この間、宇宙意識サンのコンタクトのあと知っていたこと。誘(いざな)われる時、いま疑問に思っていることが解けるでしょう、と聴こえていた。それから何日か経つ内においおいハートから出てきたことを書いておきます。


1⃣ わたしたちは、進化して神にもどるというより<進化する神である>ということ。この両者の言い方のちがいは微妙であるが、捉え方がおおきく異なる。後者として捉え直した時、非常にパワフルな創造者である自分を自覚する。


2⃣家庭とか社会というものは、その構成員を点として線を結んだような関係ではなく、ひとりひとりが創り出しているホログラムを重ね合わせたようなものだ。たとえて言うなら、ホログラムのような箱庭をひとりひとりが抱えて歩き回っているような状態である。
ほとんど共通している3次元的な法則や風景の中で生じる、各々が創り出している現実が異なっている。同じ次元や認識にある者同士ではほとんど同じことがそこで起き、異なる者同士では異なることが起きている。テーブル型のゲーム機器で対面でゲームをしていると想像してみるとよくわかる。多くの人は、同じ機器で、同じルールで、同じゲームをやっている。にもかかわらず、当事者意識をもてない。次元が異なるとは、ある人のやっているテーブル型ゲーム機器の上に、別の人が別のテーブル型ゲーム機器を置いて別のルールで、別のゲームをやっているようなことである。当事者意識をもっているひとほど下でやっている悲惨なゲームには参加しない。参加しないことで、別の世界を創ることに意思表明しているし、また創っている。これまでと別の機器で別のルールで別のゲームをやる人が0・8%を越すと、集合意識に影響を与え、これまでのやり方をかたくなに守る人々にも影響を与える。かたくななタイプは逆に流されるタイプでもあるからだ。ひとたびある方向に傾くと、特に日本人はなだれのようにそちらに舵を切る。


3⃣ツインには、おのおのに逆ツインという者が存在する。ツインが<同じだけど違うもの>なら、逆ツインは<違うけど同じもの>である。たとえばAとBがツインなら、AにはAダッシュが、BにはBダッシュが存在しているということ。AとBは引力と斥力を有していて、ついたり離れたりする。両者の波動が0・4次元以上ズレるとツインとしての機能を果たさなくなる。というより、そういう関係として認知されなくなる。けれども、ひとたび出会えば、ズレもまた学びである。
ある次元(意識の周波数に)まで上昇拡大しなければ、出会っても認知できない。認知の仕方が分からない。またある次元まで上昇していなければ、その過酷さに音をあげる。
パートナーとして選んだ人は、今世、地上で解消すると設定してきた課題にふさわしい人であることがある。
このテーマについては、具体的なことも知っていた。


4⃣出来事につけていた(相対的に負の)観念に固執する期間は、自分で自分に許している年月に等しい。ありていの言い方をすれば、(嫌な)記憶を風化させる時間は必ずしも取る必要がないということ。(分かりにくいかもしれないので、これについては別にエッセイを書きます)


5⃣(概念や観念は)なにも手放せはしないし、統合することもできない。単に観察者である自分に戻るだけ。その状態は誰でも知っているし時々は思い出して実行するがまた眠りこける。あたまの中で、手放したつもりとか統合したつもりになるのではなく、まるで他人事のように自分の意識をながめて選び直すという意識に在るのが囚われない生き方ということである。
4⃣とも重なる捉え方に思える。
観察者である自分は、さらに観察者を観察している存在(これが大いなる全て、いわゆる創造神)の有している莫大なデータから自分の創りたい現実を創るためのデータを引き出し参照している。ほとんどの場合、個性である私が選択してすでに他者の創った現実を創っているからオリジナリティがあるように思えるが、ほとんど同じことを個性的にやっているにすぎない。しかしこれが偉大さである。

ここに書き残したことはすべて、知っているようで知らなかったこと。微妙なニュアンスを感じ取らなければ分からないことに思います。これまで自分がよく分からなかったり、疑問に思っていたり、また観念的に捉えていたことばかりで、自分でもまだよく慣れていない、ものの観方ばかりです。
ただ、なんの疑問もなく、それを知っているという、こう聞いたとだけ思っていることです。観方の観方という気がします。
観方には優劣はなくまた善悪もない。どこの次元から観ているかの差異があるだけで、ものごとをどのように捉えるかということです。捉え方こそが生き方や現実を創り出しているので、その捉え方の提案なのでしょうか。
この時聞いたことは、バシャールのメッセージ(ものごとの
観方、捉え方)でさえちょっと粗くて固い、融通がきかない、とやや批判的であると感じていました。地球の次元上昇に伴って、さらに柔らかな観方を提示してきたのでしょうか。また思い出したら書きます。