グワシっ!
力まかせに殴ってきた。殴ると覆面の男は、はめていた革の手袋を外して懐から袋を取り出し、紐を解いた。中から一枚のコインを抜くと、ーー手の隙間からキラリと光る金色、ーー審問官のひとりに手渡す。男は袋の紐を結んで懐に入れ、手袋をはめなおすと、
バキシ!
そしてまた、渾身の力をこめて殴る。ほお骨が凹む。そしてまた同じ動作を繰り返し、金貨を渡す。ふふ、ふふふはは! こみあげてくる笑気。憎々しげな怒気が目から迸っている。男が棍棒をねじったかと思うと、おおきく振りかぶり、上から叩き降ろす。下からアッパー。
わたしは笑った。さも、おかしそうに。するとますます男は力を入れて殴る。一発殴るごとに金貨を取り出して渡す。
わーっははははははは!
笑顔を作って声をあげる。男の歯ぎしりが聞こえる。
「にどと笑えないようにしてやる!」
思わず叫んだ声から、その主がダニエルだとわかった。
ダニエルは二、三歩後ろにさがり、助走をつけてから叩き付けるように棍棒を振り下ろした。おそらく頭蓋骨の一部が割れたろう、血がしたたってくる。
それでもわたしは、砂漠でにわかスコールを顔面に浴びた時の感激のように笑った。さも愉快そうに。みなしご体験、その過酷な幼年時を生き抜いてきた知恵がこんな時にしか役立たない腹立たしさ。笑うと痛みが緩和される。そして不思議と腹の底から力が漲ってくる。
ハアハアと肩で息をしているダニエル。他人を痛めつけるのには異常なエネルギーの消耗があるらしい。手の甲で口から出たよだれをぬぐっている。それからまた、金貨を取り出して渡す。
罪の償いのために。
わたしは笑い声を立てた。きっとわたしが笑う度にこの男は散財するのだろう。そう思うと、おかしみがわいてきた。さらに大声で笑う。
憎しみと嫉妬のやり場、あるいは正義の鉄拳。いずれにしろ、暴力という罪は金を払うことで浄化されることになっていた。おそらく彼は死後、リンボー(煉獄)くらいにはとどまれるのではないか?
わはははははは!
まるで舞台であげる雄叫びのようにわたしは笑った。するとダニエルは執拗に殴りつけてくる。かれの荒い息が聞こえる。ついでに野たれ死にした動物の腐臭のような吐く息も吹いてくる。
そこに全身を布で覆った黒子が現れる。手には、なにか持っているようだ。別の男があごで指示をする。数人がわたしのところに近寄る。 「おとなしく口を開けろ」
両側から肩をつかまれ、無理矢理に口を開かれた。そして流し込まれたのは、灼けた鉛。
気を失う。ピンと伸びる縄。わたしはまるで砂漠の木に晒された風葬者。
失った意識の中でみえてきたことーー。
街のタレコミ屋に告げ口したのはダニエル。それを男爵に報告。男爵は教会に報告。わたしは捕まる。そこに現れる張本人。免罪しながら罰を与える役を買って出る英雄。なんとも滑稽だ。
