無責任な自国批判、大東亜戦争はすべて日本が悪かったという反省ともつかぬ罪悪感がベースとなっていることが戦後の〝世界文学〟として認められる前提だったのでしょう。大江健三郎がノーベル文学賞をとり村上春樹が次期候補に挙がり続けているところを見ても、少なくとも世界の潮流はそうだったのでしょう。嘘、捏造にまみれた旧日本軍と日本政府の動向が〝事実〟や〝歴史的資料〟になっていますので世界中の研究者たちが、そうした信念を深めています。白人種にとって自分たちの歴史を正当化するためにも日本の志を認めるわけにはいかなかったのです。

もちろん彼らには文才がありますし、キリスト教的な思想や仏教思想が流入していてそれなりに高度な認識に達した作家ということはできます。しかし世界的文学になりえる条件が日本批判というのはどうなのでしょう。それに、日本が反省するべきは他にあるのに、嘘や捏造で血塗られた部分を事実のように描いて見せる、戦争そのものを憎んで見せたり、政府や為政者だけを悪者にするのは被害者意識による恨みであって、決して歴史を俯瞰して観ているとは思えません。

戦後に発刊された小説や事典などは自国批判で彩られています。どうして、文学賞の名を冠する直木三十五の小説は抹殺されたままなのですか? 一冊だけ偶然手に入れることのできた『日本の戦慄』という本を読みましたが、あれこそ、極限状態における人間、いや日本人の性質を精確に描き出しているものと言えるのではないでしょうか。その他、従軍した人たちの手記や日記を読んでも、戦後語られているような残虐無慈悲なことはありません。それより、日本の軍規・軍律に反した関東軍のふるまいについては、当事地の中国はおろか世界中からほとんどお咎めなしです。不思議なことです。15年戦争の発起人である石原莞爾こそが歴史的大悪人であるはずなのに、どういうわけだか東条英機や昭和天皇ばかりを責め立てる。

特に陸軍のしごきやいじめが強調され、それを恐れる人がありますが、ご自身では職場やクラスや部活において何もやっていないのでしょうか。ああいう輩は今も昔もどこにでも潜んでいるではまりませんか。それをもって日本が歴史的に何をやってのけたか、どんな志でどんな動きをしていたかを全否定し、汚名を着せるのはあまりにも自分自身を否定しているとしか言いようがありません。

戦争の原因は何か。どうすれば起こさないようにできるのか。起きたとして生き延びる方法はあるか。それらを〝世界的文学者〟である彼らが真剣に考えているとは思えません。ただ上の世代を非難し、理想を掲げて振り下ろす。

 

友愛ってなに? やって見せてよ。つまり、鳩山さんは常日頃から友愛の実践者であるのだから、それが効果を発揮していないなら、無用の長物にすぎないのではないか。さらに、彼は総理大臣だったのですから、その時やったらよかったじゃないか、と言われたらおしまいです。なんの役に立たない『友愛』を持ち歩き、上から物を言う。他人に理想の実践者を求めるが、自分ではできない。無能な元総理が天才政治家に無理難題をふっかけて困らせてやろうとでもしているかのようです。そんなことをすればするだけ、歴代総理の中で最も愚図で無能な男の名が確定していくだけなのではないでしょうか。彼の思考パターンが彼の結果を常に再生産し続けていきます。あれは、火星のカルマなのですか?

 

韓国人は、日本が迫害者だと思うのだったら、いくらでも祈ればいいのだと思います。