マインドを潜在意識と二つに分けてその内のひとつのように言うが、宇宙全てとそれを創った意識とそれの在った意識は元々おおきなひとつの意識であり、同時に個別の意識でもある。

ーーこんな書き出しをした途端、読者はこぞってスクロールを始めるであろう。しかし、今回の話はとても有用であるということを最初に言っておこう。当の私も今朝思いついたばかりだ。たしかに難解だ。どれだけの人が最後までついてこれるか不明である。だが、このことに気がつくことで、これに気がつかず暗中模索していた人は一筋の光明を見いだすであろう。少なくとも私はそうである。

細胞ひとつにもそれぞれの意識があり、それの集まった例えば心臓という器官、ぞうもつにも意識がある。


すなわち潜在意識とは、より制限のない部分、不可視のボディの意識といった方が正確だろう。つまりエーテル体という、よりおおきくて精妙なボディの意識、アストラル体というよりおおきくて精妙なボディの意識、メンタル体という、さらにおおきくて精妙なボディの意識である。(おおきいという表現を使ったが、このおのおののボディは実際には肉体よりちいさい。時空がなくなっていく。けれども一体性がおおきいということ)


逆にマインドとは、おおきな制限のある部分いいかえれば一体性の少ない意識ということである。


マインドは脳という器官の意識の表れ、あるいは理性という意識、エゴという意識、左脳的という意識。


意識にはかわりないのである。


何かに限定したり、特化した意識と言える。


しかるに、マインドと潜在意識を分割して考えるのは、マインドの働きであり、そう考えると考えやすいが、他の意識とのつながりをイメージできない(しにくい)し、全体の一部分ということを忘れがちだ。


マインドは表層の意識と言い替えることができる。理性という意識、脳の意識である。脳の考える自己像ということもできるだろう。脳という意識のとらえている自意識である。脳は分割したり計算したり整理したりすることが得意だ。過去のデータと照らし合わせて判断するのが得意だ。人間が地上で生き延びる多くの場合にこれを使うのが有利だと考えられてきた。


なにか新しい事を始めよう。もっとスマートな肉体になろう。そう思ってやり始めても続かない。前よりかえって事態が好ましくない。


そんなふうになるのは、潜在意識の部分が変わらないからだと言われる。潜在意識を変えれば、変わる。ここで面白いのは、潜在意識を変えるのは、マインドであるということだ。


このごろ目の敵にされている理性、左脳、エゴが自己の本源である潜在意識を変えるのだ。


それらは潜在意識とつながっている。一体の一部なのである。


なんらかの枠や制限を与える事によって特化した働きをしているだけなのだ。


たとえば、ありがとう・愛してる・幸せだ、などのポジティブな言葉を毎日言いなさい、波動の高い音楽を聴きなさい、喜びをともなったイメージを描きなさい、という勧めは最初にマインドにそれを持たせ、そして潜在意識の領域へと浸透させる方法のひとつなのである。




催眠術というものがある。あれは、誰もがなんらかの催眠状態にあることを示唆している。


食わねばならんから魂のことなどにかかずらっているわけにはいかない。食わねばならんから、どうせ勉強したって無駄だ。食わねばならんから、死ぬまで仕方なく生きているより他ない。


こういった観念によって毎日、自分に呪文をかけ、自分をそういった催眠状態に陥らせているのである。


へとへとになるまで努力しなければ成果はあがらない。内蔵をやられて初めて一人前のサラリーマンだ。苦労しなければ進歩しない。なにかやる前に考えて考えて考え込まなければならない。ーーそういうのもあるだろう。


そしてその観念とは異なる事をやっている人を見て、あれは甘えている、遊んでいる、幼稚だ、悪い奴だ、と目をしかめて口をゆがめるのである。自分の観念と異なるように見える人を見たらそんな態度をとるべきだ、と信じているからだ。こういった人が一生ほとんど変わらないのは、おそらく潜在意識がそう見なしているのであろう。


最も手っ取り早い方法は、受け入れることだ。例えば、自分は何かで成功するのを許す、と宇宙に向かって宣言することだ。


私は豊かになるためにお金を稼がなければならない、お金を貯めなければならない、そのためには人の倍働かなければならない、無駄なお金は出してはならない、と考えるのはマインドの働きではない。マインドが潜在意識に暗示しているのである。マインドによる潜在意識への働きかけなのだ。


