すっかり暗くなっているとはいえ、カンテラをふたつも灯しながら歩いている姿が見つかっていないわけがない。闇で編まれた羅(うすもの)は身を隠すというより、捕縛するための網となっている。生還した者を館のあるじが見遁すだろうか。すでに手を回して、どこかに待ち構えているはずだ。耳を攲て目を凝らし、自分たちの立てた音以外の気配に異様に敏感だった。心臓が体中を圧迫し、肺は喉を押し上げ、鼻の奥がじんじん痛んだ。不測の事態が降り掛かることを想像する度に生きた心地がしない。地上のこの場こそが地獄。だが親方のふいのひとことは、そんなわななきを引き破った。
「ありゃあ、いつだったかな。ほれ、真夏の暑い、とりわけ暑い日があったじゃろ。あんときだ、憶えてないか」
暢気な口調で語り出す親方を、ちょっと潤んだ目で見上げる。どうしてわたしたちをこの館のぬしは見過ごしているのか? どこかに隠れた手下が襲いかかってこないのか? さっきから発しようとしていた問いが胸のどこかに揺り戻ってくるのを感じながら、足早に歩く親方を追いかけるようについていく。
「追っ手はこねえ、心配すんな。どうしてか? 生きて出てきたいうこたあ、何も触っていねえってこった」
仕掛けも作動していないし、その秘密も知らない。なにも持ち出した物はない。第一、盗られて困る物は置いていない。偽金だとバレたとき、ぬすっとは出所を言えない。剽賊がバレるからだ。どこかで吹聴したとしても、やってくるネズミは罠にかかって闇に葬られるし、諦める奴が増えるならそれにこしたことはない。
「だから、むしろ生かして放したいんじゃよ」
親方の一切憂いの含まれていない物言いに、ーーそれでも釈然としない感は残ったが、雲間に太陽がのぞいた気がした。
