医院は建物の密接したとても入り組んだ裏路地ふうの区画にあった。

眠ったり起きたりする内にしだいに場に慣れてきた。物音や話し声から、時折、女性がやってきて何か重々しい雰囲気で何か打ち明けるように話す。医者が立ち上がりその後を追ってベッドに横になる。圧し殺したような呻き声の後、しばらく大きな呼吸を繰り返していたかと思えば、嗚咽が聴こえてきて、静かになる。女性はひきつるようなたどたどしい足取りで医院をあとにする。


どうやら、カトリックで禁止されていた中絶を裏で請け負っている心ある医師らしい。

「ああ」とジョルジュは言った。わたしの書いた文字を見て。「そうだ。ある筋を通じて紹介してもらった。カトリックの連中に反感をもつ者たちだ」

苦々しさのこもった言い方だった。

反感? 意外だった。様子を観に来る時の息づかいから、と言っても荒い鼻息なのだが、無言で接してくる医師の心根の優しさを感じていたので。

「カトリックを滅ぼさない限り、われわれは本物の神を見ることはできないのだ」

振り上げるようにジョルジュは拳をすくった。

ーー本当の《宗教》を求めちゃだめだ。それでは同じことになる。とわたしは言いたかった。しかし実際に口から出たのは、ウーウーという唸り声だけだった。

ちょうどその時、このごろ頻繁にある人々の行列の音がした。壁の向うにすぐある塀の外の通りから。七、八人くらいが低く重々しい声をそろえ祈祷しながら近づき遠ざかる。


聖母マリアに栄光あれ 栄光あれ聖母マリアへ

また御身を創りしたまいし者へ

聖母マリア 聖母マリア 聖母マリア

お恵みを お恵みを

恩寵充ち満てる 童貞マリア

納め給え

いとも聖なる 奇跡のマリア

納め給え

お恵みをたれたまえ お恵みをたれたまえ

天主の御聖母マリア われらのために祈り給え

キリストのお約束にわれを適わしめたまえ


文言はこの通りか分からないが、おそらくアベ・マリアの派生のひとつだろう。イエスの道程をたどった物語をバイブルとし、キリスト教を標榜するローマカトリックは、不思議なことにイエスの代わりにその母であるマリアを崇拝していた。当のイエスと言えば、身も露な痩せこけた姿で血を流しながら磔にされて拝まされていた。もちろん、キリストはイエスの名ではなく〝救済〟を意味している。しかもその救済は、イエスどころか、ローマカトリックのPapa(教皇)を通してもたらされる。


「あれに参加すれば、少ない寄付金でこの世の罪を免罪される特典がついているそうだ!」

とジョルジュが言った。

「街中で毎日のように行進させている。あの歌を蔓延させ覆いかぶせてプロテスタントを圧し殺そうって腹なんだ」

ガハ、ゴホッ、ゴホ・・・。わたしが咳き込むとジョルジュは背中を撫でた。だいじょうぶか、すまん、本当はイザベルをこさせるべきなんだがーー。

心配そうな表情で覗き込み、横になるよう促すジョルジュを目を剥いて見つめた。《宗教》ではない。われわれが為すことは、霊性に眼を拓くことだ。たったそれだけが言えない。しばらく沈黙の時が流れた。


「そうだ、昨日、フランシスコって男に会った」