『桐島、部活やめるってよ』の映画版を観た。
よくできていて、こんなにつまらないことをこんなにおもしろく料理できるものか、と感心したものである。小説は読んでいないが、映画を撮った人はとても映画好きというかマニアなのではないかと思えた。ストーリよりも、映画へのこよなき愛情がにじみ出ていたようにかんじる。岩井俊二のなんだったか忘れたが彼の作品の中にも8ミリフィルムや映写機に対する憧憬が出てくる場面がある。『桐島、部活』にも、映画を趣味で撮っている集団があり、その監督の少年が8ミリカメラには、味がある風なことを言って頬ずりせんばかりである。
このごろ私は、カセットデッキなるものを手に入れた。A&Dというメーカー(いまはもうないが)のGX-Z9100である。これはまあ名機と名高い機種であるのだが、オークションにて格安で手に入った。カセットデッキはともかく、テープ自体が市場に出回っていないという代物をなぜいまさら? とお思いになるやと思われるのだが、このごろ私はパソコンの前にいることが多い。iTuneで音楽を聴く。
エアチェック全盛期にオーディオに目覚めた私は最後のアナログ世代と言えるのではないだろうか。今日こそはメタルテープ! と放課後、小遣いを握りしめて駅前通りにあったベスト電気の扉を開き、そこでテープを手に取ったまま日が暮れるまで思案に思案を重ねた挙げ句に、買わずに家に戻ることを3日くらい繰り返して、やっとそのひとつ下のグレードであるフェリクローム(type3)ポジションのテープを決死の覚悟でレジに持っていくという始末であった。
そのころの3000円と言えば目玉が飛び出るほど高価だったのだ。レコードを一枚買えば、その月の小遣いはすべてふっとぶ。レコードを買った日には、30センチ四方のジャケットを小脇にかかえて街中を見せびらかして帰路につきたくなる少年が絶えなかったのも、いまでは懐かしい時代の遺物であろう。それでレンタルレコードを借りるか、FM放送で流れる音楽をテープに録音すれば安上がりですむというのが、<いわゆる一般大衆>の行き着く結論だったのである。そこで優秀な録音機が賛美の的であったのだった。とにもかくにも、多感な時期の私はアナログ音源の音を浴びるように聴いて育った。
メタルテープは定価が1500円くらいで、値引き後でも1200円はして、一生に一度のことかもしれないので、どうせなら46分より60分がいいかな、いや90分、いやいやそうするとテープの厚さが薄くなるから切れやすいか、となれば永久保存はきかなくなるか、などと黙々と中学生がテープを両手で持ってじっと考えている様子を一体店員はなにを思って見ていたのか。それを買ってもレコードを1枚買うよりかはレンタルレコードとのトータルでも安上がりだったのである。
中3の末くらいに民生用CDプレーヤーがDENONとSONYから発売された。私はさっそく自転車を飛ばし、久留米にある大型店舗のベスト電気に行った。(DENONは当時、デンオンと読んでいた)棚の一番上にデモ機が飾られていた。それまでもFMレコパルなどでも時々特集が組まれ、CDはすごいCDはすごい、なにせ傷がついても針飛びしない。ヒスノイズも入らなければ、曲の頭出しも簡単だ、などと盛んに喧伝していたものだから、私の期待は最高潮に達してた。1983年のころだ。
16万円くらいして、うちの親父の月給とほぼ同等だったその機器の音質にがっかりしたのはご多分にもれないところである。棚の最上部にあったプレーヤーからちょっと離れた床に段ボールごと置いてあった高級レコードプレーヤーに目移りしたのは言うまでもない。しかし実際に私がCDプレーヤーを買ったのは1993年になってからだった。つまり就職したのである。それ以来、私はデジタルの進歩と共に機器を物色し、あーでもないこーでもないと、取っ替え引っ替えしてきた。
デジタルこそ、アナログを超える。そんな希望にも似た信念に私も同調せざるをえなかった。大学在学中には工学部の電子工学科の連中がこぞってデジタルを研究していた。彼らの話から、置き換えられるものならアナログから全部置き換えてやるという勢いだった。だいたい大学で言われていることと10年ぐらいのラグがあって一般市場に出てくる。構造主義とかフェミニズムなどもそうだった。
