自覚しているだけでもわたしは、デンマーク、フランス、アラビア、殷・周・夏時代のシナ、ミャンマー、伽羅国などにいたことがあるので、ことさら日本びいきで物を観ることはできない。いま竹ノ内姓で、これがどうやら大和朝廷を蔭で作った竹ノ内宿禰の父方の末裔だと分かっても、日本史の光の部分だけを云々するつもりは毛頭ない。よもや、「被害者と加害者の立場は変わらない、1000年恨み続ける」と宣言し、自国を被害者に仕立て上げ、弱者であるために都合の良い事実だけを受け入れ、その他の事実を拒否、否定し、ただただ非を認めろ、謝罪しろ、賠償しろ、などと言うのは、勝利するどころか、みすみす自国の現在と未来を葬り去る事と肝に銘じています。そのような態度こそ、「あのとき、こう言ったでしょう、ああ言ったでしょう」と責め口上ばかりする最低の夫婦関係にも似た愚行であり、歴史の最低の使用方法であると思うのです。そのような周波数にある者とは断絶、無視、無関知がもってこい、と結論づけるのは自然の結果であるのであるのですが、それが攻撃や制裁として行なわれるなら、これは同じレベルでの喧嘩になってしまうと思うのです。日本は、かつて明治以降一度も韓国朝鮮と戦争をしたことがない。これの意味するところは言わずもがな。
無視、無関知を超えて、無、であること。相手をよく知って理解した上での、無。たとえば対韓国についてはそういう結論に達しました。これからあの国は南北統一をしていくことでしょう。この時、自力でできなければその後はありません。人種的にも親である日本は、あえて手を貸さないことも必要です。独り立ちさせるには、黙って見ていることが最善ということもあり、それがいまなのです。考えてもみてください。戦後、さまざまな国が独立し、また分裂した国も統一しました。ところが隣国の朝鮮だけはそのままなのです。なんと米ソ冷戦のままの状態が保たれているのです。それは日本に責任がないか?
もし、朝鮮に対する日本の戦争責任があるとするなら、アメリカに敗戦したことによって、半島に踏みとどまれず、ロシアとアメリカの戦争に巻き込ませたということです。フィリピンからマッカーサーを追い出した時に、講和にもちこめば、まだ、半島は日本の統治下にあり、300万人からの犠牲者を出した朝鮮戦争を生じさせずに済んだのです。そうすれば、朝鮮人による60万とも120万とも言われる朝鮮人の虐殺も、済州島の虐殺もなかったのです。ベトナム戦争に借り出されて大量のライダイハンを生み出すこともなかったのです。もともと国内でせっつき合って楽しく暮らしたいた戦争のできない朝鮮人に、虐殺、強姦、放火、略奪などさせることなく、機を見て、うまく独立させることができたのだと思うと、日本人として責任を感じます。一度も戦渦に巻き込む事なく、無傷のまま、彼らが望むなら近代化を促進してもよかったのでした。だいたいロシアが攻めてくるなど、妄想にすぎなかったのかもしれません。資源のない日本にロシアが興味があったとはにわかに信じられません。太平洋側に軍港を置きたかっただけで、そのために旅順か釜山かそのあたりが欲しかっただけなので、半島から朝鮮人をシベリアに送り、ロシア式の文化文明を築くだけで終わったのではないかと、歴史にもしはないけれど、悔やまれる判断です。
そんなことを思うとますます国体を重視した平和論というものを展開させたくなるものです。しかしまさに、韓国はそれを望んだ、ということでしょう。「これからは、日本よ、俺たちに手を出すな。自分たちのことは自分でやる」そういう決意に思えます。このままどこも手を出さないなら、永遠に分裂したままの半島。いつまでも独立できない国であり続けるのです。1000年もの間、シナの属国であり、日本が防衛のために都合良く併合し、それがなくなれば、米ソの侵攻が拮抗し、38度線で分断し、北は共産主義、南は資本主義になり、北からはロシアとなったソ連が手を引き、アメリカもそこに軍を置く必要性が薄れてもまだ分断したまま。まさに他国の都合でなすがままに翻弄されてきたのです。漢江の奇跡をやり遂げた韓国なら、自力で統一を果たすにちがいない。その宣言が高らかになされたのだ、とわたしは観た。いつまでも他のせいにしてタメにする時代は終わった。そのことは、日本人にも言える。善い人ぶって助けてばかり、甘やかすばかりが親であるとする時期は終わったのです。まだ善い人ぶって援助し続けたら、いつまでも乳離れできない放蕩息子の無心を許し、挙げ句の果てには殴り殺されかねない。
戦後日本の最大の責任は、韓国に手を貸し過ぎた、ということではないでしょうか。甘えの構造ができてしまう程に。もっと早くに手を引いていれば、ドイツと同時期に、あるいはソ連崩壊の直後にでも統一できたかもしれないのです。
今回のパククネ大統領の銅像設置、日本叩きが、集団的自衛権の行使を容認させるためにアメリカが焚き付けた事とみる向きもあります。つまり半島から軍を引きたいから。米軍のかわりに38度線より向うを牽制できるように。ところが反日韓国軍が協力するどころか日本と戦う構えのようなのが誤算のようなのです。戦後アメリカの仕組んだ反日が過剰に硬化を発揮したというところでしょうか。まあ、何事もシナリオ通りにはいかないもので、経済発展した韓国は独自の教育をおこない、主張し始めた。(同じような反日教育をやられた台湾では反日にはならなかったので、反日、侮日は韓国の意思によるとわたしは観ている)韓国には韓国の思惑があることだろう。南北統一、そして中国にくっつく。その共通の敵は日本。そういうことなのでしょう。敵がいなければ、国内でカーストを作ってちちくりあうという平和に戻るか。あるいは、もう一段上にいくか。それは彼らの選ぶことであります。
ところで、韓国が隣にあったことは、日本にとって最大の幸福であった、と思います。
