ところが火星人。ところが鳩山さん。ところが村上春樹。

迫害者をいつまでもそのままにしておこうとする狡猾さが見え見えです。なぜなら、いつまでも自分が正しいままでいられるからです。弱者や被害者を擁護する正しい自分です。さらには、自分が加害者として決めつけられている当事国の日本人であるという自覚がありません。先人や政府が勝手にやらかしたことくらいにしか思っていないのです。濡れ衣を着せられている当事者に〝中立〟の立場などありません。自分と政府を切り離して他人事のように扱い、すべての責任を押し付けようとしているとさえ思えます。

ボリスカ君に至っては、地球には支那人(漢民族=アーリア人)がいるのを知らないのでしょう。かれらには高邁さも弁明も通用しません。支那の諺にも『秀才が兵に遇えば、いくら理があっても話にならない』とあるくらいなのです。ただ殺す。残虐になぶり殺す。それしか能がないのです。その性質が国家体制として現れている以上、ボリスカ君の勧めは非常にあやういものとなります。滅びた星のざれごとは、ほどほどにしなくては成りません。あの程度の愛では、核によるアポトーシスを超えられないことを知るための反面教師として使うものにすぎません。

核戦争やフリーエネルギーの失敗、あるいは他の星系や宇宙からの侵略を超えて生き延び進化した星の人々は別の答えを出したと思われます。完全な防衛即ち時となれば相手だけを100%死滅させる攻撃力をもっているとか(その方が侵略させる隙を与えず、相手を虐殺者にしないで済む)あるいは、彼らを置き去りにして他の星に移動するかして。取り残された侵略者たちは、低い霊性がために内乱で自滅してしまうことでしょう。内部の矛盾や不満を他に押し付けてガス抜きできなくなり、互いを責め合って、挙句滅ぼし合うのです。

 

防災、防衛をした上でしか、火星の愛は通用しないのです。自分にないなら他者の物を奪おう、(等価交換でなく)奪うためにはその所有者や世話人を殺してしまおう、ついでに奴隷としてこき使い、搾り取ってやろうと考える種族には、アホの浅智恵以下なのです。

「兵器を捨てろ! 戦争反対だ!」

は、地球に置いては、さまざまな種族の拮抗する地球にあっては、侵略者の偽善的プロパガンダの様相を色濃く呈してしまいます。むしろ、核ミサイルを無効化するほどの科学力を発達させた方が、殺さず、殺させずして平和的な繁栄をしていけるというものなのです。開国開放すればするほど、防災・防衛・管理は徹底的にしておかなければならないと思います。高度な科学文明を築き上げていくなら、霊性を進化させなければなりません。それに伴ってしか科学は発達しませんし、適切な使用もできません。霊性を進化させるとは、霊的法則即ち因果律を熟知していくということです。そうなれば、奪わずとも増殖、増産できるのです。