あるとき、とても悲しい顔でイザベルが現れた。不思議に思ったがいつものようにそっと抱き寄せくちづけした。気もそぞろ。どうも様子がおかしい。恐怖に満ち満ちたやせ細った鳥が小刻みに震えているかのようだ。ふともものあたりに手を伸ばしてみた。何かあたる。固い物だ。
貞操帯だった。
自分に体を許さない妻に疑問をいだいたダニエルがわたしの存在をかぎつけたらしい。その《仕返し》を取り付けたのだ。実のところ、わたしは笑った。おおいに愉快だと思った。
それはオール金属製で、用を足す部分にはスリットがもうけてあり、別の想いを遂げる部分は完全に封鎖してあった。そして腰のところと股間のところと二重に鍵がかかるようになっていた。彼の不安を想像するに、いとも滑稽だった。まさにダニエルの観念を具現化した逸品であったと言えるだろう。ニヤニヤしているとイザベルが言った。
「わたしもどうしてもそれをしなければならないとは思わないわ。でも、できないとなるとかえってやりたくなる」
純真な彼女がこれを言うとどんなに愉快かわかるだろうか。わたしは涙が出るほど笑った。腹をかかえて笑い転げた。イザベルは戸惑い笑いをしながらわたしを見ていた。起き上がると思い切り抱きしめた。襟首から空気がもれ、いつもの匂いがした。ほんわり甘く、そして優しい、肌の馥郁。後ろ髪をあげて結っているうなじ。そこにもイザベルがあった。
小高い麦端にふたりで座った。空にはいくらかの雲がたなびき、左手の林からは鳥たちが群れをなして飛び立った。わたしはふと、胸ポケットから石笛を取り出し、吹いた。イザベルはわたしの肩に頭をもたれかけてきた。その響きと抑揚にわたしの想いが乗り、イザベルは涙を流した。日が暮れるまで旅の話しをした。イザベルは楽しそうに聴き入った。
別れ際にキスをした。たくさんたくさんキスをした。ずっとキスばかり。吸い合ったり押し付け合ったり、ちゅっと一瞬だったり深く深くつながっていたり。なんどもなんども。なんどもなんども。恍惚とした心地よさだけが全身に広がる。思考はなく、感情も吹き飛び、時が失われ、まるで永遠に感じられるひとときだった。
