「おまえがこの間言っていたなんきょくというのは、これか」

ジョルジュが指差す。どこで手に入れたのか、一枚の巻物を持ってきた。いつもの酒場は客で賑わっていた。わたしはじっと地図を見つめた。赤茶けた羊の皮かなにかに正角円筒図法で描かれ、そこにはほぼ完全な形で現在知られている大陸と、氷ではなく大陸として描かれた南極と沈んだはずのアトランティス大陸まで描かれているというものだった。が、ヨーロッパでまだよく知られていなかったアメリカ大陸やオーストラリア大陸の描かれた地図は架空のニセ地図としてぞんざいに扱われ、二束三文で取り引きされていた。ましてや南極など、子供の落書きくらいに見なされた。

現存する最も古い地図で南極を描いたものは、1513年作成とされるピリ・レイスの地図であるが、ジョルジュがもってきたのは、それではない。ピリレイスが参考にした地図の一枚であろうと推測される。またしても荒物屋で見つけたのだそうだ。この時代にはすでにネーデルラント(ベルギー)のゲラルド・デ・クレーマー(=メルカトル)によって描かれた地図は存在し、その後1569年に描かれたとされるの世界地図にも南の果てに氷の大陸が広がっている様が見てとれる。
「おれは将来、船に乗って大海原に乗り出すのが夢だ。まだ知らぬ未開の土地を探検するのよ」

実のところ、大航海時代に入る前にもこうした地図はごろごろ出回っていたのであるが、人々は信じなかった。

新大陸を発見した者たちは、闇雲に目指したのではない。噂があったのだ。あると信じないものは見つからないし、また到達するべき地点にもなりえない。

ある筋ではまことしやかにささやかれている噂。ノアの箱船以前の旧世界が実在したという噂があったのである。いやそれどころか人類は何度も滅亡し、復活して今の姿にまで戻ったのだということはしばしば人の口端にのぼり語り継がれていたのである。それを聞き逃さず、また否定しなかった者だけが、まだ見ぬ地を目指したのだ。

「俺はこの黄金の国とされるジパングに行ってみたい」毛虫か巻貝のように描かれた極東の地を指してジョルジュが言う。「いや、行くぞ、絶対にだ。それも、まだ人の行ったことのない航路でな」


「ときにおまえ、ミッシェル・ド・ノートルダムという男を知っているか?」

「いや」

わたしは首を横にふる。
「おまえの好きなフリーメーソンリーなんだそうだ」
のちにノストラダムスとして知られる人物である。

「やつの占星術はなかなかのもんだぞ、おい」

ミッシェルは諸世紀と訳されることになる『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』を著す前に何年もその研究をしており、ジョルジュはサロンに出かけては話しを聞いていた。しかしまだこの時代すなわち1530年代にはほんの四、五人が興味半分で聞いているくらいでまるで公ではなかった。その名声はわたしの死後、1550年代にアンリ2世の最期を予言し、またカトリーヌ・ド・メディシスの息子たちの王位継承を見事言い当ててから広まることになる。

「それによると俺は、ーー同じ誕生日のお前も死なばもろとも同じ運命だ、水難の相が出ているらしい」

ジョルジュは、笑いの出そうになるのを圧し殺すことができない。もう、割れんばかりの大声で怒鳴るように話す。

「つまり俺は水で溺れて死ぬんだ。ということは、おい、俺は船に乗るってことじゃないか。新大陸を発見する航海で海に呑まれて死ぬ。なんて好運でロマンチックな死に方だことか。そうするとおい、きっと見たこともないほど美しい水の精が優しく俺を天国に送ってくれるのよ! へたすると人魚かなにかが現れて、深海の楽園にでも連れて行ってくれるかもしれないじゃないか」

大声で笑う。

「そうすると僕は、君の死に際して流した自分の涙に溺れて死ぬのにちがいない」

「うわははははは! うまいことを言うじゃないか! ジョバンニ」

ドン! と肩を叩いて喜ぶ。実のところ、誕生日の定かでないわたしは、水難の相はないのか、とほくそ笑みながらにっこりしてみせる。

「おまえの場合は、にょ難の相のはずなんだがな!」

ジョルジュはそんな冗談を言ってカップをあおる。

「しかし、そういう悪い死に方みたいな予言ばかりじゃなくて、嬉しい報せはないのか」

とわたしが聞く。

「ないな」ジョルジュは首をかきながら答える。「ぜんぶ、くらいことばかりだ」

「しかし、人の運命とは産まれた星の下にすべて決定しているものなのか?」

「ああ。ミッシェルはそう言うな」

「だったら何のために生きる。台本を知らされぬままに暗中模索していたら、それはすべて予め決まっていることだとしたら、人間は一体なにをしているのか」

 「さあな。お楽しみなんじゃないのか」

わたしは考え込む。それまでの経験や占い師たちとの交流、さらにはダビンチから聴いたことを考慮しながら述べる。

「こんかいの生でなすべきことをなすためにある程度の出来事や死期も定まっているかもしらんが、それに対する見方を変えることはできるし、そうすると、起きることになっていることも変わるんじゃないのか」

