宗教団体も病院もなくなっていい。

だが、なくなるプロセスとして、ふたつは協力していくのが賢明だ。

精神や霊体だけ。

肉体だけ。

と、分業するのでなく、両面から病気を治すアプローチをするには、一緒になって取り組んだ方が好い。

本当は、仕事や勉強、スポーツや武術、藝術などを向上させて行く中で、霊格を上げていくことが病気にならない健康法の最たるものなのである。ところが現在の社会意識の創り出した通念やシステムは個人を圧迫する場面もある。休息を得るために病気を創り出す。

病気になって、それも深刻な状態になって初めて人は人生に取り組みがちである。やっと自分を見つめようかと眼を開きかける。

ところが、病気そのものに意識を集中させることは、自分が病気だと定義をするため治り難い。

肉体の病気は霊体の物理的表現だとすれば、霊体を直すために精神や肉体の両面から働きかける。これが、病気以前より幸福で運の好い健康な生き方になる賢明な方法であろう。

それを今は、互いがどっちかだけでやろうとする。互いが互いを批判しているという状態だ。

医療と心霊の協力。

これが、病院をなくし、教団をなくす最善の方法かもしれない。

病院は病人や慢性病者を増やし、教団は依存者を増やす副作用があり、いまは副作用の方が深刻になっている。

個々の医者やヒーラーは善意に満ちた賢明なる人たちであるが、システムが好ましい結果とは異なる事態を作り出している。

それでますます医療費は高騰し、不幸な信者がいつまでも教団にしがみつく。

同じ建物の中に医師とヒーラーがいて、どっちがどの程度診るのか話をしながら同じ目的を果たす。これからしばらくやっていくのはそういうことだ。

そして終いに、医療と心霊が個々人に統合された時、病院も教団も不要となる。

水や空気、食べ物に毒を混ぜようなどとは思いもよらないはずだ。