コートを着たまま部屋の中にいた。なにもすることがなかった。やりたくてもなにもできない。しかたなく、もじゃもじゃし始めた顔一面の鬚を触って時間をつぶした。

肛門に入れていた銅球は医院に居る時に回収した。中には金の粒が十ほどはいっている。この世知はジプシーに習った。馬革のコートは二粒で交渉した。ナイフもつけろと指さしたが、店主は足元を見た。首を横に振る。もうひとつぶ出すわけにはいかない。この際だ、鬚で人相を変えるか、と諦めた。

訪問者もなく、話す相手はいなかった。黙ってうづくまっているのに飽き独り言をもらそうにも、音はたちまち声帯で乱射し多方面に拡散した。声帯は脱皮し損ねた蝶の羽のようにみじめにしぼんでいる。

口から発する振動を伴った言葉は、わたしにとって生命線とも思われた。ヨーロッパでは、※失うことは負けることだと見なされた。けれどもおかげで口に出したくもない教義を言わされることが不可能になった。自分の信仰を内部に保持する自由を得たのだーー。これは勝ちではないか。

いくつかの言語を知っているもののそのどれも書くことはできなかった。また、想いは散逸し、様々な念がわき出してはめぐり、どれが一体じぶんのものであるか定かではないようにも思われた。 

 

暇を持て余してきたので、すこし悲観的に考えてみようと思った。人間的な感情の誘惑にかられ始めたのだった。ベッドの端に腰掛け頬の鬚をねじりながら床を見つめる。

こんな目にあっていながら、せいぜいわたしにできるのは、言葉遊びだ。ナイフを失ったから鬚を得た。髯を得るためにナイフを失った。ナイフ喪失は鬚をもたらした。ーーいや、どんな表現も詭弁だ。ふたつが等価であるはずがない。ナイフは強奪されたのであり、剃る手段を失った鬚が勝手に生えて来ただけだ。鬚を剃るには、ナイフを取り戻すか、新たに仕入れるしかない。では、声は。イザベルは? 

チラチラと見え隠れする怨嗟の端をひぱってしまい、いきどおりが噴出してきそうになる。こじつけだ、自慰だ、詭弁だ! 医者のところで懐疑していた真理の理解が進まないわたしは、とうとう被害者意識を発動して事態の収拾をつけようとした。

われわのみそかごとが誰に咎められる筋合いがあろうか。あんなに高らかに謳っていた詩も。憤怒。そう思ってみたとき、人生で初めて人並みの怒りがこみ上げた。たちまち〝祈り〟は破られ、闇が飛び出した。なんでも前向きに考える自分の性分を恨みたい。思いがけず涙がこぼれ、床に突っ伏した。※潰れた喉のお陰で、嗚咽だけは様になっている。(ああ、またか。また前向きだ。いや。これだけは本当だ。皮肉でも前向きでもない)

わたしがイザベルを奪ったか? 奪っていないことの報復が肉体的損傷と財産の没収か? それが神のもたらす報酬とやらか? すべて人間がやっているではないか。人間が決めけ、人間が裁き、人間が奪い、その挙げ句に望みもしない〝定住〟とは。思わず鬚をむしり取りたくなってきた。

だがまだだ、まだ煮えたぎるほどの怒りで身を焼き後がし、仇と見なす者への残虐な報復を夢想し企てるほどではなかった。やり返せば気が済むのか? という問いかけへの答えが先行する。

次第に己の為す様の滑稽さに、狂気の笑いさえこみ上げる。この時でさえ、心の底には、最大の復讐が仇と見なす相手の在り方如何に関わらず、己が幸福で、より幸福で在り続けることである、人生の勝利がそれであることを知っている自分があった。それ以外の何者をも時間の浪費にすぎない。

独り黙って考えるほどに人間というものは否定的で暗い想念に傾くようだ。黙っていながらにして無になりいつも明るい想念を選ぶことができたのなら、達者の域に達しているのかもしれない。

 

希望はない。しかし絶望もなかったーーのちにショウーペンハウエルによって死の病とされる希望の皆無。その、一縷の光を見いだすための完全な暗闇を観ることはなかった。なにもかもが曖昧模糊とし、漠然と映った。考える気は失せ、ただぼんやりとそこにあった。あらゆる観念が鬩ぎ合い葛藤が白熱すると双方が力尽き、霧散して無になる。考えあぐねて行き詰まり、飽和して何も考えなくなるのは〝祈り〟だ。