「わからん。わからんことをあれこれ言うより、俺が将来船乗りになることさえわかればそれでじゅうぶんだ」
「そうだな」


「それより、おい、知ってるか」

「なに」

「これまでのプトレマイオス的天動説をくつがえして、コペルニクスって男が提唱した説。なんと太陽は止まっていて、その周りを地球が回っているんだと。それ知ったとき、ぶっとんだぞ」

ジョルジュは言った。

「太陽も回ってるだろ?」

「なにい!」

「太陽も、回ってる」

「どこを」

「自分で。そして、天の河の周りを」

「おいどこで、ーーまたダヴィンチか」

「ああ。この星は丸くて、太陽系という太陽と十二の惑星からなる星の兄弟家族に属していて、すべての惑星は自分で回転しながら太陽の周囲をめぐっている。太陽は、銀河という星の集まりの真ん中をめぐり、気の遠くなるような時間をかけて、その銀河は他のもっと大きな銀河を回っている。そしてその銀河はーー」

「とてつもない話しだな」

「しかし、地球が宇宙の中心であるというギリシャ天文学もあながちまちがってはいない」

「どういうことだ?」

「つまり、地球から見た宇宙は、地球から見たものだからだよ。人間が見たものだからだ」

「わからんぞ」

わたしは返答に困った。レオナルド・ダ・ヴィンチから聴いたことは、いつもこの時代の常識や定説を超えていたし、現代人の信念ともちがっていたからである。

「ううむ。星座として見える星があるだろう」

「ああ」

「あれは、ひとつの星みたいに見えるけど、じつは多くの星が集まってできた銀河や銀河の集まりなんだ。そしてそれは地球からは等距離にあって直線で結ばれるけれども、実はひとつひとつの星は、地球からの距離がちがう」

「なんだって!」

「いやまだだ、まだ聞いてくれ。その距離というのは、次元のちがいなんだ。次元のちがう星が、地球から見ると、地球次元の幕に映って見えているんだよ」

「相変わらずさっぱりわからんぞ、もっと聞かせろ」

「点がゼロ、点と点をつなぐ線が一、線と線をつないで面を作れば二、さらに面と面を組み合わせて立体にすれば三、さらに立体と立体をつなげば四次元ということになることは知っているだろう」

「知ってる」

「さらに、四次元と四次元をつなげば五次元、さらにそれをつなげば六次元ーー」

「理論上はな。しかし証明もされていない」

「証明されていないが、あると想像はできるだろう」

「まあな」

「この地球は、三次元、そして三次元の物体が空間を時間と共に移動するから四次元。そこまでは解るな」

「つまり、このカップが」とジョルジュはテーブルの上で実演した。「こっからここまで動けば、形を変えずに移動したのだから、三次元の立体をつないだことになるって、そういうことだろ」

「そう」とわたしは言った。「だから、人間は四次元の宇宙に住んでいるということなんだ」

「それでぇ」

 ジョルジュは呆れてほおづえをついている。

「その膜に他次元の星が等距離で映り込んで見えるのが、夜空の星だと言うんだな」

「ほう」

「だから、もし仮にあそこに見える星に行って宇宙を見れば、地球から見る宇宙とはまるでちがって見えるということなんだ。さらには、あの星に住む者が地球に来て宇宙を見ればまるでちがったように見える。そうすると、宇宙の中心は地球で、太陽が動き、さらには星々が動き、それらの星が地球から等距離にあるとしてもまったく問題ないというわけなんだ」

「と、すると、なんだ、コペルニクスは間違ったことを言っているのか? 教会の主張が正しいとでも言うのか」

「それはわからない。けれどダビンチが教えるには、夜空にまたたく星は、まったく次元の異なるところにある何かが四次元的に見えているだけかもしれないと言うんだ。それはせいぜい光の点として、四次元を最高の速度で走る光として認識される何かなんだ。実際には時空のない次元にあるそれらはもっと異なる様相をしているけれども、四次元にはそんなふうに映るのがせいいっぱいと言うんだな。ほら、ほうぼうに散らばった物が凹レンズを通して見るとレンズの中に全部集まってあるように見えることがあるだろう、あれとよく似ている」

「なるほどな」

「地球から観測して、色の違いや運行を計算すると物理的な距離がちがうと出るのかもしれないが、まだあの星まで人間は誰も行ったことがないし、星々が地球から等距離なのかちがうのか、誰も見てきた者はいないんだ。もし距離のちがいがあるとすれば、それは四次元に近い次元か遠い次元かのちがいなんだ。人間は四次元宇宙の範囲までしか行くことはできず、それはおそらく太陽系の端までで、それ以外の次元にあるものは、時間と空間を超えた移動方法でなければ行くことはできない。それらは凹レンズの役目を果たしている四次元の膜に映ってしか見えないし、四次元宇宙は無限に広がってもいないんだ。そこはむしろ時空のない他次元の中に作られた狭い宇宙で、そこから見ると他次元は無限に広がっているように見えるのさ」

かぽっと音を立ててジョルジュは酒を飲む。そして首を振りながらひとこと。

「わからん」





※ジョルジュがもってきた地図や一部の人々の世界観について。たとえば、この時代には、
セバスティアン・ミュンスター(1489-1552)に代表されるような地誌学が盛んであった。



セバスチャン・ミュンスター 宇宙誌