ずしんと重く心にのしかかった。

古賀先生にプールサイドで言われたヒトコトがである。制限され始めたとはいえ、当時はまだ担任の裁量は相当にきかせられたようで、泳げるくらいに温度が上がれば、先生はすぐに僕らをプールに連れ出した。

「きみは」

と、先生は言った。

「すぐに、自分と異なる者をさげすむね」

先生はみんなの前で僕を批判した。僕に対する初めての批判だった。六月の半ばくらいのことだったろう。黄緑色をした桜の葉は、面積を広げていた。きつい口調に思えた。これまで、なんでも僕の言うことを取り立て認めてくれていただけに余計きつく感じた。僕は下をうつむいて聞いた。耳をふさぎたくなった。

いつもの笑顔は消え、真顔で先生は言った。おもえば、あんなにスムーズに新しい学校に溶け込めたのも、かれが誠心誠意、僕を守り立てようと尽くしていたからだ。

鼓動が頭を支配し、振動が耳から外に出ていきそうだった。いたたまれなくなって、逃げ出したくなった。しかし、それもかなわないとなると、耳鳴りがして彼の言葉は聞えなくなった。けれどもかれの意は、まっすぐに僕自身に届いてきた。

「癖になっとっちゃん」

父は人から欠点を指摘されると、すぐにそう言ってタメにしたが、僕が人をさげすみ馬鹿にするのは、この父の癖が移ったのが半分、それともう半分は、他人と同じでなければからかられる、からかわれないためには先にからかうという人間関係に呑まれていたからだ。と、言い訳したかった。けれど、そんなことをしても無駄だった。先生の眼は僕の浅はかな想いを鷲づかみにしている。もし彼の指摘が的外れな押しつけなら、僕は言い訳しようとも思わないし、あざけろうとも逃げ出そうともしないにちがいない。じっと冷静に彼の言葉の意味を正確に知ろうとするはずだ。その上で、勝手な妄想で責めているなら、きちっと弁明するだろう。しかしそうならないのは、僕の根底にあるのは、自分への自信のなさだった。

その日、プールサイドにぽつんとひとりで立っていた南原くんが目に入った。

「気持ち悪い。お前は宇宙人みたいだ」

僕は顔をしかめて言った。南原くんは、戸惑ったように小刻みに体を動かした。

逆三角形をした彼の顔は、いつも青かった。ひょろひょろして、あばら骨が浮き出ていて、その上ひとりだけ白いベルトのついた水泳パンツをはいた彼は、グレイタイプの宇宙人そっくりだった。その宇宙人がひとたび泳ぎだせば、溺れまいとして必死にバタつくから、水面に落ちたカマキリがもがいているようにも見えた。

「そんな胸、みせんなよ」

上半身裸の南原くんの胸には、縦にザックリと切った痛々しい手術痕が残っていた。それは理科室の人体模型の皮膚の断面を想起させるものだ。そしてさらに生々しいのは、ミミズ腫れのような手術痕の両側には、ちいさな穴がぽつぽつと並んであいていることだった。

「心臓の手術なんて、怖くないのか?」

少し前、廊下にいた彼をつかまえて僕は聞いた。うらなりの青びょうたんという言葉がぴったりの、透明な皮膚をした植物的な雰囲気の彼は、教室では本当に目立たない生徒で、怒りもせず、笑いもしなかった。ひとこともしゃべらず、かといって沈黙を決め込むことでなんらかの雰囲気を醸し出すわけでもなく、予想に反して、世の中を恨み、ひがんでいる者から漂う嫌悪感などみじんも感じさせなかった。不思議なことに、かれの直前にいると、どこか落ち着いた、人生に義務などないといった達観すら感じさせる安らかな気分になった。

「怖いのは、想像だけだよ。手術台に乗った瞬間、どうでもよくなった」

ちいさな声で南原君は言った。なんというマセた経験を持っているのだろうか、と僕は思わなかった。たしかにその通りなのだ。彼の言う通りの経験は僕もしたことがある。けれど、それは耳鼻科で顔の穴という穴を突き回される程度のことだ。が、この時の僕は神経の閾値というのを知らなかった。鉄砲で撃たれようが、タンスの角で足の小指をうっつけようが痛さは同じなのだ。そして、心臓手術がちいさな怪我で破傷風になるより死亡率が高いとも言えないのである。しかし、おおきく切れば切るほど、痛みも大きくなると想像して、僕はとても恐ろしくなった。

実のところ、台に乗るまでも心臓をドキドキさせられない彼は、不安な想像すらできなかったのかもしれない。

「病気を理由に水泳を休んだっていいんだ」

と先生は続けた。

「服を着て見学していたっていいところを心臓に無理をしてまで、手術した体をさらしてまで、参加してるんだぞ。おそれることなく自分の体をさらしているんだ。人の目に鈍感だからではない」

僕は罪悪感で胸がはち切れそうになった。

「あやまっておきなさい」

そう言うと古賀先生はそっぽを向いて他の生徒に指示を出した。

空気の良い田舎で療養するという理由で、南原くんは去年、福岡市内から転校してきたのだった。祖父母の家があったらしい。先天的で重篤な心臓の疾患をかかえていて、すでになんどか手術をしているらしかった。心臓の機能が不全なためか、栄養が体にまわらないようだった。彼が先生のクラスにいたのは偶然ではない。僕と同様、ケアの必要な生徒であったのだろうし、今回のことは、その生徒同士のバッティングであったのだ。


