留守の家に居ると、男が入ってきた。足音に気づいて振り返るや、立ち止まった。しばらくじっとこちらを見ていた。親方もわたしも不意を突かれたようになり、動けなかった。

「なんだい、同業者か」

男が口を開いた。

「そのようじゃな」

と親方が応じた。

誰だ、お前は、と聞かないし、

逃げもしない、

互いに家の者でないことが分かった。

「なんか有ったかい?」

空き巣が聞いた。

親方は首を振った。そしてそっと、宝のありかだった床板の上に立った。

「そうかい。このところ、不作続きでいけねえ」鼻をすすりながら空き巣は言う。「仕事もねえし、あっても雀の涙みてえな賃金だ」

背を丸め、片脚を引きずるように歩く。前歯が一本抜けていて、上部が髪からはみ出している大きな耳が印象的だった。ちょっと外に行きかけたあしを止め、わたしたちをやり過ごし、家の中を物色しはじめた。

「親に捨てられ、ガキんころから他人にこき使われてよ、獲得したもんは全部もってかれちまい、挙げ句、いざ盗もってだんになると、何もねえときている。地獄だぜったく」自嘲気味に笑いながらブツブツ恨みごとを言い始めた。「こっから天国に昇ったり、地獄に堕ちたりするってのは、ありゃ噓だな。正真正銘、ここが地獄だ。ゥワハハ。この広々とした世界がよ。そう思わねえか?」

広げた両手を閉じた。腰をかがめてヘコヘコし、卑屈な笑みを浮かべる。アバタのある顔の皮。団子鼻。腫れぼったい瞼。薄い眉。厚い唇。頭頂部の禿げた、ゴワゴワした豚の尾のような赤茶けた頭髪は、ところどころ脱色し白っぽくなっている。

「ったく、生みっぱなしの親を恨むぜ」言いながら男は引き出しを開けたり閉めたり、額の裏を覗き込んだり燭台を持ち上げたりした。「才能も金も土地もくれなかった親をよ。かわりにたんまりとくれたもんとくりゃ、ぬぐいがてえ憎しみだけだ。うへへ。だがな、おらが生まれた時のお袋の落胆した顔が目に浮かぶぜ。望まねえ子をうんじまった後悔と恨みだ。おらは母親にたんまりと悲しみをくれてやってたってわけだ。お互い様だ。ざまあみやがれ、ワハハ」

あごについたヨダレを右手の親指のあたりでぬぐった。そして今度はテーブルの上にあった編みかけの毛糸を持ち上げひっくり返した。

「しかしよ、ガキん頃からいろんな仕事に放りやられてきたが、何やったって結局は、土くれ掘りと石運びだったな。屋敷建てようが橋かけようが墓こさえようが、やるこた皆同じだ。そして、現場で大声出して怒鳴っているやつぁは、決まって片脚の動かねえカタワか耳の聞こえねえツンボときている。なぜだか、解るけ?」

男は愉快そうに笑った。

「だが、仕事は仕事だ。噓はつかねえ。やったなりハネ返って来る。こんだけ力入れて掘りゃ、こんだけ掘れる。こんだけ力入れて運びゃあ、こんだけ動く。ところが面倒なのは人間だ。ひとを虫けら以下に扱いやがる。ありゃなんじゃ? ある時気がついてみるとよ、広い土地を支配して豪勢な家に住み、贅沢の限りを尽くしている連中がいるじゃねえか。聞くところによると、あいつらには生まれつきの特権というものがあるってえじゃねえか。てめえらに都合のよい考えを押し付けて従わせ、従わなければ殺してもいい、他人の持っている財産も元々は全部自分たちの物だから返してもらうべき物だ、他人をアゴでこき使っていい、そういう『権利』とやらを、生んだ奴が持っている子らは受け継いでいることになっているそうだ。

おれの思いなんぞまったく通らねえ。おらの望みとはお構いなしに、辛くてきつい仕事ばかりやらされる。どうしてこんなことをしなけれりゃ食ってけない? 神様は世界を平等につくられたんじゃなかったのか。さんざんすったもんだした挙げ句、最後は己を恨み憐れむしか手がないときている。だから最初から憐れみっぱなしで、憐れんでもらうと反発しながらもすがりついちまう。憐れなもんだぜ、まったくよお。

その権利とやらのこんきょになっているのが、キンだ。金を持ってるやつあ、なんもしねえで命令だけして、あったけえ所でうめえもんを食える。好い女に着飾らせて横に置いておける。奴隷を上から、隠から働かせ、自分たちでは指一本動かさねえ。

奴隷から抜け出すには、金を持っていなくちゃなんねえ。金を持ってりゃいい。金をもってさえすれば、奴隷をこき使える。どっかに金はねえか? 知らねえか、たんと金の埋まっている場所をよ」

親方は無言で首を振った。空き巣は恨みっぽい顔でつまらなそうにこっちを見た。そしてつまんでいた家主の帽子を乱暴に戻すと背を向け、辺りを見回しながら庭の方に歩いた。

「しょうがねえ。中になけりゃあ、外のもんを頂くとするか。こちとら腹ぺこでよ、金の前に食いもんだ。食わなきゃ金も探せねえ」男は今度こそは本腰を入れて農家の庭に出てあちこちひっくり返し始めた。「それもこれも、領主や教会の連中のせいだ。ケッ、あいつらめ、貧乏にんからさんざん搾り取ってんだからな。おかげでこちとら食うや食わずで苦労ばかりしてきたんだからよ。すこしは恵んでもらってあたりめえだ。それもーー、領主さまの持ち物ときている、土地づきの呑気な農家からな」

威勢のよさとは裏腹に、腹や脚の付け根のあたりの弱々しい脆さを感じた。醸し出されている雰囲気はどす黒く淀み、皮膚はトゲトゲしていて、何かドロッとした物を引きずるような、まるで地獄が歩き回っているように感じた。

 

「地下室の木乃伊が両耳にイヤリングをしていたのには気づいたか?」

先を急ぎながら親方が聞いた。憶えている。和紙のようになった大きな耳を。そしてその下に着いていた光に反射した何かを。

「日頃は髪の毛に隠して見えねえようにしているが、あれがやっこさんの虎の子の金(きん)なんじゃ。耳たぶに空けた穴に金製の輪っかを通し、それに真ん中を打ち抜いた金貨を重ねて行く。重なるごとに重みが増して、耳たぶが垂れ下がる。すると、髪の毛の裾から尻を出すというわけだ。わしは、そいつを見逃さねえ」

 

とするとあの木乃伊は、偽物をつかんだかわりに、本物の金を幾らかもたらしたということになる。おそらくは、他の盗人(とうじん)たちの中にも同じように全財産ごと移動していた者もいたのだろう。

なんということだ! 盗みに来てまんまと全財産を差し出させられる。残酷なゲームへの参加料を支払わせられるのだ。

地下に横たわっていた男の喜悦した表情を思い出した。

さっき地獄と言ったのは間違いだった。あそこは愉楽の園だ。娑婆こそ地獄の者にとって人生最大の夢を見られる天国だったのだ。地獄そのものの男が地獄で見つけたのが天国だった。一生かけた金と引き換えに。彼の世界は冥福そのものだったにちがいない。おぼろげにそんなことを思っていると、

「ほれ」と親方はポッケからリングを取り出した。「これが今日の収穫物じゃ」

いつのまにか、親方は両耳についていた金貨のイヤリングを拾っていた。和紙ごと。