どれだけそこにいたろうか。長いようで短かった医院ぐらし。まるで物置のような窮屈な部屋にひとりいた。窓もなく扉の板の隙間からだけもれてくる明かり。薄暗いが乾いていて空気が清浄なのが痛みには幸いした。

時々、扉を開けて私の容態を確かめる。カメムシだ。菱形の顔に薄くなった髪がモヤモヤと横に走っている。鼻根に丸くてちいさな眼鏡をつけ、小柄でずんぐりした体をコートで覆っていた。

はじめの頃は物が食えず、パンを水でふかしたものさえ喉を通らなかった。カテーテルで、ーー真鍮製の湾曲した細い管を喉の奥に挿入し、ゼラチンで作った甘い煮こごりを流し込んだ。この時代の病院にはたいてい“看護婦”というものがいなかった。特にここは、なんでも医者ひとりでやる。

医者の息で押し流れてくるそれを、母鳥が飲み下し胃液で半分消化され吐き戻されたゲル状の芋虫を喜ぶヒナのように欲した。

生まれてこのかた三十数年の人生の中で、医者の面倒になるなど初めてだった。まずもって病気というものには無縁だったし、

「医者にかかると六なことにならん、第一べらぼうに代価が高額な上に、好奇の目でじろじろ観察されて、根掘り葉掘りたずねられた挙げ句、あちこちいじり回され、ケッ、なんてこった、昼間元気に出かけて行ったのが夕方にどういうわけだか死体になって帰ってきたことがあった」

と親方に聞かされていたこともあって、幼心に病気になってたまるか、と誓ったものだった。わたしの体はまるで無機質な丸太ん棒のように丈夫だった。寒さ、飢え、孤独、嘲笑、ありとあらゆる底辺を這いずり回っていた私にとってそれより辛いものとはなかなか遭遇する機会に恵まれなかった。どんなにささやかな温かさでも幸福で好運に思えた。それが病気との縁を遠ざけたのだろう。

ダヴィンチの言った言葉が深く心に残っている。

「人の体はな、病気も怪我も自動的に治癒するようにできている」

フィレンツェの片田舎の風景が眼前に現れた。髭もじゃの老人が横に腰掛けて話しをしている。

「体の中では小さなちいさな働き蟻のようなものが無数におってな、互いに連絡し協力して、最適の状態になるよう働いている。おまえさんの仕事は、その邪魔をしないことだ。いいか、心配したり、ーー心配だ、分かるかね? 自分が心配している時のことを知っているかな、ああそれから、気を滅入らせたり、自己嫌悪におちいったり、気ぜわしかったり、そわそわしたり、生きていたって仕方がないと落ち込んだり、ーーまあ、そんな気分に浸らない限り、病気はせん。しかしもしそんな精神状態になったら、意思の力で、意思の力だ、分かるか、気分を変えることだ。自分が意思で気持ちや感情や行動を選んだり制御したりしていることに気がついておるか? 酒に頼ることもない、女に頼ることもない、ああそれからバイブルに頼ることも、全くの無用じゃ。金にめがくらんだり、酒におぼれるのは、おまえさんが気分を元に戻さないから起きることでな、酒や女や金があるから人生が破綻したのではない。いいか、順番をたがえるでないぞ。それでも病気をしたなら、それはするべきだったからだ。病気をすることによって、体を元に戻しておる。ゆがみを取って、邪気を寄せつけないようにするために『病気』を生じさせておるんだ。怪我を防ぐにはな、ここは肝心じゃよく聞け、おまえの守護天使の声に耳を澄ませておくことじゃ。これは幻でないぞ。キリスト教とは関係ない。危険は報せてくれる。じゃが、不注意だけは救えん。おまえさんが聞く耳をもたないことだけはどうしようもない」

首を横に振りながら言う。うなづきもせず、ただじっとこの風変わりな老人の声を浴びていた。鳶色のまなこで。

彼の言うことに従うなら、きっとわたしは人生で初めて不注意を冒し、もっと聴くべきものを見いださなければならない時がきたのだろう。ーーたとえそれが人為的な暴力で負った怪我であっても。