それからというもの、チャンスをうかがった。掃除の時間に同じ区域の担当になった僕は、プール脇の樹木の茂みに彼を追い詰めた。百葉箱とオアシス運動の看板があった。

南原くんは不思議そうな顔で僕を見上げていた。心臓を落っことしそうな気持ちだった。頭が痛かった。どこを向いていたのか分からないくらい視界が狭くなったのを覚えている。やっと口を開いてやっと詫びの言葉をはいた。

「いいよ、ホントのことだもの」

意外にも南原くんはそう言った。細くてかわいい、それでいて芯のある声だった。

「鏡、見たよ。もし、ボクが君だったとしても、ボクを気持ち悪いと思うと思う」

なんだ。うそばっかり。ちっとも、気にしてないじゃないか。とさえ僕は思ってしまったにちがいない。

「気持ち悪いと思っているのに、そうじゃない態度をとられる方がつらい・・・だから、うれしい」

と彼は言った。なにを言っているのか、さっぱり解らなかった。

「それに、ぼく、うちゅうじんてあだ名、気に入ってるんだ」

もう、半分くらいしか耳に入っていなかった。けれど彼は、か細いけれどもしっかりした声で言った。

「ぼく、うちゅうじんに、・・・なり・・かったから」

「とにかく、謝ったからな」

などと言い、そそくさとその場を離れた。


南原くんは一学期の終わりくらいから学校に来なくなった。

「夏休みに、もう一回手術をするそうです」

と先生は言ったきり、詳細は知らされなかった。いてもいなくても大差ないと思えた。


夏休みが終わり二学期も終わり冬休みも終わり三学期も終わりに近づいたある日、教壇に立った先生が、あらたまった口調で言った。

「南原くんは亡くなりました」

みな黙っていた。

たぶん、何を聞いたのか自覚できなかったのだろう。

「実は、彼は一学期の終わりに手術を受けていたんです」

すっかり忘れていた。だいいち、南原くんは、見舞いを断りつづけていたのだった。誰かが先生に申し出るたびに、「来て欲しくないそうだ」とか、「病状が思わしくないから」などと理由を言って先生は暗い顔をした。そして、自分が見舞いに行った時の様子を語った。南原くんはベッドの上で、星の図鑑を毎日読んでいるという。

「一週間くらい小康状態が続いて、回復するかと思われていたんですがーー」


南原くんは、半年も前に死んでいたのだった。

来年はまたクラス替えがあり、担任もかわる。通知表はどうなるのだろう。そんなことに関心の大半が移った時期だったので、彼のことを占める心の余裕はなかった。

短い間だったけど、四年一組のみんなと一緒に過ごせて楽しかった。とかれは言い残して息を引き取ったそうだ。その情景を想像すると、茫然として、なんだか、とても遠い昔の記憶を呼び起こすような空虚な気分がした。

それだけじゃなかったはずだ。きっと、他にも悪口を言った僕への恨み言も吐いたにちがいないと思うと、気がめいってきた。

「手術をしなければ、余命数年、受ければおとなになるまで生きることができるかもしれないが、失敗すれば死んでしまうという大手術だったんです。十時間以上の大手術だったこともあったが、南原くんは、みんなと同じ十歳で、生きるか死ぬかの選択をしなくてはならなかったんです。それがどんな決断だったか、わかりますか?」

と、古賀先生は言った。が、僕には、まったく想像のできない事態だった。

もし自分が目を覚まさなかったら、そのことは学年が終わってからみんなに伝えてくれ

というのが彼の遺言だったそうだ。

「少し早いですが、いま、みなさんに伝えます」

なぜ、そんな手の込んだことを彼は望んだのだろうか。クラスメイトを悲しませたくないからか。それとも、早く忘れて欲しかったからか。きっと、彼なりの配慮があったのだろうが、真意ははかりかねた。

クラスメイトは、なにも言わず先生の話しを聞いていた。誰ひとり口を開かない様子を見て、みんな冷たいなと思えた。


ひとりだけ、顔をふせて泣き始めた女子がいた。

あとで、その子に呼び止められた。新校舎へつづく渡り廊下の先にある手洗い場の横だった。

「わたし、南原くんのこと気持ち悪いと思っていたの。宇宙人みたいだって嫌っていたの」

そして、自分がそんなことを思っていたのが申し訳ないと言った。

僕は、プール脇で彼が言ったことを伝えた。

「よかった」

と、その子は顔をあげた。

「でも、南原くんは、実際より半年長く生きてたのね」

言うと、その子は明るく挨拶して僕から離れていった。

そうだ。僕らは半年間、かれが生きていると信じていたのだった。信じている間、たしかに彼は生きていたんだ。

それが、発表を遅らせた彼の真意ではないか。

葬式に僕らは呼ばれることもなかった。だからなおさら彼の死を意識し決定づける機会と経験を持つことができなかった。

けれど彼の真意が判明しなかった僕は、南原くんとのやり取りを何十年も胸にかかえてきた。何十年も憶えていた。


ちょっといてすぐに死んじまった奴、で終わらずに彼がいまも僕の中で生きているのは、あの不思議なタイムラグがあったからかもしれない。