作家という立場は実に気楽で自由なものである。


歴史書、あるいは歴史についてのチャネリング情報についても、どれが正しいか、何を信ずるべきかという見方から免れている。

科学についても、要素還元主義だとか帰納法だとかはもちろんのこと、実証できないから存在しないなどといった肩の凝るような見方から外れている。


漫画、雑誌、エッセイ、詩、小説、ファンタジー、哲学書、啓発書、科学論文、経済論、スピリチュアル、・・・ets

なにを読むにしろ、同じ読み方しかしない。すなわち、どれほど極端な推察や洞察があるか。どれだけ荒唐無稽な想像力を駆使しているかに注目するのみである。これが最北端で、これが最南端というものを見つけるのにすぎないのだ。


つまりは、それらを超えることを思いつきたいからだ。

真実の探求が、正義や信じるに値するものなら悲しいことだ。


正確さや理路整然とした姿ならば虚像であろう。


天と地の間には、われわれの知らないことがたくさんあるものだ。

まだ誰もおもいついていない、おもしろい話、理屈。

それを思いつくのである。


おもしろいことを見つけ、また思いつくことのなんと快感なことか。


真におもしろいと思えることは、想像を超えて真理にせまっている。


わたしにはそう思えてならない。