ジョルジュは足しのケットを小脇に抱えパンを何本か胸に抱いていた。

「すまんな。なかなか来られなくて」扉を閉め、ケットをベッドに放りながらたずねる「傷はどうだ?」

この時点のわたしは、身振り手振り以外に意思を伝える術がなかった。

その様子からおもんぱかったジョルジュは

「パリは寒いだろう」

と言いながらケットを持ち上げる。そうして、うしろに回して下げていたショルダーバッグを前に回して中の物を取り出し台に並べ始める。まるで、手品の前振りでもするように。

アロエ

押し麦(燕麦と大麦の混じった物)

干し肉(鳥のささ身)

ベーコン(豚)

バター(麻布に巻いてある)

鹿肉(塩漬け)

干しエビ(親指大)

砂糖(甜菜糖)

菜種油(瓶入り)

ラード(豚の背脂)

ロウソク(燭台付き)

ふすま(布に包んで石鹸がわりに体を洗う時に使う)

肝油(小瓶入り)

ひまし油(小瓶入り)

最後にナイフを三本、肩にかけていたカバンを台に置いてから取り出した。

「これもお前にやる。旅人のカバンは困った時の魔法のランプだからな」

そう言ってカバンを押し付けてきた。おろしたてらしく堅くピカピカしていた。

ありがとう、の代わりに右手を下から掬うように胸のところにもっていってお辞儀をした。

アロエは薬草のひとつと考えられ、火傷や切り創に当たられたり、熱さましとしても用いられた。肝油とひまし油については、気休めに思われた。毒を飲むよりマシな。というのも、時々収容された修道院で飲まされ腹を下した悪い思い出しかないからだ。それより、患部に塗る方が効果のあるように思われた。鹿肉は野鳥や猪と同様、庶民の間でも普通に食べられていた。ただし、貴族の狩り対象だったヘラジカやトナカイとは異なる種類だったようだ。

「こいつは、ラクダのコブだ」と言いながら、なにやら白い塊の入ったガラス瓶をコートの左衣嚢(ポケット)から取り出した。「エジプシャン(ジプシー)から買った。腹にたっぷり脂肪をつけて寒さを乗り切るというわけさ」

したっぱらを打ち豪快な笑いを立てた。

思わずコートとシャツをめくると、ヒョウタンのようにくびれた、いや背中にくっつきそうなくらいにえぐれた腹があらわになった。

ジョルジュはもう一回笑った。わたしのやつれた頬を吹き飛ばすように。油っぽい物ばかり持ってきたと思っていたら。

「いやしかし、こいつだと、背中に脂がつくかな」

それから、右衣嚢をまさぐると、なにやら瀟洒な鶴首瓶を取り出し、左右に振って見せた。

「エリキシールというやつだ」

つまり“万能薬”のことである。この時、ジョルジュの持ってきたのは、ハッカや柑橘系の抽出液のようだった。それに、教会の祈祷を施した逸品だ。

「効くか効かんかは、まゆつばものだ。だが、本物のエリキシールというやつは、ペストは言うまでもなく、あらゆる病気を治し、なくなった指や足、目玉さえも再生させ、死者さえも蘇らせる力を持っているという。前にいちど、お前が話していたあれだ」

賢者の石のことである。

直接手に持つのが最も強力であるのだろうが、原石がひとつしかないため争奪戦を回避するために隠匿されているのか、あるいは噂だけなのか、あの親方さえ見たことがなかったし、ダビンチも詳しく教えてはくれなかった代物だ。

その石を漬けておいた水を飲むと不治の病が治ると言い伝えられていた。おそらくは人間の精神作用に好ましい振幅数をもつ電磁波を出していて、それが水分子の振動に転写され、摂り込んだ水分が精神状態にまで影響を及ぼし、肉体への表現を変化させていたのではないかと推測される。

「その石が手に入れば、お前の喉も元に戻すことができるんだが」

立ちっぱなしだったジョルジュに、椅子に腰かけるよう促した。

「石の研究をしている男が、実は目と鼻の先にいる。スイス出身のホーエンハイムという男だが、ヨーロッパのあちこちで目撃されている」

ほうぼうで奇跡を起こし、イエスの再臨だと噂されていた。噂が噂を呼び、難病を治したい者とその力で世界を支配したい者と、その力が邪魔な者に追いかけられているのが彼が姿を現さない故であろう。

できることならわたしも、その石の力にあやかって喉やその他痛んだところを治したい。しかし、現今の人間のレベルにあってそんな石が公となったがさいご、不注意や不摂生、虐待、殺し合いが頻発するのではないか。であるなら、こうなったらこうなったで最善の生き方を模索するしかないだろう・・・。

ペストの場合、病状よりも風説被害の方が大きかった。ペストを出した家は村八分になり、一斉の接触を断たれた上に、家ごと焼き払われたりしたので、ペストの疑いのある者が家族に出たら奥に閉じ込めて隠し通さねばならなかった。病気で死んだ者より、疑いによって抹殺された者の数が多かったのではないか。方々を旅してそう思った。かく言うわたしも、ペストの媒介者の疑いで何度危険な目に遭ったことか。

こうした“病気”は、いくら賢者の石といえども治せないだろうし、病気を創り出しているのは、むしろ人間のそうした誇大妄想じみた恐怖心にあるのにちがいない。

人間の病とは、(戦争を含めて)恐怖心と、それから限定された愛の適用にある。

ところでペストと言えば、こんなことがあった。