日本だけは、ちいさな島国の中だけではあるが、まるでよくできた模型のように、千年王国を保存してきた。

島国だったからであろうか?

わたしはそう見なさない。

どんなに短く見ても、1500年続いてきた大和朝廷。長く見れば2600年以上、その独自の国体を維持してきたのである。デンマーク1000年、イギリス900年、スペイン530年、スウェーデン490年、タイ230年・・・。世界でも類を見ないスパンで国体を保持してきた。

その国体とは、シラスである。シラスの対義語、いや最も異質なものと言い替えておこうーーは、ウシハクという概念である。一部の特権が国内のその他人々や他国、他民族を奴隷支配する統治の在り方、方法を言う。シラスは、簡単に言えば、知らせ合う・話し合う・分かち合う・協力し合う・讃え合う・伸ばし合う。そんな人間関係、社会の在り方である。まるで天照が稲作を教え伝え広めたその姿そのものではないか。そして両者は対立させる必要もないし、どちらが優越しているか破壊し合って白黒つけるものではない。

好みにすぎない

日本人は古来、シラスを好んだ。これはなにも大和朝廷だけが推し進めたのではない。それまでが、そのような意識で運営されていた社会であったからにすぎない。本当に義のある高度な理念に基づかない方法での統一など納得されないのだ。縄文時代の日本ではいくさや殺し合いがなかったことは遺跡から出土する道具や人骨から判明している。その平和な國が大陸や半島からの侵略によって乱れた。列島がまとまってそれを防御しなければならないという必要性から日本初の統一王朝ができたと推測される。なんらかの権力によって全体が統率されなければならない。そして統一の方法はシラス、天皇スメラミコトを建てた形で誰もが神の子として対等に在るという前提の本に行なわれた。

天皇スメラミコトとは国民オオミタカラのことである。国民(臣民)の調和と繁栄の象徴。

現人神という目に見える形でおわしますが、わたしたちの集合意識の最も気高い部分の具現化されたものだと見なしてまちがいない。

だから、彼を尊敬するとは私自身を尊敬することである。天皇陛下万歳というのは、日本国民、親兄弟、親戚、近所、そしてアジア世界の同胞を想っているということである。弥栄を願う気持ちの表れなのだ。

平安京は、唐の長安を見倣って作ったと言われている。

しかし両者には決定的な違いがある。城壁があるか、ないか。周囲を防御壁で囲っているか。もし、大和朝廷が阿漕なことをやり、奪い、騙し、殺して統一したとするなら、怖くて防御壁を作らないではおられなかっただろう。もし、無理強いと一族郎党皆殺しによって進めていたとしたら、この余裕はありえない。逆に、稲作の仕方を教えて回り、開拓・開墾した土で古墳を作り、それを神社として拝み、稲作のできを案じて見て回ったという関係があったから、絶対に攻められないという自信と人々に対する信頼があったればこその造りなのである。

大和王朝による統一を帝国主義と見なすむきがあるが、そうだろうか? ひとりの王を頂点に他の王を認めないハイアラーキーの西洋社会とはちがうのである。権威と権力を独占した個人とその同族、追従者が富と知識をがめこみ民衆には自分たちの都合のよい観念を信じ込ませる。多くは、卑小意識、被害者意識、罪悪感の文脈に乗せられた真実と歴史であり、宇宙観と人間観である。自信と誇り即ち人間が大いなる神と同じ自己創造力をもっていることに気づかせないよう仕向けることによって盲目者、愚民として支配してきた類型なのである。

日本は、しらすの國である。真理を知らせるのだ。また、日本の神であるアマテラスは稲作をもたらし教え伝えた存在である。おそらくその意思を引き継いでいるものの、いくつかの源流を統合したのが現在の皇室につながる血脈であり神話であろう。しかしそれがなんであっても、天皇スメラミコトが日本の調和と統合の象徴であることは古来より変わらないことだ。皆が納得するのは、高度な霊性であったということだ。

スメラミコトは権威の象徴になり、権力を切り離した。この天才的な発想から、日本はすべての村や豪族が対等の関係として継続してきたのである。ピラミッド型の支配体制ではなく、ひとびとの輪の中心にまるでその想いを具現化するような形で、ホログラムのように映っているのがスメラミコト天皇という存在なのだ。

