日本の軍事予算は、このところ世界で4~8位くらいを上下しているようです。しかし、わたしの若い頃には、世界第2位というところで不動の地位を占めていました。戦争放棄、平和主義の国と教えられる一方、その世界有数の軍事費に対して疑問と意義を唱える人も少なくなく、このことは憲法がなにを記述していても、いつまた戦争を始めるか知れたものではない、という恐れを増長させさせる格好の材料であったことは言うまでもありません。
いま、世界の感覚で言えば、軍事費が多ければ多いほど平和が維持、保証されるという錯覚と言うか信念があるように思います。1位は圧倒的に軍産複合体を有するアメリカ、2位はバブル景気にわく中国ということになっています。水増しが当たり前の国ですから、この数字を手放しに信用できないのですが、信じている人もあるようなので、そういうことにしておきます。韓国は10位くらいにあがってきて、まだ日本に負けているから、もっと増やせと要望しているようです。
長らく日本の軍事予算が世界第2位であったのは、それがGNPの1パーセント以内と決められていたからでした。戦後復興をして、経済大国にのしあがった日本は、アメリカに次ぐ世界2位の国民総生産を誇るようになりました。それに連れて軍事予算も年々増加していったのです。明治8年以来、昭和20年の終戦まで、その推移を見ると、各年度ごとに増減があり、戦争がありそうな時には上がり戦争が始まれば跳ね上がり終われば減るということを繰り返しています。ところが戦後はどうでしょう。ずっと右上がりに増加していったのです。にもかかわらず、小学生、中学生ころのわたしは、日本は戦争をしない平和な国だ、と信じていました。これは、どういうことなのでしょう。そうです。コントロールが利いていない。つまりは、戦争を放棄した日本は、そのことに蓋をして当たらず障らず、無知、無関心でいることが平和なことだと思い込んできたのではないでしょうか。
ところが外国からすると、毎年軍事予算を増やしていく軍事国家に見えなくもない。どんなに非核三原則を守っても、原爆の悲惨さを訴えても、厳然として世界第2位の軍事費をもっていたのです。靖国神社参拝は日本人の誠の心だと無言で威圧しても、わめき散らして内政干渉して来る隣国の騒動を止める事ができないのは、この脅威がなくなるどころか、増え続けているから、と言っても過言ではないかもしれない。いやむしろ、内政干渉して来る格好の理由にされているのではないでしょうか。実のところ、単に武器を買わせたいアメリカのための予算だったとしても。いかんいかんと中韓と反日日本人に叫ばせ、ちゃっかり武器を売るアメリカ。
ルーさんにもらった宇宙語に、② 解決が困難だと思える出来事に最高のユーモアをもって応えたとき、というのがありました。それ以来わたしは、戦後に起きた凶悪事件や戦争、明治以後の日本の歴史、嫌韓ブーム、縄文時代などについて、興味の赴くままに研究してまいりました。これらに対してどのような回答を得ることができるのだろう、と思ったからです。例えば、豊田商事社長殺害事件とか綾瀬コンクリート詰め殺人事件とかオーム真理教事件などについて目をそらさず事件の内容をみました。噂、憎悪、嫌悪、裁断、・・・その事件を伝える者の切り口、視点は様々でしたが、数百時間に渡って、たくさんの動画やブログ、書籍などを観ていると、伝達者の意図がキャンセルされ、事実がぽっかりと浮いてくるように思いました。そして知るに連れてわいてくる疑問について自ずと答えが思い浮かぶようになりました。(もちろん、それを受け入れるかは聞いた人の裁量に任せられます)
いま、中国に沖縄略奪の野心、韓国の竹島不法占拠、北朝鮮の核開発・・・そういった隣国からの脅威に対して、日本は独自の憲法を制定し、自前の軍隊を作り、集団的自衛権も行使可能にするのが当然至極という意見も出てきました。あるいは、武器弾薬、戦闘機や戦艦なども自国生産し、核武装もやむなし、という考えもあります。そしてそういった主張をする人たちは、そうすればするほど、平和が保証されるとしています。軍事予算も縛りを取って、1パーセント枠を超えて組むべきだ、と。
これなど、どれも、軍事費が多ければ多いほど平和が維持、保証されるという錯覚と言うか信念のように思います。誰がどんな信念をもっていても自由ですから、とがめ立てすることはありません。そして、こうした信念をもった人たちは「決して戦争は起こりません」と断言します。わたしも同感です。戦争は起きません。次に起きる事は、その後に数千年して、古代にどうやら核によって滅びた文明があったようだとか、ほらここにその遺跡が残っている、などとボソボソとオカルトみたいにささやかれる事態ですから、戦争が起きることはありません。それはもはや戦争とは呼べないのです。起きるのは、大量虐殺と文明の消滅なのです。このことはすでに戦前に石原莞爾という人によって予言されています。かの第二次世界大戦を『最終戦争』とかれは位置づけていました。