「おい、アカイってなくなったってよ」
大学の生協あたりにうろうろしていた私に日頃は特に話もしない友人が声をかけてきたのを憶えている。
「三菱と一緒になったらしい。といっても、資本が流れ込んだだけなんだろうけどな」
彼はしみじみとつぶやくように言ってどこかに立ち去った。音楽ソフトもCD先行発売に変わりレコードなしがぽつぽつ出てきた1987年のことだ。その日、私は売店ですでに手に届きそうなくらいになってきたCDプレーヤーのひとつでも購入しようかと展示されていた機器をすべてヘッドホンで聴き比べて、やっぱりやめておこう。と思いなおし出たところであった。私の貧乏根性は筋金入りで、いずれパソコンも買いたいから、あれでCDが聴けるようになってからパソコンの方を買おうなどと算段してのことだった。まあ、面白くなってきた学生生活とサークル活動にのめりこんでいたというのもある。
けれどもそんな私にとてもアカイブランドがなくなるというのはセンセーショナルなニュースであった。中学時代、カタログをながめてはため息をつくほど恋いこがれた機械だったからである。Nakamichiは高嶺の花すぎて初めからパス。SONYは一般的すぎて、TEACやDENONもいいが、やはりアカイ。アカイはヘッドの開発に情熱のすべてを注ぎ込んでいる職人集団というイメージがあり、それに私は心を魅かれていた。日本企業では赤井電機をもってテープレコーダーの嚆矢(こうし)となす。熟達した職人技でほどよく組み上げられたメカニックな機構が正確無比に作動する様を想像しては、その音質に聞き惚れていたのである。まるでセロ弾きゴーシュである。
時は経ち、1994年だったか就職して福岡市にいた私は、ベスト電気の本店でほとんど投げ売り状態にあるアカイのデッキを見た。店員の言うところによれば、もう日本の企業ではなくなり、事実上カセットデッキ事業から撤退するということだった。つまりもう生産しない決定をしたというのである。破格値が提示されていたNakamichiのデッキを思い切って買おうかとも考えた。だがここでも私はテープデッキを我が物にするのをためらい、諦めた。デジタルメディアは発展途上。100万、200万の超ど級の製品がフラッグシップ機として各オーディオメーカーから発売されていた。この音質にいかに近づき超えるかが流通グレードのテーマであったように思う。デジタルは、レコード音源とは異なるアプローチから高音質を追求していたのである。
ところで私は最近、最新鋭のパソコンを購入し、音楽のダウンロードなるものを実行した。ところがこれに満足できないのである。音質はすこぶるよろしい。文句はない。ワイドレンジだし、ノイズもジッターもなにもない。パソコンのくせに、周波数特性をあげる競争をしていたあの時代がなんだったのかと思えるほど、もう完璧なオーディオ装置である。
ところがである。全く感動しないのだ。音楽はどこに行った? 楽器の響きは? 綺麗でワイドレンジではあるが、ハートに来ないぞ。パソコンを職人がひとつひとつ丹誠込めて組み上げていないからか? 楽器のとしての機器に命が吹き込まれていないからか? これはどうにも我慢がならぬ。いかにしたものか。と思案をした末の、カセットデッキである。こいつに命を取り戻させよう。アナログを融合させれば、なんとかなるのではないか。
そこで思い出したのがアカイのデッキである。職人の血と汗と涙の結晶であるGXヘッド。購入した機器は整備済みで実に小気味よい。ボタンを押せばリジッドな機構がまるで私の意を推し量るように即座に反応し、これでいいかい? と語りかけるように動き、また待つのである。再生される音楽は決してレンジを欲張ってはいないけれども、私の聴官を心地よくくすぐる。ハートに届く音楽、アーティストの想いを浸透させてくる。これ以上、なにを発達させる必要があったのか!
