「燃やしとったやろ?」
なにかわたしが燃やしていないと言い張っているかのような前提で老婆が蒸し返してきた。話はもう先まで進んでいる。
「2日ならふつか前、ああ、燃やしましたね」
老婆は親戚の男性とガメ煮を畑で作っていたそうだ。
「それで、見た」
のだそうだ。
黒い煙がーー、と言い始めた。
悪想念で脳がどうにかなった老婆には、あるいは日中の眩しい太陽で目が眩み、白い煙も黒ずんで見えるのだろうかなどと思っていると、係りの人がビラを見せ、条例のことを言った。
たしかに正月の2日、わたしは枯れ草や枯れ枝を燃やした。
昨年から、灰を畑の土に混ぜようと計画しており雨もあがり晴れたので乾いた枯れ草に火をつけたのである。
田畑の多いこの地域では、草木を燃やしていいように条例が出ている。越してきたとき「枯れた草木、紙までは燃やしていい」と奥さんが言ったのでそうしてきた。というより、畑で燃やす物にビニールやプラスチックなど化成品を混ぜようとは思わない。好ましくない臭いがするし、第一、畑の肥料としては不適だろうと思うからだ。
しかし、除草剤や農薬は使いません、とあれほど言っているにもかかわらず、平気でそれらを使用する老婆には、わたしも畑になんでも混ぜ込んでいると確固とした妄想ができるのだろう。非常に荒い想念だ。
「おばあちゃんね」と玄関の扉に近づくと、サヨがすかさずガードするかのように扉に手をかけた。「あれはね」
気に留めず老婆に向かって言った。
「あれはね、おばあちゃん、畑の枯れ草を燃やしていたんだよ」
と越してきた当初、ここの奥さんに燃やしてよい物の種類を聞いてそうしてきた話をした。
ほんの十数秒だがわたしと話をした老婆の顔には血の気が挿しおだやかになり赤みが戻っていった。
いつもそうしていることだ。
他人に機嫌をとってもらわず、自分自身で、いつも溌剌としているは陰徳だ。
サヨと二人でしけ込み腐敗寸前のどすグロい形相になっていたのが、わたしの顔を見た途端、若返る。どちらが愛の存在か、自ずと分かるのではないか。
役場の人の話が奥にも聴こえていたのだろうし、もう一度話を確認した老婆は、
「こんかいは、うちが悪かった」
と言った。
(そんな試合、するつもりはない)とわたしは思った。
係りのふたりは話が終わったのでビラを直したりなど帰り支度を始めた。賢明なことだ。深入りして諍いの渦に巻き込まれてはたまらない。
さて、わたしも帰ろうとすると、そのきわ、
「どおして、くわなんかもってきてるんですか?」
きらっと目に訝しい光を見せたかと思うと、ヨダレをひきずるようなネトっとした口調でサヨがたずねてきた。
出た!
とわたしは思った。意図が感じ取れたからだ。
「急いでこられたからです」
と後ろから係りの人が他意を制するように口添えした。そして、では、と挨拶をして係りの人たちはさっさと退散した。
「そんな棒を持ってこられるから言えないんです」
などとサヨが被害者意識満載の、言い訳とも非難ともつかぬことを言い出した。どうせ、この間、この家の人が畑に火を放ちわたしのこさえた柵を焼き払った件で、それに対してなんの説明もないので、先の取れた鎌の柄を携えて行ったのを理由に言い訳にしているのだろう。ーーだから、直接言えず、通報した、と。匿名で。
この短いやり取りの間に係りの人たちは、もう向こうから挨拶して頭をさげている。
この間棒を握って行ったのは、ゴリオが家にいると思ったからだ。
下手をすると喧嘩をしかけてきている可能性があったのだ。それまで数ヶ月にわたってしつこくケツコが柵に対してあれこれインネンをつけ、わけのわからぬ言いがかりをつけてきていたし、やっと再び蔓が巻きついて目隠しにちょうどよい塩梅になっていたところに火をつけて焼き払ったのだ。
もし、これが故意でないなら、いちはやく弁明しておかねば、わざとやった可能性が出てくるのではないだろうか? S家からはなんの説明もないし、こちらから「わざとやたのか?」とは聞きにくいし、ーーあれほどしつこく、何度も説明し決着のついていることについて蒸し返して電話してきていたし、それに丁寧に答えたにもかかわらず、さらに妻にあてて執拗に電話を入れていたので、どういうつもりか知れなかった。しかたないので、わたしは現場を写真におさめた。もちろん、覗き見常習犯のかれらは家族でその様子を伺っていたのだろうが。
火に焼かれた蔓は2、3日すると枯れてしまい、再び柵がスカスカになった。畑内部に植えていた木の苗も燃えている。
ちょっと、これはどういうことか?
問いただすために出向いたというわけだ。中学時代には100メートルを10秒5で駆け抜け、高校時代には柔道で全校大会、大学に入ってからは空手をやり始めその黒帯だと自分で触れ込んでいたゴリオ、何かといえばすぐに怒鳴り散らすゴリオ、息をするように嘘をつくゴリオと話すのだ、素手でいても凶器を持っているのに等しい野人や狂人のような男と話をするのに、無手というわけにはいかない。
車庫に居た息子さんにたずねると、ゴリオはいないと言う。仕方ないので、老婆に聞こうと呼んでもらったが、
べんじょに入ってウンコをしているから出られない
とのことだった。
では、わたしの家に来るよう頼んで引き上げたというのが経緯だ。そのあと老婆が電話をしてきたので、事情を聞いて納得した上に、柵については解りやすく説明したのだった。にもかかわらずまた蒸し返し、喚き散らし始めたのでわたしが「いい加減にしろ」と舞台俳優のごとく腹から村じゅうに響き渡る声で促したので、近所の人が止めに入り、ゴリオが呼び戻され、さらに婆さんの呼び出した区長までやってくる事態となったのだった。そこでゴリオが「自分にーー」と胸を叩いて引き受け、決着がついていたのだけれど、恨みはなんども想起する。なんど仕返ししても収まらない。その挙句が、匿名通報だ。
こちらは、区長さんと言わず、町長でも警察でも公安でも総理大臣でも、呼んできてもらって構わない。
誰がやってきても、歳を取ってニンチ気味になり、人生をかけて固執してきたこの老婆の財産や名誉への執念と手前勝手な考えがあらわになるだけのことだ。
ねっとり絡みつくような目で見ているサヨに、
「畑の作業をしている最中に係りの人が来たので、そのままあわてて来たからだ」とわたしは答えた。誤解があるなら、すぐに解いておきたかったから。
答えながら、わたしはサヨの眉間あたりから全体をスキャンした。今の所、病気が出るような感じではなかった。肌艶もよい。老婆の口車に乗って暗黒面に落ちないことを勧める。このまま落ちていけば、膀胱や腎臓あたりに疾患が出る可能性が高い。
言ってさっさと退散した。