日本の国体とは、これだ。第二次大戦で軍部や政治家がなんとしても守りたかったのは、この体制なのである。天皇が日本人の本家本元であり、また平和と幸福の具現した存在であるという姿である。天皇陛下万歳というのは、従って、わたしたち日本人すべてを讃えた言葉なのである。天皇個人への忠誠ではない。そうだとしても、わたしたちの心の底にある、高潔な想いや道義心、平和を愛する想いへの忠誠なのだ。

ここまで書いてきた日本の国体について、多くの人が自分自身を振り返ってみれば容易に認められることだろう。わたしが勝手に空想してみなさんに押し付けようとしているのでないことが、きっと分かると思う。

江戸期には《打ちこわし》という庶民のデモクラシーがあった。これの向かう先は、武家であったか? 公家であったか? はたまた天皇であったか? ちがう。幕府の悪政が原因であったとしても、それに対する示威行為であったとしても、打ち壊したのは、商人や役人、しかも不正を働いたとされる者に対して行なわれた。日本人が不正に対していかに厳しいか、そして格差を広げるだけでなく、食えないほどの不分配に対してどれだけ不寛容かを示している。それは社会を支える農民を潰せば社会その物の存立基盤が揺らぐことへの自衛でもあったろうし、また早くにデモクラシーがあったことの現れである。決して権力によってなにもかも押さえつけられていたのではないということだ。買い占めによる物価高騰に対して行なわれているのであり、百姓(武家、公家以外の人々という意味)を護る役割を担っているからこそ領主・藩主を幕府や天皇から認可されている武家を襲っていたわけではないのである。

これらを観ても、日本がオオミタカラである庶民を大いかに事にしていたことが分かる。

悪政は虎よりも猛なり、という言葉は日本のものではない。支那で発明されたものだ。

天皇が命令して無理矢理やらせているだの、天皇がわがまま勝手に権力を振り回して戦争を始めた。帝国主義を推し進め、侵略・植民地支配を行ない、文化や歴史を奪い、人々を強制労働させ搾取した。

そんなことが戦後とくに酷くなった社会・共産主義活動のプロパガンダであることを見抜けないのは、あまりに浅はかで依存心が強く幼稚な者が聞き齧りで憶え込んで信じているカルト宗教にすぎない、と断定しておく。

自分の想い、自分たちの在り方をちょっと自分の眼で観察し、政治イデオロギーの誘導のない史実に正確な歴史をほんのちょっと勉強すればすぐに分かることだ。(と言っても、古事記や日本書紀をそのまま言葉通りに史実と決めつけてはならない。その他の古史古伝、たとえば東日流[ツガル]外三郡誌や阿蘇家文書、竹内文書、秀真伝なども参考にした方がよい)そこに描かれている出来事にどんな精神が通底しているか。それを観じ読み取ることで自分に流れる日本人の意識が分かることだろう。もちろんそれは人類に共通する平和への願いや進化発展への希望であることは言うまでもない。

しかしそんな歴史文献に頼らずとも、わたしたちが何を大切にし、なにを嫌い、なにを目指しているかを己の内に問いかけさえすれば分かることである。

であるから、こういう境地が存在するのである。

天皇の言葉は私自身の想い

誰にでも真似しろと言うのではない。本当に心底、そんな境地で動いていた(る)者もある、と言っているのだ。

誰もが被害者意識にさいなまれたようなみじめなな思いで生きているわけではないのである。

天皇のみことのりは、まさに私の想い。であるから従って当然。これが命に従うという境地だ。生殺与奪を握られた者がノーと言えずに不本意ながら言う通りにするのとはわけが違うのである。(みことのりーー三事ーー想い・言葉・行動 のりーー徳)

しかし、わたしたちの多くは、天皇の言葉に納得がいくと思う。

たとえば、昭和天皇はアメリカをご訪問された時に、原爆投下についてこう述べられた。遺憾には思ってますが、広島市民に対しては気の毒であるが、「戦争中であることですから、やむをえないことと思ってます」どうでしょう? わたしは彼のこの会見を観た記憶もないし、誰かに聴いたこともない。原爆についての見解や感想や認識を議論したこともない。けれども、同じように考えて癒やし諦めていた。怒りや憎しみや恨みをアメリカに向けることはなかったし、政府や軍部に向けることもなかった。先日、この動画を観て、彼が日本人の意識に見事にリンクしていることが解って驚いた次第だ。

天皇でなくてもいい。

自分が最も高度だと思う存在の言葉がその通りだと素直に認める境地でありたいものだ。

これは思考停止して奴隷に成り下がることではない。逆だ。

日本が長くひとつの朝廷の本に断絶することなく続いてきた根底には、いまここで明かした秘訣があるからではないか、と思う。