ロートルの私がこんなことを主張すれば、ただの懐古趣味、アナクロニズムと鼻で笑われること請け合いだ。けれども、『桐島、部活』の現代少年がぼっそりつぶやくと、渋いのである。炯眼の持ち主に見えてくる。
SACDはたいして普及しなかった。ブルーレイもおそらくは。あんな苦労をしなくても、フラッシュメモリーが全ての課題をクリアしてくれたからである。オーディオ業界は、完全にコンピューター業界に駆逐された形になったのではないか。テープ合戦、CD開発、ビデオ戦争、ブルーレイ戦争、すべてに勝ってきたソニーが、アップルに負けた。そんな感慨を覚えたのは私だけではあるまい。
アナログから出発して音質を追求してきた登山道。
エジソンが発明した蓄音機、ポールセンが開発した磁気録音の技術。塩化ビニルに溝を刻む。磁性体に電圧差を記録する。その延長にドットをレーザーで読み取るというコンパクトディスクの思想があった。これはデーター量を増やす方向でDVD、SACDなどと拡張していったが、フラッシュメモリーの登場でなんの気兼ねもなく大容量のデータを記録できるようになった。まさにアカシックレコードにせまる記録媒体である。私はこの記録方法がいったいどんな原理でできているのかは仔細でない。だが、オーディオが追求してきたひとつのテーマをなんなくクリアしているように思う。したがってTSUTAYAでもこの頃ではレンタルCDの総演奏時間を明記しなくなった。そんなサービスは不要なのである。どんな長さでも、ガバッと即座にコピーできるからである。
あとはいかに感動を呼ぶように音楽に変換できるか、である。アナログの復活なのである。私はレコードプレーヤー(LINNのLP12)を引っ張り出し、カセットデッキを初めて買った。まさか自分が今更になってこんな行動に駆り立てられようとは夢にも思わなかった。市場では、せっかくのデータ量を台無しにしそうな真空管アンプが息を吹き返してきたのもうなづける。
半導体という道をたどって行き着いた山頂。
これがオーディオのもうひとつの到達点ではないか。大量のデジタルデータを記録するという道である。しかしどんなに細分化してサンプリングしても、デジタルはパルスの集積。1と0に分けられる。それに比して、アナログは無限段階すなわち無段階にあるのだ。つまりデータにとぎれがない。すべてが重なり連なり流れている。これこそが究極のデジタル。無限細分化なのではないか。デジタルの行き着く先にアナログがあったのだ、と私には観える。
実際、大容量のデータをカセットテープに録音すると、高音質で申し分ない音から、感動する音楽に変化するのである。自然な感じがするのだ。やや聴き劣りがするかもしれないが、耳になじむ心地よさがあるのだ。これはアナログ世代の私だから懐古趣味的に帰結することなのか。しかし一体、デジタルデータは本当にパルス信号なのか、そしてそれを磁気テープにアナログ録音すれば、アナログ信号に変換されているのか、それは解らない。ただ、私のハートがかんじ、心地よければそれが正解のように思う。頭で、こんなスペックをもった機械だからすごい高音質にちがいないと信じて聴くのとは異なる経験のように思う。
そんなことを考えながら、私は映画にこんなシーンを作ってもおもしろいかと思った。
<シーンナンバー53>
取っ手のついたおおきな箱を後ろ手にして肩口にかついでいる現代の少年(高校生)が歩いている。それを見つけた同級生が声をかける。
「それなんだ」
少年立ち止まり、こともなげに答える。
「ラジカセ」
「いやだよ」
何を思ったのか、同級生、けげんな顔で拒否する。
「いやだよってなんだよ」
「・・・。だって、なにか貸せって」
「ばか。ラジオ付きカセット。略してラジカセ。いや、カセット付きラジオかな。まあ、どっちでもいいか。とにかくラジオとカセットが一緒についてんだよ」
「なんで?」
「なんでだろう」
いかに炯眼の現代少年にも、これが一億総ケチのかたまりだとは努々(ゆめゆめ)想像できないのである。
ところで、『桐島、部活やめるってよ』で私が最も笑ったシーンは、映画少年がふたり並んで歩いていて、こんな会話をするところであった。
少年A「おれ、きのう満島ひかりに会った」
少年B「どこで?」
少年A「夢で」
