは人生において最も有害な想念の一つだと思える。なぜ有害かと言えば、事実をたがえる。見誤る。歪める。捩じ曲げる。それはおよそ学問の姿勢とは異なる。最も有害と思われるのは『正しさに囚われる』ことだ。その正しさが、前からやってきたとかエゴや我欲にかなっているとか、善いと教えられたことだったりして、他者にゴリ押せば、調和を作らない。高次の目的に適しない。わがまま勝手、身勝手になる。他人に流されるのはその対極の側面となる。

のめり込むのは失敗の元に思う。没入して(神我)一体となるのとのめり込むのでは視野がちがう。境地が天と地。神我一体となれば、その時点で最善最高の選択となるだろう。
受験のテクニックに走るのでなく、本気で学問探求や真理探究を志すのが最も自分のためになるのではないかと僕は思う。


もちろんこの時の僕にはそんなことまで考える余裕はなかった。だが、熱狂的に盲信することはなかったので、落ちたところで、
受験はそんなもの
としか思わなかった。人間万事塞翁が馬のたとえにあるよう、落ちたら落ちたでより面白いことをたぐり寄せる好機になるかもしれない。頑張って勉強したのに落第しても引きずらないのは、すでに公立高校に落ちているからで、入試などというのはどんな事情があろうがなかろうが、その日の試験の出来だけで判断されているだけであって、知能検査とか面接とか小論文とか、そういうのより学力試験一本で選抜するのが最も公平、という長年の経験から導き出された結論がもしかすると理にかなっているのかもしれないとも思う。人格とか性格とか思想とか、おべっか能力とか、そういうところまで合否に影響させては逆転のしようがない。(医学部は人命を扱うので、ペーパーテストに特化させると異常者をかいくぐらせてしまうという危険性から面接が導入されたようだが、それを実施しているのはすでに網をくぐり抜けている異常者かもしれないのだ)

学校の格が良かろうが悪かろうが、それと自分を同一視するのは錯覚だ。その環境を利用して自分を伸ばしていくからこそ誇りが生まれる。と自分の高校とガッデム先生を見てそう思った。

かと言って僕は、何度も東大や京大にチャレンジすること自体をまったく否定しないどころか、むしろやり遂げてもらいたいと思う。

激しく指を振りながら叫ぶガッデム汚腹。6月のプロパガンダは、一層の苛烈さを増した。

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つまり、似非ゲッペルスはわずかに生き残っていた国立志望組を一気呵成に壊滅、いや殲滅させようと目論んだのである。ダニは最後の一匹まで潰しておかなければ、とでも思っているのだろう。

この後、ガッデム汚腹先生が、いとも幼稚な事件を起こすのだった。頭頂部のめくれていない周囲の大人たちは、彼のあまりに幼稚な指導に苦い顔をして眺めていたのではないかと思う。ガッデムの左隣の江田島真理子などは僕が質問しに行くといつも悲しそうな顔で応対するようになった。

あれを立派な指導などと見なす者がいたとすれば、あるいはガッデムに同調して責める者は、よほどのおバカちゃんと言わざるを得ない。独善的価値観の強制的押し付けなどをする者の人間性が低いのは誰の目にも明らかであり、彼の実現したい現実、手にしたい結果は目論んでいるものとは程遠いものになるのではないか。

自分が苦しいのだからお前らも苦しめとばかりに、自分を苦しめている考えを僕らに言いつのる。自分で自分に課した制約・制限がゆえに苦しんでいるのに、ノホホンとして苦しんでいないように見える僕らは甘えているくらいに決めつけ圧迫してくる。苦しい輩には何も観えないのだろう。苦しみから脱し、苦しんでいる人を柔らげてやろうとはしない。この男は愛がないのだ。エセ科学者だから自分が観えてもなければ、他人を楽にさせようとも思わない。

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毎日毎日、こうして呪いをかけるターゲットは僕を初めとする幾人かの国立志望の生徒だ。早々に国立を諦めた者は、この圧迫を僕らほどには感じなかったのではないか。こいつが教壇で言うことはどれも、クラス全員に話している風を装い、実は特定の幾人かに向けられていたのだ。その中でも想いの強かった僕が彼にとっての最強の敵だし、躍起になって足を引っ張っぱり転向を強いていたものだから、さすがに辟易しないではおられなかった。
ぐいぐいぐいぐい足の裏で圧力をかけてくる。そうやって自分も圧迫し、だからガリガリに痩せているのだろう。自分のコピー品を作りたい。その自覚することなしにやられている圧政に僕はまんまと感化されていた。

蛇のように執拗に、くねくねしながら相手の出方をうかがい、
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近づいてくる・・・

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丘鶴くんを亡き者に仕立て上げたあと、最後のターゲットを探しているガッデム汚腹。

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あそこにまだ一匹残っている。

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老獪の目は遥か遠方でも見渡せる。

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最後のターゲットとは、

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僕のことだ。

 

第2章 難攻不落要塞、陥落す

 

1985年4月22日、僕の18歳は、静かに滑り出し、勉強は順調に進んでいた。ところが7月21日からの夏休みを前にしたガッデム先生の師走は佳境を迎えていた。

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絶対に落とさなければならないという使命感に燃えたガッデム汚腹最後の猛襲が始まろうとしていた。太陽を巡る軌道に不意に衝突してきた隕石がごとく、滑らかに回る僕の軌道を大幅に変える横暴は、まさに青天の霹靂だった。

6月2日に実施された旺文社の第1回記述式模試は受け終わっていたが、まだ結果は返却されていなかった。僕は5教科7科目を受験した。英数国に現社・日本史と理1・生物だ。それがまたガッデムの癇に障ったのだろう。

6月初旬、社会科教師はまるでカウントダウンのように、3年になってからは毎月アンケートを取るようになった。

「国立志望の人?」

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「・・・ひとり」

僕を見た。

なにも臆することなく、僕は手を挙げた。

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目標は揺るぎない。

その日は、なんの予兆もなくやってきた。

順番を待って職員室へと行く。今日はこれで最後だ。暗くなりかけていた。ガッデムは自分の席でなく、北側の出入り口のブースから離れたところに移動していた。僕が行くと、振り返りざまに片手を上げ、おおい、こっちだこっちだと遠くから呼びつけた。まるで犬でも呼ぶように。

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こんなぞんざいな態度を取り続けているとやがてどんな相手もそうし始める。するとますます世の中こんなものだと信じ込み、あらゆる相手に対して横柄な態度をとるようになるのだろう。上の立場の者にはへこへこするが。

彼の所にいくと、暗がりに机上スタンドだけが灯り、僕ら二人だけが照らされるようセッティングされていた。今日こそ、ゲロを吐かせようと意気込んでいる刑事のような面持ちでガッデム汚腹が僕に挑みかかってきた。

「ここにかけろ」

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と椅子を指差す。

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フロアにはほとんど教師がいなかったと思う。曇りだったから暗かったのもあったが、時刻が日没に近かったのは、僕がなんらかの理由で居残っていたからだ。

 

続きはseesaaブログにて

難攻不落要塞、陥落す・・