龍を観た私はてくてくと本格的な散歩に入った。ーーとりあえずこの話を先にしてから、宇宙意識から聞いたような小難しいことは伝えるのが筋かもしれません。蛇足だが、(龍の話に蛇足とは)その龍の姿をした雲は南から北に数百メートル伸びていて、それが西から東に流れて行った。私が歩道を五十メートルばかり南に向かって歩いた時、龍はみえなくなった。
見えなくなったので、ふと右手の空き地に目をやると、そこは仮設の駐車場になっていた。いまの時代、貧乏団地の住人といえど、2台や3台の自家用車を所有している人がどれだけかいて、一台ずつと割り当てられている自前の駐車場では足りずに、そのあたりの路上に駐車する人がいる。それを解決するために周辺の空き地という空き地が即席の駐車場になっているのである。
その一角に私は『草原』と書かれたネームプレートを見つけた。同じ団地の草原さんかなあと思った。そう言えば長男と同い年の草原くんは進路どうなったかな、と思いながら歩いた。すると、そこから30メートルくらい行った所の住宅地の角から、いきなり草原くんが現れた。真新しいブレザーに身を包み、おおきな自転車を元気よく立ちこぎしていた。なるほど。
さて、どこに行こうかなと思いながら駅の方にぶらぶら歩いていると、川にさしかかった。そこはもう10年くらい前になるだろうか、エビをつかまえていたところだった。このところずっと干上がっていたのが、たゆたゆと水流があるではないか。しかも水が澄んでいてきれいだった。おそらくこの10年で下水処理設備が完成し、各家庭から垂れ流されていた合成洗剤などを含む生活排水がシャットアウトされたからだろう。
私は道を逸(そ)れて川沿いを歩くことにした。平均的には50センチくらいの水深の底がくっきりと見える。この川の幸運だったのは、かわどこが溶岩流か知らぬが固い岩盤でできていることだった。それで、コンクリートで埋め尽くされることを免(まぬが)れていて、砂地が残り、また岩のくぼみには多種多様な微生物やバクテリアが棲息するのである。それゆえに水が濁らない。その川沿いにずっと歩いて行った。子供たちが何かを捕まえていたり、3人組のご婦人がつどって散歩をしている風景に出くわした。自生のちいさな花や誰かが植えたチューリップが咲いていたりした。
ずっとずっと私は歩いて行った。高速道路の高架をぬけると隣の行政区にはいる。ホコリっぽくもなく、寒さは心地よかった。飽きたのである地点で引き返した。すると橋の欄干に赤いノボリが立てかけてあるのが目に入った。『黒岩稲荷八百年祭』と白抜きの文字で書かれていた。稲荷神社か、と思った。狐に頼むことは何もないな。が、こんな所に800年も前からある神社があるとは知らなかったので、急遽目的地に定めた。
そこはゴルフ場の敷地内で、至る細い道沿いには老人施設やいくつかの愛の宿が人目をさけるようにひっそりと建ち並んでいた。朱色の鳥居が現れた。なんとなく私は登るのをためらわれた。階段の両脇には狐がこちらを睨みつけている。まだ新しい。これを作ったやつのセンスが現れる。どうやら怖そうに見せかけたいらしい。ところが、左手の案内板に書かれている内容を見て、私は驚いた。
なんとここは安徳天皇の分霊を祭ってあるというではないか。十年以上いまの住処に居着いているが、いつも見慣れているゴルフ場の中にこんな所があろうとは思わなかった。というのも、私はつい先日『平家物語』のカセット版を注文したばかりだったからだ。いやそれというのも、昨年の十一月に知り合いで有能な霊媒師がわが妻を視て、こう言ったからだ。
「あなたは壇ノ浦でやぶれた平家の幼帝の霊をまもっていた尼僧をしていた過去世があります。結婚もせず、人知れず霊をまもってすごされました」
半信半疑。でも、かのじょならそんな過去があってもおかしくないなあと思っていたところだった。松山ケンイチ主演の『平将門』は一度も視聴したことがなかったが、妻にそんなゆかりがあるのもおもしろいと思っていたところに私のアナログ趣味がこうじて得たカセットデッキ。それにかける音源を物色していたところ目にとまったのが上原まり語る『平家物語』。値段交渉すると、半額で応じてくれたのでさっそく購入する運びとあいなったのだった。
この案内板が説明するところに寄れば、慈禅尼という女が京都の伏見稲荷におさめていた安徳天皇の御霊(みたま)を源氏からまもって九州は小郡のこの黒岩に分霊した。その後、追っ手から逃れて肥後に落ち延びたというのがあらすじである。いったい妻が慈禅尼だったかは不明である。だが、かのじょの性質からしてそれに準じた役目を果たしてたことがあったとしてもおかしくないと私はみた。熊本出身だし。
そんなこともあって、稲荷と言えどここは登るべきだろう。そう決した私は急勾配の階段に足を踏み出したのだった。本堂の前にも2尾、いかつい形相の狐がこちらを見ていた。拝む必要もないかと思いちょっと周囲を歩いた。しかし、いつもの通り、感謝の意を捧げるのは、どんな霊にでも通用するのではないかと思い直し、私は本堂脇のちいさなお堂から順に手を合わせて(いつもありがとうございます)とつぶやいた。
このごろある人に教わって、お堂の裏にまわる習慣があるので、ここでも本堂の裏手に行ってみた。そこには特別に拝めるような装置はなかったがかわりにすぐ左に背丈よりちょっと高い祠(ほこら)があった。何か古い布のきれっぱしが祭ってあった。私はそこにも感謝の意を述べた。見ると、むこうの林の本堂の右手にも同じような祠があるのが確認できた。私はそこにも行った。そして手を合わせて感謝の意を述べた。そこを立ち去ろうとした時、ふと声がして呼び止められた。
ーー待ちなさい。なにか願いを叶えよう。
私はその声を振り切って歩を進めようかとも思った。が、無下にすることもなかろうと踵(きびす)を返した。祠の中をよく見ると、そこにはしゃもじくらいの大きさの古い木の板が祭ってあった。木は、なにやら顔があり人の姿をしているようだ。それこそ比丘尼(びくに)のような格好である。
「願うことはありません」
と私は言った。それはここが稲荷神社であったからかもしれない。しかし一応はこれからやろうとしていることを声に出してつらつら言った。
ーー見上げたこころざしだ。
祠の主は感心したように答えた。私は続けた。
「それらの事がうまく運ぶ人や出来事を見抜く眼力がもっとあれば、とは思いますが、それもして頂きたくはございません。私はすでにそうなっていますし、ますますそうなっていきます。自力でやっていきます。それに、なにかして頂いた末に私が成功したあかつきに、ここであなたにお願いしてかなえて頂いたことをすっかり忘れて有頂天になるやもしれません。ですから、お願いはしません」
そう言って私はその場を立ち去った。祠の主はなにか言いたげであったが、もうなにも言わず、黙って私を見送った。
きっと祠の主を訪れる者は誰でもなにかのお願いをするのだろう。そして最も奥にある彼女の所まで行く者は何分の1かなのだろう。にもかかわらず感謝だけして帰ろうとする私が奇異に見えたのかもしれない。などと思いながら帰路についた。
家に戻った私は焼き置いていたイワシのことを思い出した。取り出そうかとした時チャイムがなった。
『平家物語』が届いた。
