眼を閉じたまましばし茫洋としていると、記憶は錯綜し、いろんな場面に飛ぶ。

 

親方と民家に入る。黙って目で合図する。ココにダイジナモノがカクシテアル。そこはタンスの一番下の引き出しの奥だったり、壁にかけた物の裏だったりした。親方はそれを取り出して見せると、また元に戻した。

「金のない奴から盗るわけにはいかねえ」

と言って、むしろ足の付かない金貨だとかを入れておいたりした。親方がここだ、と指定した所には必ずといってよいほど何か隠してあった。金の粒、銀の粒、指輪、ペンダント、誰かの形見、陶器や金属のマリア像、イコンなど。留守宅を狙って数件、〝勘〟を確かめたあと、いよいよ目当ての場所に向かう。

たいていは教会だった。司祭だとか司教、あるいは助祭というのは吝嗇でカネに執着する者が多かった。そしてどういうわけだか、みな一様に〝つぼ〟にコインが入れている。

献金箱や袋を管理する担当者はその日のあがりをかぞえる際に、手に粟がつくのらしい。目はまっすぐに前を向いているのに手が勝手に動き、ひとつかみ懐に入る。それを彼らは〝天使の分け前〟と呼んでいた。

無給で奉仕している彼らには、何事もひとくちだけ上前をはねるのは当然とされていた。神の恵みを粗末にしてはならないという理由で、杓にこびりついた野菜や焦げたパン、食べ残しを頂くのである。

それがこうじて、先に残飯になる分を頂くというわけだ。食べ物はすぐに金品へと遡り、運ぶ者がひとつかみ。数える者がひとつかみ。司祭の部屋に持って行く者がひとつかみ。修道士たちは、苦役だ。重労働だと忌み嫌いながら、その実、先を争ってやりたがった。

「ぜんぶをちょろまかして逃げられない身が苦しい」

きっとそういう意味じゃろうて。と親方は皮肉を言う。

給仕している盆に並んだ皿のスープをすする。奉仕している恨みからか、不当に多い利益をかすめとっている。貧そな身なりをしていることの埋め合わせをするためか、蓄財が生き甲斐になっているようでもあった。

上の位になればなるだけ、金(きん)が増える。金だけがたまった壷が戸棚の中に無造作に置いてある。それに手を突っ込んでひとつかみだけ頂戴する。

「こりゃあ、神様の分け前だ」

親方はそう言って笑う。

「やつらにとって金を盗られることが痛手だと思うかね?」帰りしな、大通りを歩きながら親方がたずねる。「答えはノンだ。なぜだか解るかね」

「つぼが・・」

「そうじゃ、さすがに察しがよいのジョバンニ。あの壷こそが最も高価な物であり、富を生み出す源泉と信じられておる。見てみい、教皇さまを。※おつむに壷をかぶっていなさる」

と言って笑った。

「なんでもな、大昔この辺りには、頭の長い人間が治めておったという伝説があってのーー」

 

※ いま現在の二股のかんむりとは形がちがっていて、紡錘形をしていた。