『もっと思いやりの心とあたたかい心を持たなければならないよ。誰かがあなたを打った時、あなたの敵を抱きしめ、あなた自身に謝って彼の前にひざまづくのです。誰かがあなたを憎んだ時、あなたの愛と献身のすべてで彼を愛して許しを求めるのです

 

ああ! わたしはこれを聞いた時、火星が滅びたわけが解りました。

火星は核戦争もしくはフリーエネルギーの実験失敗で地表の文明がなくなったのだそうです。少数が地下に生き延び、多くの魂がまだ人間のいなかった地球に逃れたのだそうです。そんな話を頭ごなしに否定する人もあるでしょうが、わたしはさもありなん、と思うのです。どうして滅びたのかと疑問に思っていたのですが、ボリスカ君の話を聞いて腑に落ちました。

こんなおためごかしの思想以上がないから滅びたのです。それをまた地球に降ろそうとしている。少しは反省して出直せ、と言っておきましょう。

 

同じような主張をする者が〝地球〟にもいました。たとえば村上春樹氏の主張するような、相手が許すまで謝り続けるのは、かえって許しを強要する態度ではないでしょうか。しかも多くの人が指摘するように、彼自身謝ったことがあるのでしょうか? 日本が謝るべきだ、の『日本』とは誰のことを指しているのですか。政府や総理大臣のことでしょうか。なにか問題があると、すぐにこうやってイイ子ぶる正しい少年が登場してきますね。これがノーベル文学賞候補というからお笑いです。日本が自分たちの罪悪を反省しているふうを装わなければ取れないような賞なら取るな。『騎士団長殺し』における南京大虐殺に対する記述など、中国で本を売るための涙ぐましい努力に思えますね。せっかく才能があるのにもったいない話です。

 

幼少期わたしに違和感を覚えさせたのは、水俣病訴訟でした。「国を相手取って控訴」というのが解らなかったのです。国を相手取るとは何事か。国とは自分自身のことではないか。それを訴えるとは、国と自分は違うのか。政府のすることは自分のすることと違う、批判に値することなのか。団塊の世代の者たちの批判する『戦前の日本』とは自分たちとは全く異なる国なのか。それらを責めれば自分は良くなるのか。第一、責められる対象なのか。

おかしい、おかしいと思いながら過ごしてきて、30歳40歳とすぎ、ああした考えに至り行動する者たちが〝外国人〟である、という認識に至りました。日本に住み日本語を話し日本の文化に触れ日本で育った作物を食べて、毛嫌いしている。彼らには感謝のかの字もないのでしょう。イデオロギーうんぬんではなく、いまこうして生かされ生きていることに感謝のないような者に明るい未来などあるわけがありません。

 

しかも戦後、開戦前に約束した通り国が賠償を始めました。被害を訴えるとお金がもらえるのです。始めは人助けのための方便で始められたことがエスカレートし、誰でも彼でも被害者になりすまし、不労所得を得ようと企んだのです。

逆に戦時のヒーローたちは加害者ということになり、褒賞は出ないは、世間から手痛い仕打ちを受けるはで、当人も家族も散々な目にあったのです。

被害者こそが戦後の強者であり優越者であったのです。わたしには最悪の卑怯者に思えます。勝った国の側につき、自分たちを責めるのは卑怯な変態行為ではないでしょうか。どうして公平に物事が観られないのでしょう。

事実などどうでもいい。他人の名誉など踏みにじるためにあるもの。ただ自分が威張るため。ただ自分が怠けて不労所得を得んがため。勝った方にすりよって、負けた方を指さしなじる。そういう態度を取る者は、日本に住み、日本語をしゃべっても、精神は大陸と半島のおひと。遺伝子は大陸と半島の歴史と感情が刻まれたお粗末なもの。

 

イイ子ぶるのは、火星人?