 

食うことと共に欠かすことのできない人間のいとなみにあっては、怒りも恨みも休戦協定を結ばざるを得ない。桶にまたがって排泄する度に訪れる、ねじれるような苦悶はなおも続いていた。これだけが、わたしの過去になにがしかが起きたことを忘れさせまいとしていた。サンタントワーヌの火に炙られたかのような脂汗を垂らしながら行なう恒例儀式の力加減を心得てきた。痛みがおさまる潮目を待って呼吸を整え、気を逸らすために頭を上に傾けると、開けた窓から外が見えた。突兀とした建物の最上階が幾何学的に交叉した隙間に薄曇りの空がのぞいている。意識を痛みから逸らしたその隙に雪崩落ちるように排出する。わたしは安堵の息をもらす。

これはある種の悟りである。ーー苦悶と安堵の最中には邪念の入り込む余地はないのだから。そんな冗談まがいのことを考えても、自嘲すら起きない。

立ち上がり、襟をただし、持つ物を持って扉を開けた。

外に出ると上着の袖を伸ばしてせぐくまったわたしに、集合アパート群の谷間から注ぐ、朝間の乾いた太陽が鋭く射し込んだ。

 

 

※略奪戦争を繰り返したヨーロッパならではか。

 

※祈りとは感謝であり、さらに高じれば無だ。無であるわたしはそこから新たな信念によって新たな現実世界を創り出すことができる。とまでは、この時のわたしには思い至れなかった。だが、誰もがそうしている。

 

※わたしが暗い想念にさいなまれそうになり、思い直した場面の間には、次のことが起きていた。

 

ーー忍耐じゃ、ジョバンニ。いまはじっと黙って耐える時じゃ。大いなる者だけが、その意味を知っている。

ふと、親方の声が聴こえてくる。

アハハハ

黙って耐えろか。お似合いだ。しゃべりたくてもしゃべれないと来ている。わたしがどんなに苦悶を感じていても、傍目に見れば無口な男が呆然としているように映るだけだろう。きっと声が出たとしても、黙って考えているだけで、決して口外しないだろうさ。いつもそうしてきたように。ずっとそうだったように、静かに、何事もなく暮らしているとしか見えないだろう。たとえ大声で慌てふためき、泣き叫んで救いを求めても、全ては他人事、身から出た錆と一笑に付されるだけだ。同情、憐れみをかけられたら何が変わるというのか? 

ーーそうじゃジョバンニ。いい子だ。おまえさんの成す事は、世間並みの些事ではありゃあせんよ。神さまに近づことする者だけが、おまえさんの悩みを知っておる。他の誰にも解らんよ。他の誰にもな。じゃがひとたび悟った日には、絶大なる喜びに感動し打ち振るえることじゃろう。世のことわりを知った喜びにな。あの世にもこの世にも通用している、まことのことわりをの。旅の終わりは、まだまだじゃ。まだまだ旅はつづく。

自分を被害者と見なすのは、自己否定じゃよ。被害妄想にかられた相手が悪意をもって為したことでもな。飽く迄、わしらは創りぬしだ。おのれの世界の一切を司るオールマイティ、全知全能の神さまなんじゃ。

覚り、覚り、悟る者の悩みは俗人とは質がちがう。悟り悟り大悟する者に、相談できる相手はおらぬ。できるのは、ただ思い出していくことだけじゃ。おのれの内なる神さまをの。崇高なる意思を。真理を紐解く情熱は静かじゃ。あらゆる出来事をわが志を遂げるハズミと見なせよ。思い出せ、おのがまことの名を。

恥ずかしがることはないぞや。

 

そう言い、笑い声と共に消えていく。

 

こうして、すこしでもわたしが自分を見失いそうになるとこうして親方が語りかけてくる。時折出てきてそちらに傾きそうになる人間的な反応を禁じていたのは、親方の思いやりだったのか。

実は、ストーリーを進めるために割愛した部分がある。ベッドに横たわっていた間、思い出していた親方の言葉たちだ。いや、心に直接語りかけて来るような親方の声。それはまたどこかで語る事にして、いまは先に進もう。