軍備拡張を唱える陣営は、歴史を取り戻せ、日本人は自信をもつべきだ、なめられてはいけない、そういったことを述べます。ところが、次に起きることは歴史を抹殺することなのです。自信もへったくれもない、リセットしてやり直すことすら不可能な事態なのです。いや、第二次大戦以降も、戦争はあったじゃないか、朝鮮戦争は? ベトナム戦争は? イランイラク戦争は? 湾岸戦争は? それらは米ソ冷戦構造の上での局地戦、日本が直接関与していないからこそあり得た、爆弾投下だったのです。倉庫に溜まった武器弾薬をはくための所業でありました。すでに米ソは互いの国土に飛んでいって爆弾を落とす事は可能だったのです。核ミサイルを互いに撃ち合うことも。どころがどうでしょう、一発でもあれらの国に爆弾が落ちましたか。戦闘はすべて他国で行なわれ、在庫がはけたところで停戦ということになったのです。ただ戦場になった土地に多大な損害を傷跡を残して。
いいですか皆さん、日本という国をみくびってはなりません。この国が本気を出せば、世界を滅ぼします。いや地球自体を木っ端みじんにすることなど容易いことなのです。もしこの国の美しい文化と歴史を将来に引き継いでいく意志があるのなら、信念を変えねば成りません。日本が紛争解決に武力で乗り出せば、戦争などという生易しい事では済まないのです。それもあっという間に実現するでしょう。この国のもっているエネルギーは甚大で、それは破壊に使っても創造に使っても、他国とは比較にならぬほど、強力なのです。
しかし日本はそんなことをするためにある国ではありません。日本は、世界を平和にしていくためにあるのです。そのために神々が作った尊い国なのです。もちろん、どの国も神様が作りました。おのおのの特徴と役割使命があるのです。優劣はありません。けれども、時、というものはあるでしょう。やまとになぜ大和という漢字があててあるのか。名はていを表す。なぜ、日本列島は世界の縮図なのですか。なぜ、龍の形をしているのですか。なぜ、文法がちがうのですか。なぜ、島国なのですか。なぜ、四季があるのですか。なぜ、他国の文化をうまく受け入れるのですか。なぜ、これほどまでに品質を高めることができるのですか。なぜ、縄文時代は一万年以上も平和であったのですか。なぜ紀元0年に国が乱れ始めた時に、すめらみことを建てて、やまとの国を作ったのですか?
戦争という時代にも、日本は基本的にアジアの和平を願って行動していました。このことは戦後、穢され、歪曲され、完全に否定され、侵略だと断定されています。ところが、戦後に日本のしたことを観てください。アジアの独立のために血を流したり、迷惑をかけた戦地に賠償、保証をしたり、ODAでインフラを整備したりしました。それにはカラクリがあって、出したお金は仕事を日本企業が受注して回収した、という人がありますが、その金を出さねば、誰が仕事をしたのですか? 誰が現地の人々に仕事を作り、誰が設計し、橋や工場を作ったのですか? 出してもらった国がその事業ができるのに、わざわざドイツやフランスやアメリカに頼まないでしょう。経済でやったことを戦争の時代には戦争でやっていただけなのです。つまり、日本人はずっと日本人なのです。軍事独裁で終戦間際の数年だけ特殊だ、ということはありません。基本的に日本人は、侵略などしない、する必要のない国なのです。
けれども日本は確かに侵略戦争をしました。しかしなにを侵略したのでしょうか? それはアジア各国を植民地支配していたヨーロッパ列強の植民地支配権を侵害したのです。ヨーロッパ相手に商売をしていた華僑の邪魔をしたのです。ロシアやアメリカと自尊自衛の戦争をするために、鉄、石油、錫、天然ゴムなどを求めて、西欧各国をアジアから追い出したのです。それが日本の侵略というものの内容なのです。八カ国も九カ国も入り込んできて、日本もどこと何の戦争をしているのか分からなくなった日華事変の舞台であった中国が文句を言ってくるのはまだ解りますが、韓国の言い分は虎の意をかるキツネみたいで、もし言うなら、どうしてロシアに侵略されるのを邪魔したのか! であって、どうして平和な原始的生活をいくら頼んだからといって近代化させたのか! であって、どうしてアメリカに負けたんだ、お前らが負けたせいで朝鮮戦争が起きたぞ! であって、他のことは言いたければ言えばいいが、ぜんぶ、おれたちがやっているから、お前たちもやっているんだろう? というゲスの勘ぐり以外には聞こえない。かれらの訴えにいちいち反論するだけ馬鹿馬鹿しい。時間の無駄。そんなことより、いま韓国で、そして世界で起きている同じようなことを解決した方がよほど身のあることではないかと思うのは、問題から目を逸らすことどころかまさに急務であるのではないでしょうか。