こんな複雑で込み入った考えをするように仕向けるかわりに、『私は豊かだ』というところから始めた方が早い。


私は豊かだ。豊かなら、こう思うだろう。ならばそう思おう。


私は豊かだ。豊かなら、こう言うだろう。ならばそう言おう。


私は豊かだ。豊かなら、こうするだろう。ならばそうしよう。


初めは半信半疑だが、その内、潜在意識にまで浸透して行く。その気になっていくということだ。そしてそれが当たり前になる。


エーテル体の意識がそう思う。


アストラル体の意識がそう思う。


メンタル体の意識がそう思う。


そうなると、おのおのの周波数帯域(ボディ)のDNAが機能し始める。すると、その周波数で動いている人や集団と接触するようになる。


善いとか悪いということではない。


自分の意識が認められる意識と同調するだけのことだ。そこにいる人たちは皆、健康で豊かだ。財産があるかないかに関係なく。落ち込まないし、迷わない。面白いと思ったことをすぐやる。そしておもしろがる。すぐやらないと鮮度が落ちる事を知っているからだ。おもしろいと思ったことをどんどんやる。どんどんやる。やったことに悪口を言う人が出てくる。けれど気にならない。


「どれについて言ってるの? ああ、あれ。もう3日も前のことじゃない」。その時はすでに楽しみ終わっていて次のことをやることに気が行っているのである。すでに今の自分は3日前よりグレードアップしている。別人なのだ。


意識が高まった別人なのである。


「金返せって言ってるの? いいよ、返してやって。倍にして」


倍になって返ってきたのに、なぜかみじめだ。セコい感じがする。「金を返したっていうことは、自分の非を認めたってことだな」などと陰気な笑みを浮かべても「ほどこしをしてもらいたいんじゃない!」などと怒っても、しつこいかんじがする。


ともかく、マインドを悪く言っては、それはマインドの働きであり、またそれをうまく働かせることができない。


マインドは、たとえて言うなら、瓶の口みたいなものである。細い首がついていておおきな容器につながっている。そこから液体を流しこむ。


マインドは、たとえて言うなら、自動車の給油口みたいなものである。ノズルを差し込んでタンクにオイルを注ぎ込む。


口としての意識、機能を持っているから、ふたを閉めれば余計なものは入れないし、また中のものを出さない。


口があるからいけないんだ、とかふたが邪魔をするから悪いんだ、と判断するのはマインドの働きだからといって、マインドを悪く言っては成らない。


マインドの別の側面に目を向けるのは、私たちの意思である。


意思がなんだか解らないというのは、マインドであるからといってマインドを悪く言ってはならない。


意識や意思がより鮮明に濃厚になっているから、よりおおきく精妙になっているから、そしてよりコントロールできるようになっているから人間をやっているのである。


わかると思えばわかる。


わからないと思えばわからない。


それが意思と意識だ。




本気で選ぶか否か。それだけだ。


私が自分がそうで在ることを自分に許すか。問題はそれだけだ。


許せば、宇宙にはそれの協力者がごまんといる。


みな、仕事をする機会をうかがっている。ひとたび、自分がそうなるのを許せば、そうなるように手助けしてくれるものであふれている。


いまでも皆そうしている。


マインドを悪く言うのは、マインドの働きだし、マインドが潜在意識と連結するのを切ってしまう。


マインドは確かに疑いや逡巡や迷いを誘発する。けれども潜在意識の入り口でもあることを忘れては成らない。


潜在意識と一体でありながら、個別の機能を有するマインドあるいは顕在意識は、全体の意識とは一線を画してあるが、潜在意識とつながっている。


5感もマインド的で、顕在意識のひとつである。


それらを総動員して潜在意識を変化させる方法は皆知っている。刑務所に入れば、見るもの聞くもの、感じるもの、臭うもの、味わうもの、すべてが刑務所的な音を出している。それが潜在意識に浸透していく。別の意識を持つように心がけない限り、出所する時には立派な箔がつく。あるいは財閥系の一流企業に入れば、見るもの聞くもの、感じるもの、匂うもの、味わうもの、すべてが財閥系の一流企業的な音を出している。それが潜在意識に浸透していく。別の意識を持つように心がけない限り、出所する時には立派な箔がつく。


いかにないかを数えるのは、貧しいことだ。その認識も正しいが、自分を誤解している。


いかにあるかを数えるのだ。それが豊かなことだ。実は、これがフラットなことなのだ。中立で公平なことである。ないことすら、そのないことがあるからあることがある、と思えるか。


あることが多いほど、意識が高い。あることを認められるほどに意識があがる。


意識が高いことが善いことではない。


だが、意識があがることは善いことだ。なぜなら、それは全員の目的にそっているから。


異なるのは、スピードである。


あがる度合いをいかに速められるか、これが面白いことなのだ。


そしてあがり始めるとますますあがり、その速度が増す。上の方に行けば行くほど重力の影響を受けなくなるのである。自然に浮く。




もういちど繰り返しておく。


マインドは潜在意識の入り口だ。われわれが進化している神であるなら、それは善いものだ。