横道にそれました。ともかく、無すなわち愛に至った時、最善最高の方策が思いつくのは当たり前のことに思います。呪いさえかけられるようになります。正確には意趣返しなのですが、穴をふたつ作らずに相手を呪えます。
まずは、朝鮮人や支那人を憎しみを以ってえぐり込んで観察すると同時に、日本人や己自身をバイアスをかけたり擁護や贔屓でなく、えぐり込んで観察してください。自分自身が分かれば分かるだけ、かれらが「何をやっているのか」分かってきます。十分に分かるのが無の境地です。
その境地に至っていない場合は、相手にはかかったりかからなかったりするのですが、自分には確実に、100%、絶対にかかります。寿命は確実に縮むでしょう。それで通常、呪いは勧められません。無の境地に至れば、意識の世界への理解(一体性と創造のエネルギー)が深まりますから、相手だけを狙い撃ちできるのです。
呪いでなく、いわゆる“善いこと”、たとえば病気の治癒に意識の力を使うことができますが、それも生半可だと自分の寿命を数十年も縮めてしまうことになるようです。50~60いくつで亡くなられる方が多いようです。
朝鮮人や支那人の中には日本と日本人を呪い殺さんばかりに呪っている者がありますが、あれは受け取らずに返品すれば彼らは確実に墓穴を掘ります。こちらから余計な念を付けず冷静に淡々とやってください。同時に、彼らが目覚め、しょう道を歩むよう祈ることによってわたしたちはポジティブな恩恵を受けます。とりあえず彼らが自らの念によって萎え、ネガティブな活動を停止することは互いにとって安息となります。
端的に言えば、他者だけを呪いたいなら、呪わないことです。ただ、返す。返さなくとも、彼らが呪った瞬間、自分を毒しているのですが、呪っているのを知りこちらが呪い返せば引き込みます。
病気の治癒も、“してあげる”のでなく、自分自身の治癒力を認めさせ引き出し使えるように促せば、施術者が命を擦り減らうことはないでしょう。
呪いがかかったか否かで相手がこちらに呪いを出していたか分かります。意識の世界が解れば、こんなことは当たり前のこととであり、できるようになります。ネガティブな念をかわすことも回避することもできます。自分を毒さず汚さず、かれらの呪いを上手に返す人が増えることを望みます。
