国政あるいは国際政治にあっては、地政学というのは非常に重要です。よくよく考慮しなければなりません。韓国人を嘲り馬鹿にし侮蔑するような劣情に流されて政治的決定をしてはなりません。それでは、親中・親韓派の(あの民主党時代のような)同情外交と似たようなものとなってしまいます。

韓国がどこに着くかは、結果にそれなりの影響をもっています。

あのような右往左往、右顧左眄するような優柔不断の国が戦地になる可能性は非常に高いですが、あそこに住む人たちが日米のために死んでくれるか、中朝のために死ぬかは大きな違いを生むように思います。

アメリカは本気で中国との戦争を考えています。日本はとりあえず引き入れた。自分たちの問題としてアメリカのために死んでくれることになった。韓国はどうするのか。そこが現在の焦点のように、読みます。

韓国政府は、エゴイスティックな愚衆のその時々の劣悪な感情で政治決定をしていますので、おそらくほとんど見えていないでしょう。コウモリ外交、コンニャク問答ばかりを繰り返し、自分たちにとって何が最善か、自分たちで決めません。決めていないふりをします。それはまるで、水面の雑魚が撒き餌にたかったかと思えば大きな音に驚いて霧消したりする姿に似ています。

そのような中にあって、雑音軋む情勢に際して、できる限りことを知り、『全体的認識』に至り、自分たちがどう成りたいかに照らして政治的選択、決断をすることが大事だと思います。相手の劣情やこちらの劣情に流されては100年先まで遺恨を残すかもしれません。安倍総理がぶれないよう、最善の選択ができるよう援護するには、我々国民ひとりひとりが高い認識に達していることが重要だと思います。

いろいろ知らなくとも、おとなの判断をするなら、嫌いな相手であっても防衛上、九州のかわりに盾になってくれる可能性があるのであれば、完全に切り離してはしまわないことでしょう。

身も蓋もない言い方ですか? すでに在韓米軍は沖縄まで下がり、前線は北緯38度ではなく対馬海峡になっています。これはマユツバ、まやかしの類であろうとみています。実質のアメリカの盾は九州なのです。韓半島の下半分が中国側につけば、九州を含む南シナ海が戦場となります。

国際ルールを守ってホワイト国に戻り、米韓同盟を強化する選択を促すのは国防の視点からすれば望ましいことに思いますが、みなさんいかがでしょう。同時に、完全に囲い込んで中国の膨張と侵食を止められるかは賭けになりはしますがーー。

旗色鮮明にした韓国が中国側についた場合、包囲網に「破れ」ができるということです。そうなれば長崎と佐賀それから福岡市はモロに戦火にさらされる可能性が出てきます。その地方の方々は、一緒になって反日活動に勤しむのではなく、(融和どころか反対の動きをしています)平和のための国際ルールに基づく行動や政治選択をするよう呼び掛けるべきではないでしょうか。

 

このあたりの実際上の政治判断は『大我』とかけ離れたセルフィッシュな側面が強くなるように見えるでしょう。が、自国を守りながら他国も守らなければ、共倒れになってしまうのではないかと思います。

『逃避や自分さ助かれば』か『自己犠牲』の2元主義ではないのです。平和に対する認識に格差がある以上、――即ち他国を攻め滅ぼすことが自国の安全、いや威信であると考えるレベルの国がある内は、政治的にはそのように動かざるを得ない時もあると思います。本能的に身の危険を感じた時です。

 

私はここが優れている、あなたはここが優れている、互いに優れた者同士が協力して今までより高次元の物や制度を達成しよう、と考えずに、自分たちは白人だから、キリスト教だから、科学が発達しているから、中華の隣にあるから、などの独りよがりの理由で他より優れているので他を滅ぼそうが略奪しようが搾取しようが構わないと考えるのも戦争の原因のひとつです。

その反対の“平等主義”も全体主義以上に個を殺す傲慢な行為であります。

『神の下の平等』とは、因果律が例外なく全員に働いているというだけのことです。

中華の隣にあっても、モンゴル・ウイグル・チベット・ブータン・インド・ベトナム・台湾・ラオスなどはそう思ってはいませんね。ただ韓国だけが、北朝鮮でさえ違うのに、2番めに偉いなどと思い、日本を見下しています。そうしていながら中国を嫌い、北朝鮮と合併しようとか、はたまたアメリカに頼っきったりしています。またしても、日韓併合前や大戦後日本がひいた後の動乱時と同じ状況になってきました。この機を進化の時と捉え、事大主義をやめて少なくとも旗色鮮明にしてはいかがでしょうか。