告げ口があったのだろう、それから間もなく、わたしは教会関係者に捕まり、拘束されて連れて行かれた。行った先は、教会の地下だった。異端審問をするためだ。ろうそくの明かりだけで灯された石の部屋は薄暗い。そして文字通り血なまぐさい。ちいさな台がひとつ、二脚の椅子があるだけで、台は何か液状の物が流れたようなしみが幾重にもつき黒ずんでいた。黒い司祭服を着た数人の男が並んでいた。その中の一人が口を開いた。
「おまえは、カトリック教会の教義に反することを声たからかに歌っているんだな」
認めれば、即座に罰が与えられ、認めなければ認めるまで拷問。
「はい」
「く。ふてぶてしいやつだ」と太った男が言った。「神聖な神の教義を冒涜した者がどんなめにあうか知っているな」
「知りません」
「ふ。では、教えてやろう」
舌打ちするように鋭く顔を向けると、数人が近寄ってきてわたしの体にふれる。
両足をゆわえられ、手は後ろに縛られ、その縄の先端を壁の上の方に打ち込んである赤く錆びた鉤にくくりつけられた。引きつるような格好にして立たされた。これはまるで力が入らない。風見鶏のようにゆらゆら揺れるしかなかった。こういうのは、片脇吊りという名前がるようだ。こうした上で殴られることは分かっていた。
笞(しもと)、鞭、針、鉄球、鎖、パドル。いや、それとも拳か。
街頭で行なわれる公開処刑では、すでにそれように設置された石柱を抱きしめるように手錠をかけられて、背中を鞭で打つのが一般的であった。
「悔い改めるか?」
「はい」
「なんに?」
審問官が奇妙なことを問うた。「誓うか」
「はい」
「なんにかけて」
絶句。
「おまえは、歌をうたっていたらしいな。それから役者も。ならばその声にかけて誓え」
「・・・。はい」
「いい子だ。しかしこれまでの罪は償ってもらうぞ」
「迷える子羊に正しい教義を教えてやる」横にいた太った男が言った。
どうするつもりなのか? 不安がよぎる。その様子を察知したのか、卑猥な笑みを浮かべて言った。
「ふふふ。怯えているのか? われらがおまえを殺すと思うか?」
近代哲学の祖であるデカルトの出現はこの時から百年ほど待たねばならなかった。しかしその背景にはもちろん、物質的目的合理性といった思想はヨーロッパに、あるいはパリに醸造されつつあった。わが出生の地の勇士、マキャベリの思想はすでに貴族あるいは学士、庶民にまで忍び込んでいた。だが、ここはカトリック教会の地下である。まさに嫉妬と恐れの神の充満した場所なのだ。
「おまえを殺せばどうなる。その魂は肉体を離れ自由に行動するようになる。もし、われらにあらぬ恨みを抱いていたりしたら、たいへんなことになるからな」
恐れを抱いていたのは、この男の方だった。つまりわたしが化けて出て報復し狂死でもしてはかなわないというのである。
「さあ、わたしのあとから繰り返せ」まぶたがたるみ、ぬぼっとした剃毛あとの黒ずんで残るうまづらの男が言った。
天にましますわれらが神よ!
それを聞いたわたしは思わず言った。
「神は天にはおらぬ、われわれの心におられる」
「ふ」
やはりな、という顔で不気味に笑ったかと思うと、おもむろに取り出したのは、
刷毛。
鳥の羽根で作った製図用のものだ。それをひらひらさせながら男が怒鳴った。
天にましますわれらが神よ!だ、繰り返せ。
「・・・天に、ーー天にもおわします、わが神よ」
異端者め、とちいさくつぶやく。
「よほどかわいがってほしいようだな」
上着を脱がされた。
こそばゆい。
「余は慈悲深い。今時流行のユマニストなのだ」奇怪な声が地下に響く。
ツボをなでてくる。あごの下、首、脇腹の下。しかしそれがかえってわたしには腹立たしく、怒りで皮膚の表面がビリついた。おかげで羽の感触すらよせつけない。
「ふ」
審問官が不敵な笑いを浮かべた。
次に出てきたのは、黒い粒。
「これはな、さっこん出回ってきた胡椒というものだ」薄笑いを浮かべて言う。「とても高級なもので、庶民には高嶺の花なのだ」
その粉末をつまみあげた鼻の穴に入れてきた。情けない思いと共に烈しく咳き込む。審問官どもが低い笑い声を立てる。
「父上、わが霊をみ手にゆだねます。アーメン」
聖書の一節を披露。さらに鼻先にふりかける、好奇心と猥雑な笑みを浮かべながら。わたしは何度もくしゃみをした。それは滑稽なまでに石の室に響き渡る。
「お前は特別待遇だ。これをためしてみたかったのだ」
下卑た笑いを見せる。
