アントンの耳は、聞きたくないことを聞かなければならない時はつんぼになり、どうしても聞きたい時には高性能の集音器となった。(臭覚を使っているようにも思えた)


その内だれも話しかけなくなったし、まともに相手をしなくなった。アントンは、みじめな世界観の中に棲み着いて居るように思えた。狭く暗い所で目を塞ぎぐるぐるぐるぐる回っているようにみえた。常に平衡感覚を失っていて、吐き気のするような不快感に酔っている。その臭気を自分で吸い込み、さらに悪酔いする。

「やあ」

ひとりで居てさみしそうだったので声をかけた。するとアントンはこう言った。

「おらの金貨、もらおうとしてるんだろ」

ちょっとわたしは声を失った。こう言われるともう、取りつく島がない。わたしはちょっとオロオロしながら、苦い顔をしたにちがいない。軽蔑していなくても、独り合点に軽蔑されている、という状態があるのだと知った。

「へっ。黙ってるとこみると、図星だったんだな」

そうだと答えても弁明しても同じ結論に達するように思えた。こうなるとさすがに、外れ者より外れ者のわたしでさえ、距離を取らざるを得ない。ますます彼は殻にこもる。


この時代、アントンは、あくまでもどこまでも「オツムの足りない奴」でしかなかった。頭の中に入っている脳味噌の出来が、人格や運命や性質を決めていると信じられていた。前時代に支配的であった、血筋が全てを決定しているという断定から、戦争で頭をやられた者が異常な様相を呈するのが多く観察されたため、多少医学的な見方が現れたのであるが、結局のところアントンは愚者、馬鹿者、使い物にならない奴、役立たず、性根のたるんだ奴、怠け者、おとな未満の半端な奴、以上の存在ではなかった。せいぜい「ガキみてえに甘えた奴」という同情があったにすぎない。

しかし、この時代の見方への反省として、現代風に精神的欠落と捉えてアントンの性質を過剰に保護する必要があるのだろうか。悲嘆に暮れたり悔やむだけの度量があるのなら、魂の未熟さによる盲目、曖昧模糊、あるいは錯綜した思考から出ているのではないかと思われる。それが卑下・罪悪感・センチメンタリズム・被害妄想などに派生しているのであり、己の未熟さを認めることができれば意思をもって変化させうることではないか。もちろん、言った通りにしなかったからと裁断し暴力で矯正しようとするのは、未熟な魂が未熟な魂に対してやる方法であり効果が薄いだろう。しかしそれ以上に効果がないのは、過剰に保護し〝変化しえない〟と信じ込ませることではないか。


みなしごだということを知って以来、アントンには自分の人生が詰めの決まったチェスで、ついには追い込まれるために手順どおりに動かすのと同じだという諦めが漂っていた。投げ出さないだけマシだと。鈍感と往生際の悪さが彼の忍耐であった。父と母がそろっていてアマツユしのげる家のひとつでもなければ、着実な人生を歩むには条件不足だと自暴自棄におちいっていた。根底には卑屈で自傷的な気持ちがしつこく粘着しているようにみえた。それが不公平感を生み嘆きを創作した。ことあるごとに、生まれてきた後悔を吐露していた。

「どうせおらなんかどうせ」アントンは何かの拍子に突として自己憐憫に落ち入る。ーーこじれにこじれた負の輪廻。「みなしごだから」


なにか咎められるのではないかという恐れ。失敗しているのではないかという恐れ。それが先に立つのか、アントンは早合点をしたり、大声で怒鳴ってまくしたてたりしたものだ。耳が遠い上に、聴く耳がなかった。恐れが人の声を遮断した。聴くことを恐れが阻んでいた。


孤独感にさいなまれて常時寂しい彼は、相手構わず好かれようとしていた。


苦情や言いがかりを引き込むのは、さびしさ、孤独感ゆえのことだろう。恨みまで買うのは、非常に希薄な自己意識のゆえだろう。


殴られて聴力を失った時もそうやって慰めたのにちがいない。


ーーアントン存在のすべての忌まわしさの原因は〝みなしご〟だったからだろうか。アントンがアントンであるのは〝みなしご〟だったからか。アントンをアントンたらしめているのは〝みなしご〟だったからか。

「みなしご」と「不遇」

他人が勝手に結びつけた因果をそのまま信じ込んで悲嘆に暮れる。アントンのやっていたのは、それだったろう。人生の変化を拒否し、ていのよい理由に〝みなしご〟が採用された。みなしごでなければ〝つんぼ〟がその替わりをつとめたにちがいない。死なないためにしがみついているコトバ。


ひとは、何かに苦しみを覚えたとき、親や出生のことを考えるものなのか。そしてすべての原因をそこに置き、そこからこじれにこじれていって、怒りと慰め、加熱と冷却を繰り返しているだけの生き物なのか。他者にとっては無関係な“それ”と“これ”を結びつけて考えるのは、一体何が根拠なのか。


