周辺諸国との戦火が烈しくなった。ダニエルは志願の形をとって出兵に参加することになった。国王じきじきの指揮による戦いに出ないわけにはいかない。いくら後方部隊の統率役でも。かれは参戦の準備を着々と整えた。


こんな歌が流行っていた。リュートを爪弾きながら、テンポの速いのから遅いの、明るいのから暗いのまで、歌い手によってさまざまだった。




スカラメッラは槍と楯を手にして

戦に行く。

ラ・ゾンベロ・ボーロ・ボロンベッタ

ラ・ボーロ・ボロンボ。


スカラメッラは片足に短靴、片足に長靴を履いて

お洒落をする。

ラ・ゾンベロ・ボーロ・ボロンベッタ

ラ・ボーロ・ボロンボ。



「スカラメッラは戦に行く」


  

 

突然馬のいななく声がした。どうやってかぎつけたのか、波止場に腰掛けていたときだった。そこは奇しくもバスティーユ前の広場である。見上げると、周囲に大きなつばのついている黒い帽子をかぶった男がいた。ダニエルだ。

「取れ」

言って、剣を放り投げた。

「決闘だ」

もう一度わたしは馬上の主に視線をあげる。

当世流行の烏賊胸の上に黒い角ばった黒いジャケットを着用している。しかも、これもこの時代に流行り出したワイシャツの股袋をことさら誇張している上に、ツーピースになった膝までの靴下を黒いビロードで結わえてある。

「この泥棒野郎が!」

わたしは無言で応答した。

「剣を拾え」

「断る」

「怖いのか?」

ダニエルはあざけりの表情を浮かべた。わたしは立ち上がると背を向け、その場を立ち去ろうとした。

「にげるのか?」

恨めしそうな声が這ってくる。

「用がないだけだ」

振り返らずに答えた。そして歩き始めた。

「どこへ行く!」

周囲にいた幾人かがじっとこの様子を見ていた。へたをすると決闘の立会人にされるところだったひとびとだ。

「風の吹くまま、気の向くまま」

ポケットに手を入れ、わたしは立ち去る。

「とっとと消え失せろ」

背後で声がした。それ以上、ダニエルは追って来なかった。


このあと、わたしはあらぬ嫌疑をかけられ、糾問にさらされた。煮えた鉛を飲まされて喉を焼かれたのは『夢から醒めた夢 番外編その七』に書いた通りだ。

思えば、杳としてわたしの筆が思うように進まなかったのは、これから先のことを書く心の準備が整っていなかったからである。その記憶にちょっとでも触れようとすれば、たちまち身の毛のよだつ、おぞましく陰惨な体験だったのだ。

しかしいまやその詳細を淡々と、思い出す限り、まるで他人事のようにしたためることにする。

そうした上で、過去生におけるパラレルリアリティのひとつに移行しようというのだ。いや、いま現在、作り直す。新たに創造すると言ってもいい。