家の者が左足の親指に打撲をしました。
アイロン台を処分しようとして打ちつけたのです。
そのアイロン台は折りたたみ式になっていたのですが、構造上、取り回しが難しく、いつ手の指を挟み込むか、いつ足に当たるかと恐る恐る扱って10余年、もうそろそろ本当に怪我をしそうだと思い立ち、不燃物に出そうとしたのでした。ヒモでくくっておかなくてはと思い、台に置いてヒモを取ろうとしたところ、どういうわけか、ストンと落下し、親指に直撃したのだそうです。
親指の爪の下は前面がまず緑色になり、数日かけて次第に紫、黒へと変化していきました。
「ヒビが入っているかもしれない。へたとすると骨が折れているかも」
と、家の者は言いました。整骨院に行くと、幸い、骨に別状はなかったのですが、いかんせん痛い。歩いたり車を運転するのもひとくろう。ちんばをひいているから、多くの人に心配げな表情をさせてしまいました。
ともかく最後の最後に心配していたことが起きたのでした。それは、やっぱりというか、悔しいというか、どっちにしろとても残念な気分でした。
何かのバチが当たった。
カルマの清算。
左足の親指におけるスピリチュアル的な原因。
そんな見方はすっとばして、私は最初こんなことを言いました。
「アイロン台に仕返しされたんだよ。というのは、冗談で、やっぱり長年、あぶないあぶないと思っていたから、そんな念波がまとわりついていたのかな? そいつが最後にわるさした」
「そうかもね」
そうこうしていると、ある方のメールレターがやってきました。その中にこんな一節がありました。
ーー毒素が極度に多量で
極度に異常化している場合には
怪我などによって
毒血と毒化した肉片を体外へ除去するような
清浄化作用が発生する事もあります
だから
打撲や骨折や動物に咬まれたり刺されたりする箇所に
毒素が集中していて
その苦痛を発生させるだけの異常性があり
その異常性が心と言葉と行動に表れて
運命が誘導された結果であるから
すべての出来事は
偶然ではなくて
自分が作ったものということになるのです
だから
体内の毒素を可能な限り消滅する事が
病気を解消する事であり
不幸を解消して健康になる事なのですーー
なるほど、と私は思いました。きっとそうだろう。
とするならば、家の者が打撲をしたのも偶然ではない。そしてそれはバチが当たったのでも、アイロン台を処分しようとしたから仕返しされたのでもない。
それどころか、彼は素晴らしいプレゼントをしてくれていたのだ。
最期の最後に。
きっと何か出さなければならない毒素があって、それを出させてくれたんだと思います。
つまり、左足の親指を打撲したことで、そこに意識を集中させる。
治すんだ、と思う。
温かい愛情をかける。
左足の親指がいかに重要だったかをあらためて知った。
ありがとう。
感謝の意を注ぐことで、毒素が浄化される。
左足の親指を象徴として心(意識)にあったシコリなり、わだかまりが解ける。
傷が治り、痛みがひくことで、毒の形でそこにあった重い波動が周波数をあげる。
なんだか、そういうカラクリなのではないかと思えてきた。
とするなら、アイロン台が最後にした意趣返しは、報復どころか愛だったんだ。
まとわりついていた重い念は、アイロン台にではなく、家の者の心にだったのかもしれない。
たにんごとながら、私にはそう思えた。
たにんごとだから、私は痛くもかゆくもなかった。
(メールレターを送ってくれたSさん、ありがとうございます)
