8月25日の夜中のことだ。

明かりを消して横になっていたわたしの胸に久しぶりに何かが入って来た。

わき出したのかもしれない。

ハートが膨らみ圧迫する。

 

おおきく息を吸い、長く吐き出さざるをえない。

ふーふーと何度も大きく呼吸する。

何かを伝えてきているようだ

だが、思考したことのないパターンで伝えてくるため、言葉に変換できない。

そう言うと、わたしが言葉にできる事柄に変えたようだ。

 

「竹内巨麿は、外縁者であったが、それ故に長老達があえて話して口伝の内容を外に出させた」

まず第一に言葉になおせたのはそれだった。

門外不出の口伝を外にもらしたのは巨麿であったが、正統な口伝の伝承者である長老達がする囲炉裏端での話を盗み聞きしただけで全部を記憶していたわけでない、とわたしはどこかで読んだ本に書いてあったことを信じていた。

ところがそうでない。と言うのだ。

正統な口伝の伝承者でないからこそ戒律を破ることができる。それ故に巨麿にやらせた。本当かどうか分からない。だが、さもありなんと思った。

 

次に訳せたのは「おんなどもが喜んでおる」ということだった。どこのおんなが喜んでいるのか、分からないでもなかったが、どうでもよいことだった。余興を入れたのだろう。

 

巨麿のことが解った前後から、1枚の白黒写真が映像として浮かんでは消える。

出口王仁三郎である。

鶏冠のような帽子をかぶり起立した全身写真の目が生きているようにこっちを見ている。

気骨のある頑固で畏れ多い人物かと思っていたが、どうもそうでもなく、優しく柔和で繊細で精妙な感じがする。

 

そしてもうひとつ、大事なことを伝えてきている。

だが、なかなか言葉にならない。

ふーふーと深呼吸し続けるが、何を言っているのかつかめない。その夜はそこで終わった。明確に言葉にならなかった。胸のエネルギーも鎮まった。しかし、胸に入ったのだから、あとで何かのきっかけで変換できるだろう、と思った。

 

『相似象というものがあるなら、大本から教団解体を自ら行なうべきである』

 

どうやら、かれが伝えて来ているのは、そういうことだ。

昭和10年頃、大本は焼き討ちにあった。天津教などと共に。

その時、王仁三郎はこう言ったそうである。「今、大本に起きていることは世界の縮図である。これから、日本や世界が体験する事態である」と。

彼の予言通り、このあと支那事変が起き、日本は泥沼の戦闘を繰り返すハメになり、世界の主要な国と共に壊滅することになった。

 

「宗教団体をなくす」

実のところ、数週間前から、そんな考えが取り憑いて離れない。

宗教団体というものが、広い宇宙を見渡しても地球に特有なものであることは知っていたし、わたし個人、教団の必要性を覚えない。ごく少数の人が開眼、覚者の教えを守っているのは構わないが、信者を増やし続ける団体の存在理由首をかしげてきた。が、なくす、とまでは思っていなかった。

それがこのところ、なくす、と思い始めていたのである。

予め伝えていたことをもう一度伝えてきていたのか?

さらに敷衍するなら、なにか。

 

微細な事象に全体に起きることが含まれている。

これがあらゆる占いの基本となる考えである。《全体と個》がそのような関係であることは、オカルトやエソテリックな密教者にとどまらず、まともな仏教者、基督者、哲学者、心理学者なら当然の理である。古道、神道に携わる者で知らないならモグリである。(どの程度自覚しているかは別としても)

 

では逆に、

 

これから世界で起こしたいことを小さな、いち団体から始めよ。

 

おそらくは、これをプッシュしていたのではないか。

わたし自身、そこまで求めるのはどうだろうと躊躇していた。

自らで自らの殻を壊せ。

それを強く言う勇気はなかった。

いまの人間のレベルを考慮すれば、あれはあれで仕方のないところもあったろうし、それなりに飯を食う所になっているのだろう。と妥協していた。

 

明治維新は、武士階級が武家政権を倒して成立した。

武士道精神は武士階級だけが保持するものでなく、国民全員に分けられ、戻された。

これが、ひのもと、おおやまとスメラみくにの精神である。

 

大本に志があるなら、やってみな。

 

団体の殻(カテゴリー)を壊し、自分で自分を幸せにする、健康にする、運を創っていく術を撒き散らせ。それが、大本の意志を最大にする唯一の方法だ。信者を増やし、教団をデカくしていくのではない。自らの手で自らを壊すことでより大きくなれ。

 

これからの時代ならやれる。

これまで宗教団体があったのは、方便だ。次善の策として仕方なく存在させていた。

よき教師を養成するためだ。

いまこそ、日本中に散らばり、教えよ。

 

教団に力はない。

神社に神のエネルギーは降り注いでいない。

これまでそうだったのは、個々の人間が自分にはだいそれた器はないと信じて疑わなかったからだ。

求めよ、さらば与えられん。

おのが身に大宇宙のエナジーを引き入れよ。

 

医師と協力せよ。

教師と協力せよ。

人々の中に分け入り溶け込め。

教団の肩書きをちぎり捨てよ。

 

経営者に力を貸せ。

政治家に教え諭せ。

国民のひとりとして断固とした決意を示せ。

団員をばらけさせよ。

 

病気をなくし、争いをなくし、好き運を創り出せ。

 

それが世界を救済することだ。

 

地球を救うことは、銀河を救うことだ。銀河を救えば大宇宙が救われる。

大宇宙を救ってこそ、おのが救われる。

 

救済とは、おのが宇宙とひとつであることを知ることだ。

お仕着せの同情とはちがう。

信者への甘い同情が教団自体の甘さである。妥協するな。壊せ。

必ず救われると、必ず摂理と一体となると決意せよ。

教団を壊わしなくすことが摂理を人々に戻す最善のことである。

 

病気にもなれる自由さの中で健康であり続ける自由さ。

運の悪いままでいられる自由さの中で奇跡に恵まれ続ける自由さ。

大戦争を起こす自由さの中で調和の取れた社会であり続ける自由さ。

 

地球は自由な星ぞ。宇宙いち自由な世界ぞ。

 

大本にこころざしがあるなら、初めにやれ。