ダニエルに殴られた頭蓋骨がきしむように痛む。キリキリとえぐるような鈍痛だ。


もしわたしの母親がここに来る女性たちと同じように掻爬施術を受けていたら、自分はいなかった。ーーいない方がよかったのか、いた方がよかったのか。


生む選択をしたがために、辛さや苦しみを創り出すことになったのか。いまの事態を思うに、辛く苦しい生涯の行く末がこのザマか、とは思わなかった。だが、途轍もない不条理を覚えたのは否定できない。


ふいに教会の鐘がコンと小気味良く鳴った。鳥がクチバシを当てたのか。


きっとどちらでもよかったのではないか、と思う。いるからには、いた方がよかったとなるように生きてきたとの気負いはあるが、それは望もうが望むまいが常に果たされているし、この世での評価はしょせん世間が決めることだ。


親のいない不幸、親のいる不幸。親のいない幸福、親のいる幸福。


どちらもあって、公平だ。


そんな気持ちがなんとなくいつも心の奥底にあった。


なんだろう、自分には人間としての普通の感情が欠落していた。世間的な通念にうといのだ。それらを発生させるために、むしろ卑小感や被害感を積極的に覚えなければならないとすら思えた。細胞が奮えるほどの怒りや悲しみ恨みつらみを味あわなければならないのではないかーー。その経験は後世へともちこされたにちがいない。いつか、どうにかして、自分を人間の普通の感情を体験する事態に追い込まねばならない。そんなさしせまった欲求が鎮かに眠っているのが感じられた。


母親を恨む気持ちはなかった。父である男を憎む気持ちも。というより、こんなことは問うたことがなかった。ーー生きるのに〝精一杯〟で。とりあえず、わたしには〝みなしご〟だったことによる恐れはなかった。いやむしろ初めて体験する人生をおもしろがっていた。


そんな想いに至ると、いつの間にか痛みは遠のいていた。


みなしごは、スリルがあって超絶に楽しかったのだ。飽く迄個人的にはたぶん、これまでの人生でたどった不遇さを体験したかったから、生まれることになったのだ。手っ取り早く、人間というものを学ぶためにーー。そんな諦観が明瞭にあったか否か定かでない。しかし心の奥底ではいつもぼんやり感じていたことだった。


いま、わたしに起きていることは、わたしが起こしていることで、ーー他者によって断罪されることがあっても、すべて〝善いこと〟であり、その結果を観て在り方を選び直すことはあっても、いやそれだからこそ“全て善”と言えるのであって、両親がいなかったことや他の誰かに育てられたことによって起きているのではない。そこで教えられたことや経験を踏まえて自分で選んだ意識のレベルが創り出していることなのだ、とはっきりと思えた。


わたしはあまりに自由で、苦境にも明るい意義づけをする気質をもっていた。時代の、あるいは土地のしきたりや掟に囚われ縛られている他者からすれば、わたしの存在そのものが反逆であり恨めしい、憎悪の対象であったかもしれない。それが意図しない、わたしの現実を創っていた。無意識に創り出していた結果であろう。なぜ、そんな挑戦的な結果が生じてくるのか?


神=私は己の霊的栄達を中止させることはないから・・・。


周囲が冷え込んできた。腰のあたりが寒い。わたしは身を縮め毛布にくるまった。


本当に教会の片隅に捨てられていたのか? 突如として親方のことが思い浮かばれた。暖炉の前で話しを聞いている光景と共に親方の温もりが間近に感じられた。

あの目のかけられようからして、親方の実子である可能性はなかったか。どうしてわたしのこの鳶色の眼にあれほど見入っていたのか。親方の亡き恋人の目を伝承していた?

ともかく今となっては確かめようがない。

雪がちらついてきたのか、凍えるような冷気が窓の隙間から浸入してくる。医師はどこに行ったか、あたりは異様に静かだ。親方の温かさを感じたためか、かえって寒さが強調された。


吸う、吐く、吸う、吐く・・・。わたしの息する音だけが聴こえている。目を瞑る。


いろいろ考えてみたが、なにもかも分からない。あらゆることに、はっきりと断定できることなどひとつもない。ーー不安にも似た諦めがよぎった。


だが、ひとつだけ確実なことが言える。


いま、ここに、わたしがいる、ということーー。


ありきたりでありながら、いつも遠くに置いてしまうこと。わたしとそのことの間に、邪推や善悪判断あるいは否定的な感情を並べ立てることで空間と時間をつくる。それがパンドラの匣から出たあらゆる想念へと派生していく。いや、それらが元になって茫洋な思考や感情を造り出しているのかもしれない。


希望


それしかない。今回のことで一体わたしは何をつかむのか。楽しみだ。


わたしの在り様がもたらしたひとつの結果。悲惨な結末。それはおおきく栄達する時を告げている鐘の音(ね)だ。そう思う以外に己を慰める手だてはないし、奥底から最高の喜びがわきあがってくる。

暖炉の前で親方にいだかれながら転寝(うたたね)をした幼年時代。


ーー温かい。暖かい。外気が下がれば下がるほど、親方の想いが大きな光の玉となって感じられる。


すっと眠りに落ちた。