エグザイルとして生きたわたしは、のちに命名された《ルネサンス》をパリにもたらした芸人のひとりであったとも言える。つまりひとびとの流動による文化カテゴリーの混濁を促進することによって中世のエンディングを進行させたひとりであったのだ。《近代》は、仏蘭西革命を起点に見なされることが多いが、それよりももっと前から楔形に始まっていたのである。中世のディクレッシェンド。近代のクレッシェンド。それはいまの時代によく似ている。

情報の移動が加速されたのである。大航海時代、植民地化、通信、モータリゼーションの発達。マスコミ。そしてインターネット。動かずして猛烈な相乗効果を伴った情報の交流、結合。これこそが《時代》を促進させる力である。しかしこの時代の情報の交流は、奇しくも戦乱によってそれまでの文化カテゴリーからあぶれた者ものがやむなく移動することによってなされていたのである。たとえばそれは、モンゴル人やインディアンなどが食料を追いかけ季節や年ごとに移動する遊牧とは異なる。戦火によって定住地を追い出された者が第一次産業を離れ、金銭を介した物やサービスのやり取りに加担することから生じた情報の交流だったのである。これは異文化や物品を持って行ったり来たりする貿易にもなっていた。その差額で金銭を得て食料を買う。

団長はカザクであったことが判明した。というのも、この原稿を放置していた二〇一四年の五月二十五日、例によってわたしはある言葉を携えて眠りから浮上した。ときどきあることだ。眠った意識から起きているという意識への移行はまるで、深海から水面に浮かんでくるような感覚である。浮上するにしたがって言葉周辺の意味や物語が削ぎ落ちていき、はっとこの世に目覚めたときには単語のみ、まるで残骸のように記憶している。それを急いでメモするのであるが、その瞬間ですら忘却は進行し、サザクであったかカザクであったかさえ定かでなくなっている。ともかくこの意味不明の言葉がなんであるか、グーグルで検索するのである。ーーちょっと前には『ロスメイダー』なる言葉を抱えて目が覚め、検索にかけた。どうやら人名らしいということはかすかに憶えている。が、ヒットしなかった。いまどき、グーグルで検索して、ない言葉とはいかなる言葉か。ロスメイダーなどいかにもありそうなのに。

今回もないのかと思いながら、ワードを打ち込んでリターンキーを押す。これだ、と腑に落ちたのが、カザク。すなわち今ではカザフスタンという国に定着している、元放浪民族である。やはり、わたしのいた一団は寄せ集め、ジプシー、ロマ、キルギス、ボヘミアン、などを吸収した放浪部隊であったのだ。団長は四十代の白髪混じりの男であった。額に皺があり鼻には髭をたくわえていた。カザクは冒険者、あるいは独立不羈の者とも訳される。一団は旅の所々に碇泊し、舞台劇、大道芸、手品、人形劇、歌、楽器演奏などを披露し、また人があればト占、口寄せ、鋳掛け、それから売笑なども行なった。仕掛けを使って宙に浮いたりする者もいた。

当日にこれをやってくれと頼まれるので、見よう見まねでありとあらゆる楽器をかじった。見よう見まねで芸事もいくつかおぼえた。現在古典楽器と呼ばれる太鼓、琵琶類、琴類、ハーディガーディそれからチェンバロなどの響きが懐かしい。しかしどうしてもこれだけは受付けないというのは、パイプオルガンである。

教会に据え付けてあったあの音だけはいただけない。反吐の出るような事件と共に思い出され、また教会の本来の目的を転倒させた邪知暴虐な信仰に辟易していたので、もってまわったあの重厚荘厳な音がしかつめらしく聴こえてしかたなかった。しかも教会に鎮座して動かないところが偉そうな神を象徴しているようでますます不快だった。それというのも、れいの割礼。あの忌まわしい風習と共に思い出されるからである。もとは宗教的儀礼というより、あの地域全体があまり風呂に入らぬ文化であったからもしれないが、男性器の包皮を切り取るのである。性交どころか自慰も罪とされ、戒律を厳しく守ろうとする宗教者は自ら去勢する者もあったが、そんなことで性欲が減退するわけもなく、むしろますます異常に発達するのである。これに関する考察は置いておくとして、ある日広場に居たら親切なシスターに連れていかれて教会で執り行われた。かのじょは本当にわたしのためになると信じ込んでいたようだったので、ますます質がわるかった。さまざまな年齢の少年が並んでいた。わけのわからぬ内に、ガラスの破片かなにかで処置された。痛かったし、その後ばい菌が入り、膿み、腫れ上がり高熱を発してまさに悶絶の苦しみを味わったのである。そのときずっとパイプオルガンが鳴っていた。

そんな話しはさておき、人形劇は、イタリアで発達したアルレッキーノとプルチネッラの原型とでもいおうか、コメディア・デッラルテと呼ばれた喜劇である。しかし一団が時に人形劇をしたのは、イタリアの伝統を紹介するというよりも、入れ替わりのある劇団員に女性が不足していた場合にでも男性が女性の人形を操ることができたからであった。わたしが得意としたのは、没落した男爵が出てくる即興劇で、だいたいの筋は決まっていたが、その日の客の反応を観て適当に会話を変えていく。なにが出るか、演じている方も観ている方もわからないので、たまらなくおもしろいのだ。

ーーなんだよ、おまえその顔。目は節穴だし目の上にはたんこぶがあるし、耳にはタコができているし、おまけに鼻には木がくくりつけてあるときてる。その上、歯には布が着せてある。いったいぜんたいどうしたってんだい?

酒場に顔を出した男爵に顔見知りがそう言葉をかける。男爵、まぶたが閉じたり開いたりする。ひどく痩せこけてほお骨が立っている。髪の毛はぼさぼさ。テーブルにつき目をつぶり顔を横に振りながらぼやき始める。

ーーああ、もうおれはだめだ、おちぶれた。(おおげさに首を振ってみせる男爵)

その深刻な顔に観客は腹を抱えて笑う。あまりに風刺がきついと教会に睨まれる。

ーーおちぶれたってことは、昇りつめたってことでしょう、だんな。と、見かねた店主が声をかける。
ーーああ、馬鹿を言うな。しがない男爵様だぞ。

ーーあっしらと同じになったんですから、これからはあがる一方。急上昇でありましょうよ。

ーーそんな慰めはもうたくさんだ。どいつも、こいつも(おおげさに首を振る男爵)わたしにあるのは、身分だけだ。土地も財産もなにも。身分だけあったって、どうしようもない。ああ、私は、ヘッポコヒッポコポヨポヨピンだ。

そう言って滑稽なポーズで床に座り込む。すると客はオオウケ。そこに厚化粧の女現れる。肩にショール。物腰様子から、どうやら歌手。女、男爵を慰め、歌を唄い始める。観客はこの女と男爵の恋が始めることを期待する。そしてそうなってゆくが、結末は・・・。