有名、無名。いろいろあるけれど、わたしは今度生まれ変わったら、やってみたいと思う仕事があります。

アンプ作家です。

オーディオの信号増幅器ですね。

世界には、アンプ制作者と呼ぶよりも、芸術家と呼ぶのにふさわしいアンプ作家がいます。


ほとんどの方にはなじみがないと思いますが、例えばマーク・レビンソン氏。この人はマドリガル・オーディオ・ラボラトリーという会社をもっていましたが、自分の名前のついたアンプがそのままブランドになりました。それから、ジェフ・ローランド氏。この人も、アンプに自分の名前がついています。あげればきりがありませんが、ネルソン・パス氏、ダニエル・ダゴズティーノ氏、ジェームス・ボンジョルノなどは、商業的に成功された方々ではないかと思います。真空管ではティム・パラビッチーニ氏などが有名です。


SONYやパイオニアのような大企業でなければ作れないCDやDAT機器はともかくとして、アンプは天才的な発想をする個人がガレッジメーカーからハイエンド・オーディオメーカーへと成長することがあります。


きっと楽しいだろうなと思うのです。朝、目が覚めると、いままで思いつかなかった斬新な回路を知っている。昼の日中、散歩でもしている時にふと、行き詰まっていた設計がブレークスルーされるアイディアがひらめく。さっそくポケットから紙を取り出して鉛筆でメモし、いそいそと研究所に急ぎ帰って試作を始める。それはもう至福のひとときではないかと思うのです。

日本にもこうした幸福な人生を送ったアンプ作家がいくらもいます。たとえば、すでに他界されてしまいましたが、上杉佳郎氏。他にもたくさんいることでしょう。

その中で、わたしがこれは! と思う物を見つけたので紹介します。

初めて、ヤフオクでこのアンプを見つけた時、ハートが痛くなって仕方がありませんでした。ぐぐっと来て、どうしようもなくなりました。

これだ!

と言っているのです。まちがいなくこのアンプは本物だ。写真の面構えを見ただけで、そこに漂う何かを観じたのです。

天才がここにいる。


説明を読むと、詳しいことはまるで解りませんでしたが、ともかく積み上げられた知識と経験、それから上から降りてくる啓示を得て作られているであろうことが読み取れました。

上に挙げた外国のアンプ作家たちの作品がどれもバカデカイ筐体と数十キロにも及ぶ重量をもち、複雑な回路を秘めているのにもかかわらず、この無名の天才作家のアンプはわずか数百グラム、回路も見ての通り、あまりにそっけなく、これからまともな音が出るとすら想像するのは難しいありさまでした。


けれども、直観に従ってわたしは競り落とし、届いたアンプをつないでびっくり仰天しないではおれませんでした。

わずかDC12Vで動くちゃっちいアンプから、あまりにもバランスの取れた、過不足のない、ピュアでありながら図太い音がするのです。高域も低域も文句のつけようがない。シンフォニーが混濁することもなく、うるささとは無縁でした。楽器の音色、響き、余韻、それらをこれほどまでにわたしのハートに届けてくれたアンプがあったでしょうか。


感動のあまり、わたしは立て続けに、こんどは真空管アンプを競り落としました。これもまた素晴らしく、わたしの好きなリュートやチェンバロの弦の響きを優しくハートに届けてくれるのでした。ロックもジャズもポップスもどれもきとんとなります。ピンクフロイドもビルエバンスも森高千里も、ノリノリで再現されます。


この天才アンプ作家に惚れ込んだわたしは次に、ラインケーブルを競り落としました。つないでみてまたびっくり仰天しました。

オーディオフェスタで聴いたどんなに高価な機器より、また東京のハイエンド・オーディオショップの試聴室で聴いたどんなに高価な機器より、至極まっとうな音がするではありませんか。

この人は無名で、メーカーの名前すらありません。個人制作でヤフオクに出品されているだけです。ですから、いまのところ手にし易い値段で落札されています。本当は教えたくないのですが、もし本物をお探しの方があれば、いちどアクセスされることをおススメします。そしてまた、わたし自身この天才アンプ作家を無名で埋もれさせることに罪悪感すらおぼえます。本音のところ、口外したくない、独り占めにしていたいのですが、やはり知らせろ、と心が疼くのです。


わたしはこの方から、侍のたましいを感じ取ります。非常に潔い、それでいながら優しさを併せ持った気骨のある男の雰囲気です。


すでに模倣品が出回っているそうです。それくらいこのアンプの独創性は素晴らしいということなのでしょう。


このアンプでならす音楽にひたっている毎日です。とくにそれまで聴くに耐えられなかったジャパニーズポップスがいい感じでなるのです。なんだか歌詞の深遠な意味がせまってきて仕方がありません。